第33話 後輩へのサプライズ。知ってたよ、誕生日だってこと
胡桃に無茶ぶりを放り投げ、生け贄にした日の放課後。俺は、凛々花が帰っていくのを見送ってから行動を開始した。降りるはずの最寄り駅で降りないまま、凛々花と行ったことがあるデパートを目指した。
あのデパートには沢山のお店があって凛々花へのプレゼントも何か見つかるだろうという魂胆だ。
結果として、一応買うことだけは出来たがあまりにも高難易度過ぎた初めてのおつかいだったため、あまり自信はない。
目を通していけばいくほど、あれもこれも凛々花が持っていたら可愛いなと思うものばかりで余計に悩むことになった。
全国の意中への相手にさりげなくプレゼントを渡せる人間はどっかで修行を積んできたに違いない。絶対に。
とはいえ、プレゼントを買うことは出来ているので俺も中々頑張ったんじゃないかと思っている。
因みに、胡桃から教えてもらおうとしていた大人のテクニックとやらは教えてもらえなかったらしい。
凛々花曰く、胡桃先輩はただの大人ぶっているだけのお子ちゃまだったそうだ。大人のテクニック教えてくださいと言うと顔を真っ赤にされて大慌てではぐらかされたらしい。
一体、何を考えているのやら。
まあ、クレープは美味しかったらしく仲良くもなれたようで結果オーライだ。
そんなこともありながら、あれから数日が経って凛々花の誕生日を迎えた。
朝から、やたらとそわそわとしていたのは今日が誕生日だということを思い出したのだろう。
しかし、俺が凛々花の誕生日を知っていることを彼女は知らない。チラチラと何度もこちらを見てきていたが、俺は知らないふりをし続けて放課後になるのを待った。
「せんぱーい。疲れちゃいましたよぉ~」
机に両肘をつきながら、頬っぺたを乗せてこちらを見上げてくる。勉強を始めてまだ一時間も経っていないのだが疲れた演技をしているのは早く切り上げてどこかに寄りたいのかもしれない。
「全部あってるし今日はもう終わろうか」
実際、凛々花が短時間の間にしっかり集中して課題に取り組んでいたため、今日の分はやり終えている。
いつも、これくらい集中してくれるとありがたいんだけどな。
「そうしましょう。そうしましょう」
顔を上げて、両目をキラキラと輝かせている凛々花は凄く嬉しそうにしている。
俺、まだ何も言ってないし渡してもない。どこか、寄っていこうと提案してもいない。
喜ぶのはいささか早すぎじゃないだろうかと思いつつ、可愛いのでさっさと帰宅の準備を済ませて学校を出た。
「せんぱいせんぱい。今日の私、どこか違うと思いませんか?」
スキップらしきものをする凛々花に特に変わったところはない。
「いつも通り、小さくて可愛いな」
「もぉー。もっと、よく見てくださいよー。ほら。ほらほらっ」
その場でくるっと回ったり、俺の回りをぐるぐる回ったりする凛々花は実に子犬っぽい。
くっ、可愛すぎだろ……。頼むから、ずっとそのままでいてくれ。
上がってしまった口角を手で隠しながら、もう片方の手で凛々花の頭を撫でる。どうして撫でられているのか凛々花は分かっていない様子だがそれでいい。
「どこが違うか教えてくれるか?」
「気付かないせんぱいは朴念仁です」
「凛々花のことしか見いてないけど分からないな」
本来、生徒手帳を勝手に見てしまったから俺は凛々花の誕生日を知っているわけだけどあの日がなければ今日がめでたい日だとは知らずに終わっていた。
だから、すぐに誕生日とかおめでとうとかプレゼントとか言えないんだ。
そこで、俺はわざと「ラインだ」と声を出して大袈裟に一人で頷いた。
「悟と胡桃がファミレスにいるんだけど合流しないか、だって。どうやら、新作のパンケーキがあるらしい」
「パンケーキ! 行きましょう!」
「ほんと、チョロい」
「何か言いました?」
「ううん、なんでも」
