第40話 後輩を招く。これから、どうするんですか?

 母さんの可愛いもの好きは今に始まったことではない。

 昔から、ずっと変わっていない。


 俺には従妹いとこがいる。同い年だけど俺の方が先に生まれ、形としては妹扱いの従妹。

 住んでいるのが近所で俺達はよく一緒に遊んでいた。

 昔は。


 従妹――紗江さえは控え目にいって可愛い女の子だった。

 封印されしアルバムの中にも、女の子みたいにされた俺と紗江が二人で写っている写真が何枚も残ってあり、見返す度にそう思う。


 よく笑い、愛想の良い紗江を母さんはとびきり気に入った。父さんのお姉さんの子供だけど我が子のように可愛がった。

 物を買ってあげて、一緒にいる時は食べさせてあげたり手を繋いだり。もちろん、血の繋がりはなくても一括りでの家族としての対応としての範囲でだ。


 でも、それは俺を可愛がるのやめてと言った時から重症化して母さんは紗江への態度を変えた。


 スキンシップが激しくなり、まるで、着せ替え人形を相手にするような感じになった。

 その頃はまだ紗江も母さんに懐いていた。

 嫌な顔せず、喜んで受け入れていた。


 けど、それは、ずっと紗江に我慢させていただけだった。


 可愛いものが好きになった俺は紗江を好きになった。もちろん、恋愛的な意味ではなくて元々従妹として可愛がっていたし、もっと可愛がろう……例えるなら、ペットに対するような感じだ。


 そんな態度で母さんと一緒に紗江をとにかく可愛がった。着せ替え人形、ペット……そんな風に紗江を知らない内に見ていたから、紗江を傷付けて嫌われた。


『もう、やめてよ。気持ち悪い!』


 小学生高学年に上がり、正面から言われた紗江の気持ちだった。

 俺と母さんはすぐに何度も謝ったけど、紗江が許してくれることはなかった。


 過度の愛情表現によるストレスで死んでしまう動物だってこの世にはいるらしい。

 それを、痛感させられた気がした。


 悪いのは俺達だから仕方ない。

 紗江は悪くないし、無視されることも受け入れよう。


 けど、やっぱり、罪悪感が心を締め付けてきて、仲良くしていたんだし従妹なんだから普通に話せるように戻りたかった。


 だから、中学校に上がってからも謝罪を続けた。紗江は許してはくれなかったけど、いつか謝り続けたら会話くらいは出来るんじゃないかと信じて謝り続けた。


 それを、紗江の友達が不思議にでも思ったんだろう。紗江に聞いて教えてもらったのかは知らないけど、どこからか俺が可愛いものが好きとの情報が漏れ、クラスで浮いた存在になってしまった。


 別に、誰もが誰も俺を気持ち悪がったりはしなかった。

 けど、やっぱり、男で可愛いものが好きってのは変らしい。


 周りで何か囁かれ、馬鹿にされるようなことが多くなって俺は腹が立った。


 好きなものくらい、自分で決めさせろ。


 そう思ったから、誰にも馬鹿にされないように勉強を頑張った。あいにく、運動神経はそんなに良くなかったけど、努力が実って俺はクラスで一番賢い生徒になった。


 そして、誰にも馬鹿にされないように孤高の存在アピールを続け、誰ともほとんど関わらないでいたら誰も俺を馬鹿にすることはなくなった。

 たかがテストで高い評価を得たからって、本当の意味での賢さなんてないのに偉くなったんだと酔っていた。

 そのせいで、本当に孤独になった。



「――と、まあ、こんな感じ。な、ほんとにくだらねぇだろ?」


 俺は自嘲気味に鼻で笑った。


 たぶん、この話しは本当にくだらない。

 紗江を傷付けた報いのはずなのに、腹が立って自分から他人を拒絶するようになってぼっちになるなんて笑えない話だ。


 俺は凛々花に好きなものくらい自由でいいみたいなことを言ったけど、それは、俺がやったことが正しいんだって自分を安心させたい思いが大きいからだ。


 女の子がアニメを好きで何が悪い。

 男の子が可愛いものを好きで何が悪い。


 理解されないのなら、わざわざ他人と付き合う必要もない。一人で楽しんでいた方がずっと幸せだから。


「なんか、喉乾いたな。飲み物とってくる」


 どうしてか、逃げたい気持ちになって部屋を出ていこうとすれば、後ろから弱い力に引き止められた。


「辛かったですね、せんぱい」

「……いや、辛くない。悪いのは俺達だし仕方のないことなんだよ」

「……確かに、せんぱいとお母様がやったことは従妹さんには嫌だったんでしょうけど私からすれば羨ましいです」

「人扱いされないのにか?」

「流石に、人扱いはしてほしいですよ」

「……だよな。ごめん」


 俺は凛々花に向き直って深く頭を下げた。


「ど、どうしたんですか?」


 困惑した凛々花の声が届く。

 肩に手が触れて「上げてください」と言われるが俺は頭を下げたままだった。


「……俺さ、凛々花のこと子犬みたいで可愛いなって思ってたんだ」


 本当に俺は馬鹿だ。一度、経験しているはずなのに凛々花のことを子犬みたいに思って可愛がって……また嫌われるだけなのに懲りないでいる。


「今も、子犬みたいに思ってるんですか?」


 その質問に俺は静かに首を縦に振った。


 今さら、子犬みたいに可愛いことを拭いきることなんて無理だ。一度、イメージされた人の印象はそう変えることが出来ないように俺の中では凛々花は子犬みたいに可愛い女の子なんだ。


 でも。


「信じてくれないかもだけどさ、俺は凛々花のことを子犬みたいにも思ってるけどちゃんと一人の女の子としても見てる」


 もう、子犬みたいだけでは済ませないほど凛々花のことを一人の女の子として見てるし好意を抱いてしまっている。

 そんな権利、俺にはないかもしれないのにどんどん気持ちは大きくなるばかりだ。


「頭を撫でるのも私が子犬だからですか?」

「違う」


 確かに、最初はそんな気も含まれていたのかもしれない。

 でも、今はそれだけじゃない。


 顔を上げると凛々花と目があった。

 まるで、何かを試しているような目に嘘はつけない。


「嬉しいんだ。幸せそうに笑ってくれたら俺なんかでも誰かを幸せに出来てるのかなって思って……」

「せんぱい」

「……それに、可愛いからついついもっと見たくて撫でてる」


 どれだけ、綺麗事を並べても俺は完全に他人のためだけに行動できるような立派な人間じゃない。

 世界征服を手伝うのだって凛々花に俺を好きになってほしいからだし、頭を撫でるのだって結局は俺が良い思いをしたいから。


 でも、しょうがないじゃないか。


 好きな子には好きになってほしいし、好きな子の可愛い姿なんていくらでも見たいって思ってしまうんだから。


「せんぱいってほんとに好感度を上げては下げていくスタイルですよね。まあ、今さら下がったりなんかしませんけど……」

「悪い……って、え?」

「な、なんでもないです」

「なんでもないことないだろ」

「あ、ありますから!」


 顔を赤くした凛々花は俺の手を力強く掴むと自分の頭に乗せた。そして、おもむろに話題を変えてくる。


「私は別にせんぱいになら子犬みたいに思われても構いませんよ」

「嫌なんだろ?」

「なんでもかんでも世話したりしなければたぶん従妹さんだって嫌にはなってなかったと思います。誰かに可愛がられるのって悪い気しませんから」


 そうやって笑った凛々花の顔がいつもより寂しく見えて、俺はそっと彼女の頭を撫でていた。


「私、せんぱいが沢山可愛がってくれるなら子犬になりましょうか?」

「な、なに言ってんだよ」

「あ、えっちなこと考えてますね。さいてーです」

「いや、凛々花がそれ言う?」


 そんな、自分だけの子犬になりましょうかなんて言われたら決して言えないことを考えちゃうのもしょうがないだろ。


「私が言ってるのはせんぱいが私だけを可愛がってくれるならどれだけ可愛がってくれても良いです、って話です。従順な子犬になるはずないじゃないですか。わんわん、なんて鳴きませんよ」


