第37話 後輩を招く。家にいらっしゃい

 期末テストも順調に進み無事に終わった。

 日に日に凛々花の緊張もほどけていくだろうと思っていたけど、そんなことはなく。毎日、表情を暗くしながらテストを迎え、終われば少し安心したりハラハラしたりしていて見てる方がハラハラとさせられた。


 だが、そんなテスト週間も終わり、気付けば夏休みがすぐそこまで来ていた。



 今日は、親も交えた三者面談。

 進路や成績について話し合い、俺は特に言うことはなしとの判断だった。まだ、将来については全然考えられないし、時間もある。この状態を維持しつつ、考えてくださいとのことらしい。


「三葉~。母さん、ちょっとお手洗い行ってくるから先に降りてて」

「分かった」


 面談終わり、母さんがトイレに寄ってくるとのことで先に下に降りておく。


 また、学年一位じゃなかった……クラスは一位なのに。


 去年から、絶対に学年一位にはなれない。

 うちは、結果を貼り出すようなことはしないし……誰なんだろ、学年一位。そんなに気にはならないから誰でもいいんだけど。


 てか、体育は公開処刑なんだからテスト結果も貼り出せよ。明らかな差別だ。抗議できるなら抗議したい。


 まあ、いっか。夏休みはあるんだし。予定とか考えてみよう。


 何をすれば凛々花は喜んでくれるだろう。

 とりあえず、プールは絶対として、話してた肝試しという名のお化け屋敷にでも連れてって……あとは、お祭りとかかな。


 うーん、でも、凛々花の予定とかもあるしあんまり決めつけないで頭に入れとこ。


「あ、せんぱーい」


 一瞬、凛々花のことばかり考えて幻聴が聞こえたのかと思った。けど、手を振りながら駆けてくる姿を見れば、本物だと気付いた。


「なんでいるんだ?」

「酷いですよー。待ってたのにー!」


 両腕を突き出して抗議する凛々花の頭をとりあえず撫でておく。


 昨日の内に凛々花も今日が三者面談だということは聞いていた。時間も同じで、もしかしたら会えるかも、って考えていたけど親もいるだろうし会ってもそんな話したりすることはないと思ってた。