パンケーキに夢中な凛々花には聞こえなかったらしい。本当に食べ物に釣られやすいというかチョロいというか……単純だよなぁ。
自分の誕生日も頭から抜けてるんじゃないかと思うほど機嫌がいい凛々花に苦笑を浮かべながら、二人でファミレスへと向かった。
ファミレスに着けば、悟と胡桃は四人席に座っていた。
俺達に気付いた二人がそれぞれに手を振ってきたので待ち合わせだと店員に伝えて案内してもらう。
悟の隣に俺が座り、胡桃の隣に凛々花が座った。
今日は、隣に座れとの無茶もないらしい。
「みてみて、りりちゃん。このパンケーキ、すっごくない?」
「生クリーム多いですね。フルーツも盛りだくさんだし絶対美味しいやつです!」
「だよねだよね」
凛々花と胡桃は早速新発売のパンケーキの写真に目を奪われていた。きゃいきゃいと女の子同士、楽しそうに話す姿は微笑ましい。
本当に仲良くなったんだな。よかったよかった。
親目線、あるいは兄目線か。凛々花を見る時はどうしてもそういった保護者的な目で見てしまうことがある。
この調子でクラスの子達とも仲良くしてくれると……寂しい気持ちがないって言えないけど、嬉しいな。
眺めているとそんなことを考えてしまう。
「凛々花ちゃんに渡したの?」
二人に聞こえないように悟が聞いてきたので声を小さくして答えた。
「まだ。そもそも、誕生日の話題を出してない」
「そっか。じゃあ、まずはもう少し場を整えないとね」
「付き合ってもらって悪いな」
「気にしないでいいよ。胡桃だってパンケーキ食べたそうにしてるし」
二人を見れば、早く食べたそうにうずうずとしていた。
「せんぱい、半分こしましょう」
「一人で食べないでいいのか?」
「一緒に食べる方が嬉しいです」
「じゃあ、そうするか」
にっこりと凛々花は嬉しそうに微笑む。
悟達も半分こするようで、ボタンを押して店員を呼んだ。
パンケーキ二つとドリンクバー四人分を注文して俺達はそれぞれ飲み物を用意して、席に座り直した。
「はい、りりちゃん。誕生日、おめでとう。私と悟からプレゼント」
「……えっ、プレ、ゼン、ト……?」
胡桃が差し出したのはお菓子の詰め合わせだった。
それを、受け取った凛々花は固まって口を大きく開けている。
どうして、誕生日のことを知っているのかと困惑しているのだろう。
「……気に入らなかった?」
不安そうにした胡桃に凛々花は急いで首を横に振った。
「そ、そうではなくてですね。その、自分でも今日が誕生日だって忘れてて……せんぱいも知らないだろうから誰にも祝われないだろうなって諦めてて……だから、びっくりして上手にリアクションが」
クラスの中心人物は誕生日を迎えると周囲からめちゃくちゃ祝福されているのを見たことがある。たいして仲良くない人でさえ、お祝いの言葉を贈ったりしていた。
俺はしなかったけど。仲良くないんだしする必要もないと思って。
悟なんかがそうだ。誕生日を迎えると盛大に胡桃に祝福されてクラスの連中からもお祝いの言葉をもらう。もちろん、俺だって相手が悟なんだから祝った。
けど、悟とよくいる俺が誕生日を迎えてもきっとそんなことにはならないだろう。自分から祝うことをしなかったのだから当然だ。
だから、感じるものはない。親が祝ってくれるだけで十分だし高望みしない。
でも、凛々花の場合は親でさえも盛大に祝ってくれるとは限らない。凛々花自身が忙しいだろうって遠慮して何も望まずにいるかもしれない。
だから、考えた。せめて、俺が凛々花にしてあげられることはなんなんだろうって。ただ、プレゼントをはいおめでとう、と渡すだけじゃなく、何かもう一捻り欲しかった。
「知ってたよ、凛々花が誕生日だってこと。ちゃんと知ってた」
凛々花の目を真っ直ぐに見て伝えれば、ぱちぱちと瞳が開いたり閉じたり。
「だから、二人に協力してもらったんだ。一緒に祝ってほしいって」