 真面目な話の途中なのにわんわんって鳴いた凛々花が可愛くてつい口角が上がってしまう。


「その変わり、私以外を可愛がることなんて万死に値する覚悟をしてもらいますけど」

「いや、凛々花以外を可愛がるとかしないけどさ……もし、俺が凛々花の言う通り変態で嫌なことされたらとか考えろよ」

「え、せんぱいが私が本気で嫌がることをすることがあるんですか?」

「……分からないだろ。もし、我慢できずにこのまま押し倒したりとか」

「あはは。せんぱいにそんなことする度胸あるはずないじゃないですか」


 楽しそうに笑う凛々花が憎たらしい。

 言われた通りなのが悔しい。

 この余裕そうな表情を壊してやりたい。


 そんな、色々な気持ちが入り混ざって俺は凛々花をベッドまで引っ張っていて押し倒した。


「え、せ、せんぱい……?」


 流石に、見下ろせばびびったようで怖がっている様子を見せている。


 良い気味だ、と内心でほくそ笑む。


「あ、あの……これから、どうするんですか?」


 これから、どうするんですか?

 そんなの、俺の方が知りたい。てか、ちょっと驚かそうとしたつもりだけだからどうもこうもないんだけど……。


 ジーッと何かを期待するような、それでいて不安も感じているような目を向けてくる凛々花に思わず頬が熱くなる。


 ……って、何を変なこと考えてるんだ。まだ、そんな関係でもないってのに……このまま抱き締めたいだとか。


 首を横に振り、邪な考えを排除する。

 すると、柔らかそうな真っ白い頬が目に入った。


「ほ、頬っぺたつついていい?」


 期待外れだったのだろう。凛々花が大変言い表しがたい……詳しくは呆れた目を向けてくる。


 俺が情けないやつだってのは分かってる。だから、そんな目を向けないでくれ。物事には順序ってのがあるんだから。


「ほんと、せんぱいは……そんなに触りたいんですか?」

「母さんだけ堪能したのズルいなって……」

「この前、むぎゅっとされたんですけど」

「あれは、堪能してない。凛々花が落ち込んでたからどうにかしたかったんだよ」

「そうやって逃げ道を塞ぐ……」


 ズルくてもいい。正直、めちゃくちゃ触りたい。


「ちょっとだけですよ」

「いいの?」

「そんなに喜ばれると断れません。それに、そんなに期待されたら断るのが可愛そうです」

「ありがとな、凛々花」

「なんだか、頬っぺたにしか魅力がないようで不服です」

「んなことねーよ。可愛いし優しいし花丸満点だ」

「わ、分かりましたからとっととどうぞ」

「じゃ、遠慮なく」


 人差し指を凛々花の白い頬にもっていく。

 これから、触るんだと思うと指が微かに震える。


 痛い思いだけはさせないようにしないと。


 ゆっくりと白い頬に指を当て、優しく押すと気持ちいいぷにっとした感触を味わいながら沈む。


「ど、どうなんですか?」

「これは、気持ちいい。触れてるだけで幸せになる」

「そ、そうですか。満足してるなら良かったです」

「もう一回、いい?」


 小さく頷いて、目を閉じたので俺は幸せの感触を再び味わった。


 柔らかいし、ぷにぷにしてて楽しいし永遠に触ってられそうだ。


「押し倒されて、頬っぺた触られるだけなんて私くらいですよ……」


 そんなことを囁かれ、大変申し訳なく思ったものの、聞こえてないふりをして俺は堪能し続けた。

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