ノラ

彼の住む街は治安が悪く、街はホームレスと野良猫で溢れている。

彼の住居となっている築70年の文化住宅の裏手には用途不明の倉庫が鎮座し、そこが猫の巣になっており夜な夜な赤ちゃん叫び声かと聴き紛う程の猫の声に悩まされていた。

腹を空かせているのか物欲しそうな顔でバルコニーを彷徨く野良猫を憐れに思い、悪い事とは知りながらつい出来心で湯がいたササミを与えてみると猫は小さく「フシューッ‼︎」と威嚇した後に恐る恐るとササミを口にする。

畜生というのは浅ましく、また人間は愚かなものでそれから来る日も来る日も彼はササミを与え続け、猫は日に日に増えていく。

浅ましい生き物のこと、数が増えれば当然喧嘩も増える。

喧嘩が始まれば彼はバルコニーの扉を閉ざしカーテンを閉めることで喧騒から目を背ける、自分で蒔いた争いの種だというのに。

故に彼は見ずに済んでいる。

騒々しく震えるガラス戸と揺れるカーテンの向こう側、タンクトップを着た痩身の老人が猫とササミを取り合っている姿を。

そして貴方は気付くでしょう、その老人をギョロ目の男性だと勝手に思い込んでいる自分がいる事に。

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