 なのに、待っていてくれたことに嬉しくなりつつ違和感を覚えた。


「ちょっとしか待ってないだろ?」

「そ、そんなことありませんよ?」

「嘘つけ。目、泳がせてるくせに」

「お目めガードです」


 両手で目を隠した凛々花に思わず口角が上がる。


 子供っぽいなぁ……お目めガードって。それに、両目を隠してたら何されても文句は言えないんだぞ。


 色々と欲求が掻き立てられるがここは学校だし凛々花としてもそんなつもりはなく、単純に嘘を隠したいだけなので両手を握って俺を視界に入れさせるだけにとどめておく。


 しっかりと目が合えば、凛々花は少し寂しそうに目を細めた。


「……凛々花の親御さんは?」

「……仕事に行っちゃいました。忙しいらしくて」

「そっか」


 別に、凛々花の親を責めるつもりはない。

 働くことは大事だと思うし、入学式の日みたいに来なかった訳じゃない。ちょっとでも時間を作ってくれたってことだろうし。


 ただ、もう少し凛々花のことを見てあげてほしい。もっと、構ってって寂しそうにしていることを隠しているのだから。


「それよりも見てください、せんぱい。ほらほら」


 寂しさを打ち消して意気揚々と見せてきた紙にはテストの結果が載っていた。

 それに、目を通していけばやはりクラス一位という目標には遠く及んでいなかった。

 けど、赤点は一つもなく、しかも、一科目だけクラスで一番と書かれていた。


「お、国語凄いじゃん」

「えへへ。せんぱいのおかげです」

「カッコつけようとして覚えた言葉が役に立ったんだな」


 まあ、妙な言葉を知ってはいても意味は違ってるお馬鹿ちゃんなんだけどな。そこがまた可愛いんだけども。


「他はまあまあだけど……頑張ったな」

「……せんぱいに褒めてほしかったから」


 この口ぶりからして、親には褒めてもらえなかったのだろう。むしろ、ちゃんと確認してもらったのかさえ微妙なところだ。


「いくらでも褒めてやるよ」


 少々、乱暴に……凛々花の髪が乱れない程度にワシャワシャと撫でる。


「頑張った頑張った」


 誰も褒めないのなら俺が褒めればいい。

 俺に褒めてほしいというのなら褒めまくればいい。


 だって、凛々花は人知れず、一クラスを征服することが出来たのだから。



「待たせて悪いわね~三葉……って、その子は誰!?」


 ついつい凛々花と話していたからすっかりその存在を忘れていた。

 今日は凛々花に会わせてはいけない相手と来ているのだということを。


「……母さん」


 トイレから戻ってきた母さんは凛々花を一目見た途端、目を輝かせた。それなりの年齢なのに見た目が若いから違和感はない。


「って、痛い痛い痛い」


 急に母さんから頬をつねられた。


「んふふふふ?」

「何も言ってないけど!?」


 有無を言わせない凍ったような目をされて背筋を冷たい汗が流れ落ちた。夏なのにぶるっと体が震える。


「で、そのちょーーー可愛い子は誰!?」

「……後輩」


 紹介はしたくなかったけど、一緒にいるところを見られて誤魔化せる空気ではない。

 頬を抑えながら、いきなり酷い仕打ちを受けた俺を呆気なく見ていた凛々花のことを何でもないように紹介すると。


「あらあら、まあまあ。可愛い子ねぇ。お名前はなんて言うのかな?」


 母さん……それ、小学生にするやつ。見た目は小さくても頭脳は大人の子供じゃなくてちゃんと女子高生なんだからもう少し何かあるだろ。


「も、森下凛々花です……」


 自称陰キャの凛々花はぐいぐい顔を寄せてくる母さんに戸惑いを見せつつ、いつもより小さくなりながら頭を下げた。

 結論からして、それが、いけなかった。

 可愛いものが大好きな母さんは一気に凛々花を気に入ったらしく抱きしめていた。


「え、え、え?」


 困惑して目を回す凛々花。

 そりゃ、そうだろう。いきなり、見知らぬおば……女性に抱きしめられたのだから。


 俺なんて、この前あれだけ緊張したってのに……我が母ながら、相変わらず恐ろしい。


「りりたんは三葉とどういう関係かな?」


 要らぬ詮索が入ったので母さんの頭を軽く叩きつつ、こんがらがる凛々花を解放してやる。


「先輩と後輩だって。てか、りりたんってなんだよ」

「えー、こんな可愛いんだからりりたんでしょ?」

「理由になってないんだよ……」


 呆れて嘆息しつつ、チラと凛々花を見れば心底安心した様子で胸を撫で下ろしていた。


「ごめんな、凛々花。いきなり、怖い思いさせて」

「自分の母親を怖いもの扱いするんだ。今日の晩ご飯、覚悟してるの?」

「自分の母親とか関係なくいきなりあんなことされたら誰だって怖いわ」

「そうなの? 怖かったの、りりたん」

「い、いえ。驚いただけで……」

「ほらー」

「それ、都合のいい解釈だから」


 まったく。母さんはいつもこうだ。相手が本気で嫌がることはしないけど、可愛いものに目がなくて必要以上にベタベタとスキンシップする。


「あ、あの。改めて、森下凛々花です。いつも、せんぱいにはお世話になっていて……」


 九十度に腰を曲げた凛々花のガチガチ挨拶が母さんに余計な誤解を与えたようで。


「へ~三葉がお世話ねぇ~。りりたんと三葉はどういう関係なのかな~?」


 またそれかよ、とにやにやを続ける母さんを疲れたように見た。

 あれは、絶対にあらぬ誤解をしている。


「せ、せんぱいと後輩って関係です……」

「ほんとかなぁ~?」

「ざ、残念ながら……今は……」

「ごふっ」


 思わず、むせてしまった。顔が赤くなってるのが分かるくらい熱い……。


「へーほーふーん。三葉もやるわねぇ。このこの~」

「……ウザい」


 肘をグリグリとめり込ませてくる母さんから目を背ける。

 すると、凛々花と目が合った。小さな黒い瞳がゆらゆらと揺れ始めたかと思うと頬を紅潮させてサッと逸らされる。


 無性に愛でたい欲求に駆られるがそれこそ母さんの思うつぼ。がまんがまん、と拳にぎゅっと力を加える。


「りりたんの親御さんも相当な美人さんなんでしょうね~」


 事情を何も知らない母さんは呑気にそんなこと言って周りをきょろきょと見渡してから首を傾げた。


「……あの、お母さんはもう帰っていて」


 何を考えてるのか察した凛々花が申し訳なさそうに口にした。俺が余計なことを、と恨みがましく母さんを睨めば流石に何か勘づいたようだった。


「ねえ、りりたん。これからの予定は?」

「……何もありません」

「そう。じゃあ、家にいらっしゃい」

「い、いいんですか!?」


 予想外な提案に凛々花の目が一気に明るくなる。


「か、母さん」

「何よ。ダメなの?」

「そ、そういう訳じゃないけど」


 俺が凛々花を家に連れていかなかったのは何も特別な理由があるからじゃない。別に、どこにでもあるような家庭だと思うし俺の部屋にさえ入れなければいつだって来てくれても構わない。


 ただ、母さんに凛々花がさっきみたいに何をされるか心配だったのだ。また、ああやって凛々花を怖がらせて俺と関わるのは危険だと遠回しに思ってほしくない。


 だから、避けてきたってのに……あんなに期待するような目で見られたら断れないじゃないか。


「……来る?」

「行きたいです!」

「じゃあ、決まりね。りりたん、行こ」

「はい」


 俺を放ってとっとと歩き出す二人を慌てて追いかける。


「りりたんのお家ってどこ?」

「実は、最寄り駅一緒なんです」

「あら、そう。じゃあ、いつも三葉と登下校してるの?」

「はい」

「そっか。だから、最近は帰りが遅いのね」


 憎たらしい笑みを向けられて顔を逸らす。


「あの……ご迷惑でしたか?」

「むしろ、もっと連れ回してくれて構わないからね。この子、あんまり出掛けたりしないからりりたんが連れ回してあげて」

「ひーひー言うまで連れ回します」

「ふふ。りりたんは面白い子ね~」


 凛々花と母さんは俺の話題で盛り上がっていた。

 そんな二人を俺は後ろから眺める。


 母さんはともかく凛々花まで好き勝手言いやがって……その通りだから仕方ないんだけど。


 酷い言われように肩を落としそうになるが凛々花が打ち解けてくれたようで嬉しくなった。

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