第34話 後輩のわがまま。ぎゅって……してもらってもいいですか
「記念にみんなで写真撮ろうよ」
注文したパンケーキが届けられた後、胡桃がそう提案した。
今日の集まりは凛々花のお誕生日会。パーティーといえば、記念に集合写真を撮るのが礼儀だ。
校外学習で集合写真を撮る意味は分からないがパーティーは絶対に撮るべきだろう。
四人で一つスマホに収まるのは初めてで苦労はしたものの、無事に撮影が終わると撮ったばかりの写真を見ながら胡桃がある提案をした。
「じゃ、シェア……は出来ないか。そうだ。この際だし四人のグループ作っとこっか」
流石、JK胡桃といったところか。
普段、凛々花と違ってクラスの子達と休み時間を楽しく過ごすコミュ力を保持している胡桃らしい提案だった。
慣れている悟と胡桃が手早くグループを作り、俺と凛々花を招待してくれる。
しかし、俺達にそんな器用さはない。
どうすればいいのかとおろおろとしていたら二人が全部やってくれた。
もう少し、現代を生きる高校生として連絡ツールに詳しくなろう。
早速、載せられた写真の撮り映えは最高で即保存しておいた。これも、自撮り上手な胡桃様々といったところだ。
「じゃあ、そろそろ――」
目をきらんとさせ、唇を舌でペロッと舐めた胡桃はナイフとフォークを手にする。
パンケーキを小さく切り、口へ含むとよっぽど美味しいらしく、目を輝かせながら両手を頬に当てた。
「美味しい。すっごく美味しいよ~。悟も食べてみて。はい、あーん」
自分が食べたように切ったパンケーキを悟の口元へと運ぶ。それを、恥ずかし気もなく悟は口へ入れた。
バカップルのイチャイチャ完成である。
「ほんとだ。美味しいね」
「でしょ~。はい、もう一口」
とっくに二人の世界に入ってしまったらしく、俺達の姿はもう見えていないのか食べては微笑みあっていた。
見ているこっちの方が恥ずかしくなる。
「凛々花も食べたら?」
いつものことなので二人は無視しておくとして、俺達もそろそろ食べようかと手にナイフとフォークを持てば、凛々花はもじもじと体を揺らした。
「せ、せんぱい……」
「ん、どした? ジュースのおかわりか?」
「あ、あーん……」
小さく口を開けて、待機した凛々花。
待っているのは俺がフォークで刺したパンケーキだろう。
「あーんしちゃ……ダメですか?」
「いや、ダメじゃないけど……」
そんなに真っ赤にされるとこっちの方が恥ずかしくなる。いつもはなんにも気にせず俺のお箸を使ったりするくせに。
じっと待っている凛々花は可愛くていつまでも待たせて意地悪したい気持ちもあるが、こんな可愛い姿を周囲に晒したくもない。
「ん、あーん」
フォークを差し出せば、パクッと口に含まれた。
子犬がエサに飛びついたみたいだ。
「美味しい?」
ふんふんと首を縦に振る凛々花。
美味しいのか恥ずかしいからなのか、顔が真っ赤である。
みんながそんなに言うほど美味しいらしいパンケーキを俺も食べようとしたら。
「……あの、凛々花さん?」
胡桃が悟にしたように、凛々花が俺の口元へとパンケーキを差し出す。
「お、お返しです」
パンケーキは小刻みに揺れていて、凛々花は俺から目を逸らした。
いつもなら、『なにを恥ずかしがってるんですか~。ぷぷー。せんぱい、可愛いですね~』とか言ってくるであろうに、今日は随分と大人しい。
胡桃達の前だから恥ずかしい、ってことか。言っとくけど、俺だって恥ずかしいからな。俺は悟みたいには出来ないんだ。
「い、一回だけな」
俺は余裕を持って行動できない。
こんなんじゃ、凛々花を征服するなんて夢のまた夢になってしまう。
そう心では分かっていても行動が追いついてくれない。
でも、それが俺だ。凛々花が今すぐ世界を征服出来ないように俺だって今すぐ凛々花を征服することは出来ない。
だから、一歩ずつ。一つずつ。慣れないことに慣れていく。
ぶるぶると震えているパンケーキを大きく口を開けて食べると凛々花の腕がぴくっと跳ねたのを感じた。
「うん、美味いな」
顔が熱いのを感じる。
それを、表に出さないように努力しながら凛々花に笑いかけた。
「美味しいですよねっ」
「うん、美味しい」
「もっと、食べたいですよねっ?」
「凛々花が多く食べていいよ。誕生日なんだし」
遠慮することはない。確かに、口の中に広がったふわふわや生クリームの甘さ、バターの味などをもっと堪能したい。
けど、今日は記念日だ。凛々花が食べたいだけ食べればいい。
「一緒に、半分こ。絶対です」
「凛々花がいいんならそれでいいけど……満足する?」
「それは、せんぱいの態度次第ですっ!」
キリッと真面目な顔したかと思うと目を閉じて口を開けた凛々花。
どうすればいいのかなんてすぐに察した。
俺は肩を竦めると「はいはい」と苦笑して小さなお姫様の望むままに働いた。
