第四話 勇者とクラスの目からは逃げられなかった

 槍の模擬戦の授業から一週間後、ついに奴が動き出した。

 「ライド君♪ お話があるんだけれどお時間をいただいて宜しいかしら♪」

 マルタが笑顔で俺に語り掛けて来る、その笑顔は嫌いじゃない笑顔だけは。

 

 「ああ、良いけどよ? 学生食堂でお茶でも飲みながら話すか?」

 クラスの連中が見ている中で、学校内での立場とか社会身分的にトップのマルタの言葉を拒否とかできないので他に大勢の人目がある所に誘導しようとする。


 「お誘いは嬉しいけれどここで良いわ♪」

 マルタの一言で俺の目論見は潰えた。

 

 マルタから視線を外すと、親友達を含めたクラスの連中が俺が逃げないようと一斉に動き出して出入り口に集まって塞ぎやがった。


 そして俺が再びマルタに視線を戻すと、あいつは瞳を閉じて神妙な雰囲気になってっからこちらに目を開くと一瞬マルタの瞳が金色に輝く。


 「ライド君? いえ、ライド♪ 私は幼い頃からずっと貴方の事が好きでした♪

これからは私と、友達以上に恋人としてお付き合いして下さい!」

 俺に想いを告白して頭を下げたマルタ。


 それは、王女でも勇者でもない一人の人間の女の子としてのストレートなマルタの想いだった。


 彼女の言葉が俺の胸を刺し貫く。

 「……俺もお前の事が好きだ、お前の春陽のような笑顔を見ていたい」

 俺は自然とマルタへの想いを口に出して告白を受け入れていた。


 言葉を出した後に気づくこいつ、感情増幅の魔法を使いやがった!

 術者に対する特定の感情を増幅させる魔法だ。


 だがその魔法は相手の警戒を解く必要がある……って、あの神妙な雰囲気になった一瞬で魔法を使われたのか!



 年相応の美少女らしい愛らしく光り輝くマルタの満面の笑顔が憎らしい。

 俺は完全にマルタの策に嵌められた、誰がこいつに知恵を付けた奴は!


 俺の気も知らず純粋に好意からおめでとう♪ 応援するぜ♪ などとクラスの連中が言い出して俺とマルタを祝福する。

 

 こうして、俺とマルタはクラス公認のカップルとして認知されてしまった。

 「ライド、だ~い好き♪」

 満面の笑顔で俺に抱き着いてくるマルタ。

 「……お、おう? いや、皆が見てるって!」

 ひゅ~♪ ひゅ~♪ とクラスの男子が囃し立てる、違うんだ照れ隠しじゃねえ!


 俺の地味で平凡なぼんくら学生生活が音を立てて崩壊した。

 恋人ができてうれしくない男はいないだろう、だが美少女とはいえ俺に対する愛着が異常な女は勘弁してほしい。


 マルタはガワは美少女だが、中身はメスゴリラでヤンデレもありそうな猛獣だ。

 暴力と財力と権力を持った猛獣に支配されるなんざ御免だよ。


 しかし、いくら心でそう思っていても俺の体と性欲はおっぱいのデカい美少女であるマルタに魅かれていた。


 魔王の血を引いていようが、性欲と言う男の性には逆らえない俺はダメ男だった。


 父さんも男の性に逆らえず母さんと結ばれたんだろうなと思い浮かべる、色欲が大罪に入るのも納得だぜ。


 他の憤怒とか嫉妬とか強欲の奴らに今の俺を見られたら弄り倒されるな。

 俺は、魔族の幼馴染で悪魔騎士の仲間である他の七大魔王の子息達を思い浮かべた。


 気が付くと、俺はマルタに腕を取られて赤い壁の室内を豪奢な調度品で彩った校長室に二人で来ていた。


 目の前には紫のドレスに紫の縦ロールヘアーと、上から下まで紫ずくめの妙齢の美女であるパープル校長が微笑んでいた。

 「ま~あ♪ マルタちゃんったら、ついにライド君をゲットしたのね♪」

 俺達を見て微笑む校長先生、実は彼女は俺の母とマルタの母の同級生だ。


 「はい♪ おば様、じゃなかった校長先生のアドバイスでクラスの皆にも助けてもらいました♪」

 マルタが笑顔で報告する、何と言うか校長まで味方につけていたとなると俺の抵抗は無駄だったのではと思えてくる。


 と言うか、こいつらの掌の上で踊らされていたんだな俺。

 気付かずに泳がされていた己の愚かさを呪った。

 

