第21話公安のスパイ0

「組長、失礼します」


24区のタワーマンションのワンフロアをぶち抜いた、400平米はあろう広さの部屋のど真ん中のソファーに、乙中正道はドレスコードの美女を5人座らせ、ラフな格好で酒を飲んでいた。


周りはほとんどなにもなく、角周辺に置かれたいくつかの観葉植物と、入り口左に位置する、豪華なバーカウンターだけの、シンプルな空間だった。


大型冷蔵庫のようなワインセラーに、カウンターの後ろの棚には、高級酒が所狭しと並べられていた。


「全員外に出てくれ」

そう言って乙中は、手を二回ほど叩いてソファーに座る美女達と、カウンターの中と入り口付近に立たせていた部下三人を、フロアから追い出した。


全員が出たのを確認して、相手を座らせた。


「ま、座りなよ、総ちゃん」


ざっくばらんな話しぶりで、総一をソファーに座らせた。


「ご無沙汰してます、正さん」


総一は、一瞥してソファーに座った。

兄弟のような間柄の二人は、部下が居ないときは名前で呼びあっていた。


「急に呼び出してすまなかったね。今日どうしても総ちゃんと二人で前祝いしたくて」


正道はそう言うと、自ら立ってカウンターに置かれていた、ロックグラスを持ってきた。


通常よりも大きめのサイズのバカラのロックグラスは、特別な日のために、開けずに箱に入れっぱなしにいていたのを、あらかじめ部下に用意させていたらしい。


黒光りする、ボディビルダーのような体格の正道は、そのグラスをテーブルに置いて、高級コニャックリシャールを、氷も入れずに豪快に注ぎ込んだ。


「総ちゃん、乾杯だ」

そう言ってグラスを持ち上げる正道の顔は、夢が叶った一人の男の笑顔だった。


「いただきます。正さん。そして、おめでとうございます」


三日後に24区の真王会本部ビルで行われる、〝マフィアンコミュニティサミット〟で、50人目のビックボスの一人に選ばれる事になった乙中正道は、総一と二人で酒を酌み交わしたく、呼び出したのだと思っていたが、正道には、もうひとつ総一に話しがあるようだ。


「あはは。おりゃあ、なんもしてねえ。全て正さんのおかげでだよ」


「いや、私は父の意思を受け継いだだけです。部下をまとめているのは、正さんの力ですよ」


そう謙遜する総一に、グラスを回し少し上に上げて礼を言うような仕草をした。

そして、少し目を閉じて何か思い出したように微笑んだ。


「総ちゃん。もうすぐ明夫さんが亡くなって20年だな」


「そうですね。この辺もだいぶ様変わりしましたし、義父が見たらきっと驚いたでしょうね」


「ああ。組の事をファミリーと呼ぶようになり、こんなラスベガスのような街をつくっちまうんだもんな」


「はい。本当に夢のようですね」


「俺なんか、下町育ちの貧乏ヤクザの家で生まれて、今やこれだよ。もう思い残す事なんもねーよ」

正道は、両手を広げ天井を見ながら、終始嬉しそうな顔で話していた。


「正さん。まだまだこれからですよ」


「総ちゃんはすごいな。俺なんかいつも、もう十分じゃないか?もうこれで十分じゃないか?て、この20年毎日思ってたよ」


正道のその言葉を聞いた時。総一はなぜか自分を置いて出ていった母の姿を一瞬頭に思い浮かべた。

あんなどん底からここまで来れたのは、

あの時の母への復讐心の炎があったから。

今はすでにそういうものは薄れているが、総一の何かを興す原動力の一因になっていたのには違いなかった。

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