第6話 心の壁を
……ちょっと待て。
「……離れろ、って……言わなかったか?」
「さぁ。聞いてないし聞くつもりもないわね。」
離れるよう言ったはずなのにいつの間にかベッドに降ろされていて、私に馬乗りになった女帝が何故か私の鎖骨の辺りに手を置いてニヤニヤしている。
……怖い。
「貴方の心臓、元気ね~♪ずっとバクバクバクバク鳴って、怖いの?」
しっかりしろ、呑まれたら……負けだ。
「……何で、生かした。」
「うん?」
「幾らでも殺すチャンスはあったはずだ。なのに……何で、生かして部屋まで用意しようとしてるんだ、お前は。」
「貴方が気に入ったからよ。言わなかった?“この国に生まれていたら確実にお気に入りだった”とか……似たような言葉を言った気がするけど。でもまぁ、そういう事。私は貴方が気に入った。最後の攻撃は本当に良かったわ。誰かに盗られる前に手元に置いておきたくって~♪」
「……私は空っぽだ。殺す以外に、能がない。」
「それは貴方が決めつけているだけじゃない?前のご主人様は無能だったからね~。私が面白おかしく、今以上に楽しく使ってあげる。何方にせよ、貴方はもうこの国からは出られない。早く私の物になれば良いのに。何を拒んでいるのかしら?」
「……管理されるのは、大嫌いだ。」
「管理はしないわ。此方のルールにさえ従ってくれれば後の事は全て許しましょう。」
「……道具扱いも、大嫌いだ。」
「道具と言うより手足かな。それに、道具に見返りを与える者なんて居る?」
「……殺し以外に、生きる方法を知らない。」
「私が教えてあげる。そういえば私が貴方に食事を無理矢理取らせていた時も料理を見て、口にして、驚いていたわね。まずは食べる事の楽しみ方から教えましょう。」
「……私は。」
……私は。
「……私は、人間が大嫌いだ。」
「私は人間じゃない。貴方は竜人だと思ってるみたいだけど実は竜人でもないのよ、私。それに、もし自身が人間である事に嫌悪しているなら人間を辞めさせてあげる。力や技術的な面ではなく、肉体的な面で人間を辞めさせてあげるわ。」
誘いを断ろうと次々と言葉を吐き出すも全て受け入れられ、再度手を差し出されてしまう。途中で拘束が緩くなり、ゆっくりと抜け出して壁が背に着くくらいに距離を置いて座っていたのにまた直ぐ目の前に、今度は心の中を見透かすように、とても真剣な目でその瞳に私を映している。
「……私は……」
痛い、痛いと心が叫ぶ。
ここまで自分の事で誰かと話すのは初めてで、折角長年掛けて作り上げた壁がいとも簡単に、しかも丁寧に剥がされていく。ずっと昔のあの日から、抑え付けていた欲求と感情が少しずつ溢れて始めているのが痛い程分かる。
相談してしまいたいと、早く楽になってしまいたいとかつての弱い私がその壁の向こうから嘆き始め、頭がクラクラする。
私、は……。
次第に頭がぼーっとし始め、次第に頭がズキズキと痛み始めて頭を抱えようとしたそのタイミングで体温の高い手が伸びてきてふと顔を上げるとあんなに拒絶していた女帝の腕の中にあっけなく納まっているのが分かる。女帝の方が背が高いのでそこまでよく見えないが懐に入れられ、頭を撫でられ、ぎゅっと抱き着かれているのが分かる。
「こっちにいらっしゃい、難しい事を考える必要はないわ。宣言通り、私が守ってあげましょう。私が、貴方に学を与えましょう。貴方に力を与えましょう。貴方に自由と安息を与えましょう。貴方は身を委ねるだけで良い。こっちに、おいで。」
寂しいと、悲しいと、苦しいと、痛いと、楽になりたいと、疲れたと心の中の弱い自分が泣き叫ぶ。
敵のはずなのに、さっきまで怖かったはずなのに女帝の優しさと温もりから離れたくないと、今の私も思う。
「……なま、え。」
「ぅん?」
「……名前……何……。」
「ゼルディア・ネミュリス。貴方の名前は?」
この後の事はあまりよく憶えていない。でも、遠くで「死神の時雨」と名乗る小さくて弱々しい私の声が聴こえたような気がした。
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