第3話沢流明日香

物心ついたとき、私はこの施設にいた。

この地域の赤ちゃんポストに産まれて直ぐに入れられていて、そこの院長先生の知り合いのこの施設に連れてこられた。


施設の経営は苦しく、黒服の男達が何回かやって来て、この施設を管理している老夫婦を時々怒鳴ったりしていた。


当時は、私を含め3歳~15歳位までの子供が居たが、出たり入ったりと顔など覚える間などなかった。


自分の置かれた立場など理解できず、ただ、なんだかわからない、やり場のない怒りのようなものが毎日込み上げてきて、私はよく周りの子達とケンカになり、その度に施設長や年長者に止められた。


私はいつも一人だった。

一人が当たり前だと思っていたそんなある日、この施設から里子を貰い受けたいと言う夫婦がやって来た。


それがパパとママだった。


その時の私は、「どうせ私なんか選ばれない」そう思っていた。


いつも選ばれているのは、頭の良さそうな子達ばっかだったし。


それより何よりも、男の子を探していると言う事を事前に聞いていたから。


私は関係ない。そう思っていた時だった。


施設の窓から初夏の柔らかい風と共に、バタークッキーのような甘い香りが私の鼻をかすめた。


「良い匂い」


私の好きな香りが、体内に入り全身を巡らせ

、握っていた拳もいつの間にかほどけていた。


その時だった。

いつの間にか私の目の前にママが立っていて、やさしい目をして言ってくれた。


「うちの子になる?」


私の好きな匂いを纏って表れたママは、その時の私には、何か神々しいものに見えた。


ママの後ろの方に立っていたパパとも目が合ったけど、なぜだかもどかしそうな顔をして、体をくねらせていた。

トイレでも行きたかったのかな?


その日から私は、沢流明日香になった。


2階建ての広い一軒家で、2階のパパとママの寝室の真向かいの部屋に、私の部屋が用意されていた。


本当にパパとママは、私に良くしてくれて、私はここに来て初めて愛情と言うものを知った。


幸せな毎日を送るなかで、私の中でパパとママに何か返せるものはないかと、日々考えるようになった。


そうだ、思い出した。


パパとママは、本当は男の子が欲しかったんだと言う事を。


だが、なんで男の子が欲しかったんだろう?


私なりに考えてみた。


パパはいつも、何か考えて悩んでいるような表情を見せていて、ママはいつもニコニコと天然っぽくてあぶなっかしい。


そうか。なら、私がパパの悩みを解決して、ママを守れるような人間になれば良いんだ!


強い子になれば、男も女も関係ない。


よし決めた。空手を習いに行こう!


そう決心した日から、私は来る日も来る日も竹やサンドバッグ、時には人を殴り自分の拳を鍛えていった。


「拳を鍛える事、すなわち強くなること」

と、当時の空手の先生に言われ、それを信じて毎日拳を鍛えた。


きっとそれがパパとママの望むことだと信じていたから。


そんなある日の事だった。


「ほーら、お前。ジャンプしてみろよとれーな」

「て言うか、なんかくせーこいつ」

「さっき溝に落ちたからじゃね?」


クラスは別の私の同級生で、名も知らないメガネの男の子が上級生に苛められていた。




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