第38話 後輩を招く。お、お邪魔します!
「アレルギーとかある?」
「ないです」
「嫌いなものは?」
「大丈夫です」
「りりたんは偉いね~。三葉ったら野菜出せばグチグチ言うもんだから作り手のことも考えてほしいよ」
「いけませんよ、せんぱい。お母様を困らせたら」
「あら。あらあらあら。可愛い娘が出来ちゃったわ。嬉しい。ずーーーっと大事にしないと」
そんな二人に俺は至極全うな意見を口にする。
「いいから早く買い物済まして帰ろう」
最寄り駅に着いた俺達は母さん提案のもとスーパーに寄っていた。どうやら、昼ごはんの食材を買ってから帰るらしい。
凛々花と母さんは楽しそうにあーだのこーだの言いながら食材を選んではポイポイとかごに入れていく。
内容から察するにオムライスだろう。
それと、おまけなのか俺に野菜を食べさせようとしているのかサラダも入っている。
因みに、俺も野菜を食べない訳ではない。単純に嫌いなだけであって、作ってくれる母さんに感謝してぐだぐだと言ってしまうがちゃんと完食している。
「こういう楽しみを分かってくれないのよ、男の子って」
「でも、私のお買い物に付き合ってくれた時はすっごい乗り気でしたよ」
「へぇ~」
「おかげでとってもいい水筒買えました」
凛々花は単純に報告したかっただけなのだろう。それとも、俺を擁護しようとしてくれたのかもしれない。
でも。でもな。それ、ただの俺が恥ずかしい思いさせられるだけだから。頼むから、気付いてくれ。もう、母さんめちゃくちゃにやにやしてるからさ。
「お母さんにも優しくしてほしいな~」
「……優しい息子だろ」
「んふふ。まあ、そうだね」
「せんぱいは優しいですよ、お母様」
「りりたんが三葉をそう思ってくれてるなら言うことはないわね」
「はい。せんぱい、とっても優しいです」
あー、もう。なんで、俺だけこんな仕打ちを受けるんだ。
「もういいから。とっとと帰ろう」
「はいはい」
若干、拗ねた様子で口にすれば母さんはいつも俺に接するように可笑しそうに笑った。
買い物を済ませ、荷物を持つのは男の子、という理論を唱えられ両手いっぱいに重みを抱えながら帰宅した。
「お、お邪魔します!」
「はーい、どうぞ。狭いけど、ゆっくりしていってね」
実際、凛々花が住んでる家と比べたら我が家は狭い。それでも、一戸建てで三人家族でそれぞれに自室が与えられているくらいの広さはある。
荷物を冷蔵庫の前に持っていき、母さんから凛々花を洗面所まで案内してあげてと言われたので連れていく。
手洗いうがいを済ませ、拭くためにタオルを渡すと凛々花は落ち着いた動作で拭いていた。
「もしかして、緊張してる?」
いつもの凛々花ならもう少し落ち着きがないはずだ。
だから、にやにやしながら聞いたら凛々花はぷるぷる震えながら胸をポカポカと叩いてきた。
「せんぱいだって、してたくせに」
それを言われたらどうしようもない。
けど、あれだけ家に連れてけ連れてけって言ってたくせにいざ連れてこられると借りてきた猫……いや、凛々花の場合は犬みたいに大人しくなるのは面白い。
ついつい笑みを漏らせば凛々花は拗ねたようにもっと胸を叩いてきた。
「悪かったって。俺も洗うからどいてくれ」
本気で怒っている訳ではないと分かるので軽めの謝罪をしつつ、場所を変わってもらい素早く手洗いうがいを済ます。
当然濡れたのでタオルで拭けば凛々花が頬を赤らめていることに気が付いた。
「どした? トイレか?」
「ち、違いますよ!」
「そっか。因みに、トイレはすぐそこな」
「だから、違いますって!」
じゃあ、何なんだ、という疑念を抱きながら凛々花を連れてリビングに戻る。部屋に戻ってカバンを置きたいやら制服から部屋着に着替えたいやらしたいけど、いきなり母さんと二人きりなのは気まずいだろう。
それに、母さんが何をやらかすか不安だしちゃんと見ておかないと。
母さんは早速調理に取り掛かっているようで完成までに時間がかかるからソファにでも座っててとのこと。
「あの、何か手伝うことはないですか?」
「手伝い……? 凛々花が……?」
俺の記憶が正しければ凛々花は料理が出来ないはずだ。日々、精進しているのかは知らないが明らかに足手まといになるだろう。
そんなことを考えていたのがバレて凛々花がムスッと頬を膨らませる。
「りりたんの気持ちは嬉しいけど今日はおもてなししたいから座って待っててね」
「は、はい……」
「そう。凛々花は大人しく座ってような。ケガしないように」
「ケガする前提!?」
初めて家に来てもらってケガをさせる訳にはいかない。
怒りそうになった凛々花の背中を押してソファに座らせる。いつも母さんが座っている位置だ。その隣によく俺が座っているので腰を下ろせば隣でびくっと体が跳ねた。
いつも……というより、大体が隣で座っているのに何を今さら、とも思うがぷるぷると震えている凛々花を見れば、どうにも居たたまれなくなってくる。
もう一つ、空いているスペースがあるのでそこに移動しようとすれば手を掴まれ、見上げられた。
構図的になった上目遣いにドキリとした。
「せ、せんぱいはここ」
「いいのか? 震えてただろ?」
「ここなんです」
「わ、分かった」
そう言われたらわざわざ移動する必要はあるまい。大人しく凛々花の隣に座り直せば満足そうに小さく笑った。
「お、美味しいです!」
予想通り、オムライスとサラダの昼食は凛々花の口に大変マッチしたらしく、目をこれでもかと大きくさせながら感激していた。
まあ、普段から母さんの卵焼きとか美味しい美味しいって食べてるし当然っちゃ当然か。
「ふふ、良かった。沢山、食べてね」
「はい。いただきます」
パクパクとスプーンを進める凛々花は本当に美味しそうに食べている。それを見て、母さんも嬉しそうに笑っていた。
基本的に、凛々花は何でも美味しそうに食べる。実際、凛々花にとって美味しくて無意識の内に抜群の笑顔を浮かべているだけなんだろうけど、それが作り手にとっては好印象なんだろう。
母さんなんてスプーンを進めずにずっと凛々花を眺めている。どことなく、愛らしい動物を見ているみたいに思えるのは気のせいではないだろう。
「あ、りりたん。ケチャップついてるよ」
夢中になっていたからか、ケチャップを小さな子供みたいに唇につけていた。
「あ、す、すいません……美味しくてつい」
何故か、ケチャップを母さんが拭き取れば凛々花は恥ずかしそうに小さくなった。それがまた、母さんを刺激した。キューンと撃ち抜かれた効果音が聞こえるみたいに目がハートになって、食事も忘れて凛々花の背後に立つ。
そして、おもむろに凛々花の頬を両手で挟み出した。
「もちもちすべすべでやわらかーい」
そんな、めちゃくちゃ羨ましい感想を子供のように口にする。凛々花はまたいきなり何が始まったのだと理解が及ばずに硬直していた。
「ちょ、母さん。凛々花が困ってる」
「はっ。ご、ごめんね、りりたん……つい」
流石に、これはやりすぎたと思ってくれたようですぐに手をどけて謝っていた。
「い、いえ……その、驚きましたけど嫌ではなかったですよ?」
「ほんと!? じゃあ、もう一回いい?」
「よくない」
興奮している母さんを止める。
俺だって凛々花の頬を堪能したことはまだないんだぞ。なのに、なんで母さんが二回も堪能するんだよ。
「止めないで、三葉。そこに……そこに、絶品の頬っぺたが……!」
「意味分からないこと言ってないで、ほんとに止めてくれ。また、嫌われたらどうするんだ」
「あ。そ、そうね……ごめんなさい、凛々花ちゃん……」
しゅんと落ち込んだように母さんは暗い表情をしながら座り直した。
ちょっとだけ、言葉がキツかったかもしれない。でも、母さんが凛々花によって傷つくよりはましだ。
「あ、あのお母様。私のでよかったらど、どうぞ……」
本当に優しい子だと思う。
母さんが明らかに落ち込んでいるのを見て、凛々花は横を向きながら頬を触りやすいように突き出した。
「いい、の……?」
「は、はい。お母様が喜んでくれるなら……それに、お昼ごはんのお礼にも」
「……ありがとう、りりたん」
さっきみたいにがつがつとするのではなく、遠慮がちにゆっくりと指を伸ばした母さんは凛々花の頬をぷにっと押した。
そして、一気に回復したんだなと分かりやすく綻んだ。
「ま、満足ですか?」
「うん、とっても」
「よかったです」
こっちを向いていた凛々花と目が合うと優しく微笑まれた。
色々と納得のいかない部分もあるが……二人が幸せそうならいいや。色々と納得いかないけど。
俺も同じように微笑みを返した。
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