第6話 嫌味
「ああ、あの偏屈じいさんね。あの人と話したのかい。あまり間に受けない方がいいよ。都会から帰って来て、意味わかんない事ばかり言うからね」観湖亭の女将はお茶を飲みながらピシャリと言った。
「でもなんか言っている事が真に迫っているような気もするわ」マリアはいい匂いの立ちのぼるレモンティーを飲んでいた。
「あのじいさんは地震の原因を何だと言うんだい?」
「私もよく分からないけれど、つまりは水が不可思議な力で汚染されているって事なんだろうけど。普通に濁るとかじゃないって事は分かったんだけどね」
「濁ってなんかないさ。それどころか最近は漁に出られないから湖なんか透き通って綺麗なもんさ」
「湖の水はどこから来るの?雨水?」マリアはお茶のレモンを食べようとサジで突っつき始めた。
「あんた、湖の水なんてもんはどこから流れて来るに決まってるだろ。向こうに山があって、そこにある小さな小川とかからやって来るのさ」主人はどこかを指差して言った。
「水源があるはずよね。明日山に出かけてみようかしら」
「山はやめといた方がいいよ」老婆は急に怖い顔をしながら呟いた。
「なんで?」
「何人か帰って来ない人がいるからね」
マリアはそう言われても、布団の中で明日の登山の事ばかり考えていた。
また地震だ。今日で2回目。マリアも少しずつ慣れてきた。それにしても持たされたお金を使ってここにいても、あまりお金が減らないのはなぜだろうと思った。ひょっとして、とんでもなく大金を持たされたのか?
翌朝、マリアはお婆さんに止められるのが嫌で、こっそり観湖庵を出た。今日は装備も身につけて、剣も持って来た。少しのお金とか、消毒液とかは腰下げ袋に入れて持って来たが、あとはバックパックごと置いて来た。
多分お婆さんが言っていた山というのはあの辺りだろう。湖を少し回り込んで向こう、湖のほとりから、なだらかな坂を降りると獣道とも言うべき細い砂地があった。
まあ間違っていても構わない、マリアはそんな気持ちで伸び切った草むらの間を掻き分けて行く。
山道を1人で歩くと、野生の小動物が走り去る音が聞こえた。野鳥もたくさんいて、彼らにとっては楽園なのだろう。太い木にはツタが巻きついて、そこにベリーみたいな小さな実をぶら下げていている。
マリアは勝手に " 術破り" を実行していた。これはかつて父親が彼女にせがまれて教えたもので、語源は術法を使えない人間がそれに対抗するために編み出した技術であり、持てる五感を鍛錬して駆使し、術によって起こった化学変化や現象をいち早く察知する。
何かが燃焼する匂いや温度の上昇、気圧の変化や雲の様子、気配の察知や地面の振動など、感じられるものは全て感じる。
それは戦闘時以外にも応用でき、名前こそ術潰しではあるが、戦士として生き残る上で必要なタスクである。
「雨が降るね」ある晴れ間に5歳のマリアにそう言われたギュスタヴは身体に電気が走った。自分が戦士として終わりを告げたのだと思った。
マリアは暑かったので上っ張りを腰に巻いた。そして刀剣を下げたベルトをその上から巻き直した。
生物の気配が、登るごとに少なくなっていく。普通逆ではないか。なぜだろうか。
見渡せる限りの何らかの息吹は感じられた。彼女は目も良かった。歩くたびにだんだん寂しくなる。木が嫌な気分になってる。まるで嫌なものを見なきゃいけないのか。ストレスで葉っぱを散らす。みんなが嫌悪している。何だろう。
みんな下向いたり、そっぽ向いて生えてる。マリアはそんな気がした。虫達の巣も少ない。それは道なりに進むとさらに酷くなっていく。空気が汚れていく。湖が汚れているってそういう事なのだろうか。この感覚なら湖に入れば自分にも分かる筈だ。なんだ、この事か。
みんなが避けるような、逃げたい嫌な気分。
辺りが平らになっていき、頂上に着いて振り向くと、痩せた木々の合間からうっすら池が見えた。それでも道はなだらかに降っており、いよいよ枯れ木が生え始めた向こう側には、落ち葉や朽ちて落ちた枝木に囲まれて、ひっそりと小屋が立っていた。
それは道から少し外れていて、ボロボロで普通なら誰も住んでいなさそうな小屋だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます