第7話 闇の職人

 マリアが小屋に近づこうと思うと、あちらからドアが開いた。朽ち果てた扉にしては滑らかに開き、軋む音1つさせなかった。


 中から人影が出てきたが、人ではないらしい。体こそ人間のようで、ヒラヒラした薄手の無色の服を着ているが、後頭部が異常に発達して膨れており、髪の毛や眉毛がない。皺ひとつない青白い頭部を露出させたその者は、灰色の虚な目で辺りを見回し、扉を閉めて、どこかへ歩いていく。


 マリアはその者に話しかける気にはならなかった。なぜだろうか。見た目ではないのだ。人に似た種族なんぞいくらでもいるだろう。


 それを尾行するか、小屋に入り込んでみるか。マリアは迷った。しかし、勝手に人の住居に侵入するのは気が引けたため、しばらくこうして枯れ木に隠れて、遠くからついて行ってみることにした。


 マリアは目がいいので十分離れて追う事が出来た。あちらから見ても人影なのか分かるかどうかというくらいに。


 物音には気をつけなければならない。剣の鞘は腰に巻いた上っ張りに挟み込んだ。枯れ葉や木、枯れ草に注意しながら目を離さないように注意深く歩く。隠れる木がなくならないように立ち回らなければならない。


 よく見ると、それは裸足だった。


 しばらく歩くと、後頭部の出っ張った者は違う小屋に入って行った。そこもまた朽ち果てていて、果たして彼が作ったのか、人の物を拝借しているのかわからない。


 マリアには後頭部に頭蓋骨があるのか、はたまた筋肉しかないのか気になった。


 しばらくして、出てきたそれの手には木箱があった。それは少し重そうで、歩いて傾斜を降りていくと金属音がしていた。


 ずっしりした木箱を両腕で抱えて降りて行くのを、マリアは静かに追った。


 マリアはある時、地面の枯れ木に何か付いているのを見つけた。


 血だ。数滴だか赤い血が落ちている。何の血だろうか。しかし今し方落ちたような鮮血だ。あいつが落としたのだろうか。


 しばらく歩くと遠くから微かに水のせせらぎが聞こえた。


 枯れた灰色の斜面も終わろうかという所に、細い小川があり、たもとには先ほどのよりは立派な建物があった。小さな邸宅とも言え、煙突があり、隣には馬小屋まで付いている。小川の向こうは果てしない森になっているようだった。


 その者は小川に歩いて行き、箱を水辺に下ろした。そしておもむろに木の蓋を開け放ち、中から濁った色の金属片や短い刀剣を取り出して、川の水で洗い始めた。


 あの金属片は甲冑の部品だ。碗甲や脛当ての一部だ、とマリアは思った。


 するとどうだろう。そこから川が染まり始め、川下にかけて、徐々に淡く消えていく赤黒いコントラストを生み始めた。


 あいつ、武具を洗っているんだわ、とマリアは思った。しかし、なぜそうしているかは分からない。ただ手で一生懸命鎧部品や刃物を洗っている。


 これが湖を汚し、水神様を乱している原因なの。


 全て洗い終えたようで、最後に木箱を水で濯いだ。そして満足したような笑みを浮かべると、荷物を持ってその邸宅に入った。


 するとなんと明らかに同じような風態をした背丈容姿の違う者が出て来て、さらにたくさんの武具を持って来ると思うと、足早に馬舎に向かう。そして、嘶く馬に繋いだ荷台に乗り込み、川と並行して走る轍を走り去って行った。


 さっきの奴は中にいる。マリアは静かに建物に近づいて、窓を探した。この家は石造りで立派だ。マリアは一瞬窓に見切れてしまい、慌てて身を隠した。


 「ん、何かそこにいなかったか?」中の声がくぐもっていたが聞こえた。


 「知らん」


「気になるな」近づいてくる足音。窓が開く。


 「なんかいるのか」


「おらん。動物か。動物と言えば、そろそろ不足してきたぞ」窓が閉まる。マリアはまた窓の側に帰って来た。


 どうやら、鍛冶場らしい。この角度からは島にあったような鉄を加工するための石窯の一部が見える。それにハンマーやコテ等の器具も。


 この者達は山奥で武具を加工して暮らしているのだろうか。


 「また狩りに出ねばならんな」


「そろそろあれが要る」


「人間か」


「どうする?集落からさらって来るか」


「もう全然ないのか」


「血も脂も皮も、体液も動物ので混ぜて伸ばして使っているが、最近効果が薄い。これ以上は仕上がりに影響してくる」


「さっきのは大丈夫かよ」


「今日までのは問題ない。しっかり仕上がっているよ」


 「やはり人間のが1番か」


「ああ。間違いないね。どんな金属でも1番美しく仕上がる。人間100%で仕上げをしてみたいもんだ。値段をつけても、買い手はいくらでもいるだろうよ」


「そうし始めてみるのも手かなあ」


「しかし、人間達にいなくなられたり移住されたら面倒だかなあ。集落がなくなるのは困る」


「そうだな」


 マリアは会話を聞いていて胸が悪くなる気がした。


 彼らと対峙するのは出て行った奴が帰って来てからだ。そう思った。


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