 「そうね、保健室ぶち壊しは痛かったけど喜ばしいわ♪」

 校長先生も笑顔だ、俺は逃げ出したかったが腕をきっちりマルタに極められていて動けなかった。


 「ライド君、男は諦めが肝心よ♪」

 校長先生が俺の心を見透かすように微笑む。

 「いや、諦めたら駄目でしょ男なら!」

 俺は無駄かもしれないが抵抗する。


 「ライド、私達にはもう何の障害もないわ♪ 堂々と付き合って行けるのよ♪」

 マルタは頬をピンクに染めて、だらしない笑顔をして俺に語り掛けて来た。


 「保健室の弁償、ライド君にしてもらおうかしら♪」

 校長が言外に逃がさないと俺に釘を刺す。


 「本当に二人がくっついて、先生も嬉しいわ♪ これで売れ残ったのは私だけだし私もお相手を探さなきゃ♪」

 そう自分の願望をのたまう校長先生を見て、俺は彼女に狙われる男に同情した。

 

 「で、俺達に何かあるんですか?」

 俺は嫌な予感しかしなかった、校長先生は教務机の上に三枚の金属板を置く。

 「これはそれぞれ学校、王国政府、教会が発行した貴方達のカップル証明書よ♪」

 校長先生の言葉に俺はぶっと噴いた、完全に外堀埋められた!


 「えへへ♪ お父様と教皇様を説得した甲斐があったわ♪」

 どんな説得をしたのか気になるが、物理的な説得何だろうなと思う。

 「まあ、産めよ増やせ世界を満たせとは言うけれど赤ちゃんはできる限り卒業してからでお願いね♪」

 校長先生がとんでもない事を口走る、勘弁して下さい!


 「明日は緊急の全校集会で二人の交際発表しましょうね、ライド♪」

 勝利が約束されたと確信したマルタがどえらい事をしようと言い出す。

 「絶対に嫌だ、それだけは勘弁してくれ!」

 これ以上の羞恥プレイは勘弁して欲しかった。


 「そうね、それは学園が大変な事になっちゃうから止めましょう♪」

 校長先生がマルタを優しく諭す。

 「ぶ~! じゃあライド左手出して?」

 ふくれっ面のマルタが俺に妙な要求をする。

 「良いけど、変な事するなよ?」

 断りたいが断れる空気じゃないので俺は従った。

 

 全力で抵抗すれば抵抗はできる、だが平和な世界をまがりなりにも守るべくッたかって来たという俺のプライドが自分が平和を壊す存在になる事を許さなかった。

 

 我が一族の傲慢の罪が俺を苦しめる。

 くだらないプライドは捨ててしまえば良いという考えがあるが、そうしたくても捨てられないし捨てきれないし捨ててしまってはいけないのがプライドという物である。


 悪魔にとって冠せられた罪は存在意義、罪の否定は魂の自傷であり自殺行為だ。

 半分は人間と言うか半分は人間であるからこそ俺は自分を否定できなかった。


 心の中で俺がそんな葛藤をしている中、俺の左手の薬指にマルタによって金の指輪が嵌められた。

 「げ! 指輪とか時期尚早だろ!」

 マルタに文句を言う、これから遅滞作戦を展開してどうにか事態を好転させたかった俺の野望は嵌められた指輪が光を放ったと同時に砕かれた。


 指輪を通じて俺の頭の中に言葉が流れて来る。


 汝、天より落ちたる暁の裔よ


 魂に魔の闇と人の光を併せ持つ者


 汝に天の祝福を授け悪魔にして神の使徒へと任ずる


 汝を勇者の伴侶にして使い魔クランプスとなり

人と魔と聖の三位一体の者となれ


 そして、神と勇者と光の道と共にあるべし


 汝に光の栄光を


 その言葉に優しい暖かみと共に抗う事の出来ない強制力を感じた。

 俺の心臓が温まり体中に自分が持つ者とは別の暖かい力が駆け巡った。


 暖かい感触が消えると同時に俺は倒れそうになってマルタに受け止められた。

 「うふふ♪ これでライドは私の使い魔よ♪」

 マルタが嬉しそうにそう呟くのを聞きながら、俺はマルタに担がれた状態で意識を失った。


 


 

 

 

 



 

 


 


 

 

 



 

 



 

 

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