考えたけど、これくらいしか思いつかなかった。俺だけで祝ってやりたい、っていう気持ちもあったけど、一人より三人での方がインパクトがあると思って頼んだ。
二人は考える間もなく頷いてくれて、俺が事前に調べておいたここで待っていてくれたのだ。
「そうだよ。三葉だけはね、ちゃんとりりちゃんの誕生日、知ってたからね」
「うん。プレゼント、何にしようってずっと悩んでたよ。僕、三葉があんなに悩んでるのなんて初めて見たよ」
二人が凛々花に恥ずかしいことを告げ口するので顔が熱くなる。
てか、俺にだって案外悩むことくらいあるわ。
野暮なことを言いたくなるも凛々花がなんとも言えない顔をして見てきていたので「どした?」と聞く。
「朝、あれだけアピールしたのに……さっきだって……」
「わざとだよ、わざと。あそこで祝ったらこの機会がなくなるから気付いてないふりしたんだ」
「私、頑張ったのに……弄ばれた気分です」
あんな、くるくる回ってただけのくせによく言うよ。
それを言えば、拗ねるので変わりにカバンから取り出した小物が入った小袋を渡す。
「ほら、プレゼント。気に入るかわかんねーけどもらってくれ」
可愛いものに執着してるから不安だ。
一応、可愛いものに目がない自分を信じてみたんだが。
袋を開けて、中に入っていたヘアピンを取り出す凛々花をハラハラしながら眺める。
凛々花はヘアピンをじっと見ては振ってみたり匂いを嗅いでみたりと微妙な反応を示している。
どういう反応だよ。不安でしょうがない。
「おい、そっとしまうな。なんか言えよ」
「す、すいません……なんだか、自分が思ってる以上にせんぱいからプレゼントを頂けて動揺しているようです」
胸に手を当ててすーはーと深呼吸される。
数回繰り返して落ち着いたのか、凛々花は小袋を優しく握ると花を咲かせたみたいに大きく笑った。
「ありがとうございます」
「お、おお……喜んでくれたならよかった」
てっきり、もっと言われることがあるんじゃないかと思ってた。だから、ストレートに伝えられて動揺してしまった。
顔が熱い……。
「三葉、つけてあげなよ」
「そうだね。胡桃の言う通り」
二人に言われて、凛々花はびくっと体を跳ねさせた。それから、期待と不安が半分ずつ入り交じった目を向けてくる。
「に、似合うかどうかちゃんと見たいし……いいか?」
「は、はい。どうぞ」
小袋ごと渡され、ヘアピンを手にする。
凛々花が普段からつけてある花の髪飾りを取り除くのを見てから俺は彼女の隣に移動した。
頭を傾けられたので髪飾りがあった辺りにヘアピンを装着させる。
撫でる以上に感じる凛々花の髪はさらさらで触り心地抜群だった。
「ど、どうですか?」
「……うん、似合ってるな」
センス抜群じゃね、と自画自賛して馬鹿になるくらい似合っていた。
「見せて見せて。うん、かっわいい。りりちゃんかっわいい!」
俺以上に馬鹿になった胡桃が褒めまくっているので俺は静かに席に戻った。
座ると体から力がふっと抜けていく。
思ってた以上に緊張していたんだろう。
「お疲れ様」
「ほんとにな。これ、サプライズとかもう懲り懲りだわ」
心の底からそう思う。サプライズは一度だけで勘弁してほしいと。
「三葉に一つ教えておくよ」
熱くなった体に水分を補給しながら悟に目を向ける。
「誕生日のサプライズはこれで終わったとしても人生にはまだまだサプライズがあるからね」
にっこりと笑った悟に俺は小さく「まじかよ」と漏らす。
他にどんなサプライズが必要になるのか今はまだ分からない。
でも。
凛々花が喜んでくれるなら、何回あってもいいや。
胡桃が持っていた手鏡で自分の姿を確認して、頭につけてあるクローバーのヘアピンを触ってはだらしない顔をする凛々花を見てそう思った。
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