「今日は楽しかったか?」
「はいっ。とっても満足しました」
お誕生日会を終えて、悟達とそのまま別れた後、俺達は電車に乗って帰っていた。窓から見える夕日はまだまだ明るく、本格的に夏が近づいてきたのだと実感する。
「全部、せんぱいのおかげですね。ありがとうございます」
「そうやって笑う凛々花を見たかったから」
これから、もう一度凛々花のお誕生日会が行われるのかは定かではない。
もしかしたら、行われないかもしれない。
そんな時は思い出してほしい。悲しいだろうけど、ちゃんと凛々花を見てる俺がいるってことを。
「あのさ、もうひとつプレゼントがあるんだ」
俺は生徒手帳に挟まれてあった紙切れを取り出して凛々花に手渡した。
「……なんでも言うこと聞く券?」
「権力が欲しいって言ってたからな。俺にしか使えないけど、そこは譲歩してくれ」
子供っぽいと思っているのか、凛々花はポカーンと口を開けて固まっている。
自分でも子供っぽいとは理解している。
けれど、凛々花の望みを叶えるためならそれも甘んじて受け入れるのだ。
「せんぱいって……せんぱいって……」
「なんだよ」
「なんでもないでーす」
クスクスと口元に手を当てながら嬉しそうに笑う凛々花。
どうやら、喜んでくれているようで安心した。
それから、ひとしきり笑い終わると凛々花は小さな深呼吸を何度も繰り返す。
「せ、せんぱい……わがまま、言ってもいいですか?」
制服を遠慮がちに引っ張りながら上目遣いをしてくる凛々花の頬は夕日に負けないくらい赤く染まっていた。
「ん、なんでもいいよ」
「あの、ですね……」
言いづらそうにして、目をあっちへやったりこっちへやったり泳がせる。
俺は凛々花が口を開くまで静かに待つ。
「その、ぎゅって……してもらってもいいですか?」
最後の方は、ほとんど消え入るような小さな声だった。
「手を?」
「……私を」
私をってそんな……ここ、電車の中だし人目もあるし難しい。
「や、やっぱり、冗談です。嘘です。忘れてください」
俺が渋っていたからか凛々花は手を振って困ったように笑う。
本当に困ってるのは俺なんだが。
気まずい空気になって、会話が成立しないまま最寄り駅に着いた。
電車を降りて、ぞろぞろと改札に向かう人波を後ろから眺める。
俺達が今いるのは最後尾。
つまり、何をしても誰かに見られる可能性は低い。
今日は誕生日。だから、凛々花の望んでいることをなんでも叶える。
そうやって、凛々花のためをと言い聞かせて俺はずるいことをした。
「せ、せんぱいっ!?」
「静かに……誰かに見られるのはずい」
後ろから、凛々花の細い腰に腕を回して優しく引き寄せる。正面同士でなんてまだ無理だ。そんな度胸は備わってない。
最初こそ驚いてびくびくとしていた凛々花だけどやがて腕の中で大人しくなった。
心臓の音、聞こえてんじゃないかな……。
耳を澄ませば独特な音が聞こえてくる。
それが、どっちから発しているのか俺には区別がつかない。
「あ、あの……いつまでこうしてるんですか?」
体感一分、実際には十秒程が経って、凛々花がぼそっと聞いてくる。
俺にだって、いつが止め時なのか分からないんだよ……。
「り、凛々花が満足するまで……?」
「そ、そんなこと言われるといつまで経っても終わらな――な、なんでもありません。あと、もう少しだけ……いいですか?」
「お、仰せのままに……」
後ろから抱きしめているから凛々花がどんな顔してるのか分からない。
耳まで真っ赤にしてるからおんなじくらい赤いはずだけど……ついでに俺も。
「……なに?」
腰に回している腕に凛々花が触れる。
「せんぱいの腕だなぁ~って……えへへ」
「俺の腕なんてそんなたいそうなものじゃないだろ」
「ちゃんと男の子の腕してますよ。こうしていられると……えへへ」
「笑ってないでなんか言ってくれよ……」
こうしてるとどうなんだ、と心配になるものの凛々花は何も答えず、変わりに俺の腕に頬をずっとすりすりし続けたのだった。
「……あのさ、急にぎゅってしてなんて何かあったのか?」
「あ、改めて言われるとものすごく恥ずかしいのでやめてください……ほんと、お願いします」
凛々花をマンションの近くまで送っている最中のこと。普段、何かと近付いてきたり触れてきたりドキドキさせてくる彼女だが、今日みたいに直接的なことを言ってきたことはなかった。
だから、何かあったのかと思ったんだけど。
当の本人は今更になってものすごく恥ずかしがっている。顔を両手で隠しながら、首をぶんぶん振っている。実に可愛らしい。
「胡桃先輩に教えてもらったんです。七秒間ぎゅってしてもらうと安心できるんだよーって……だから、試してみたくて」
「そりゃ、胡桃は悟っていう彼氏にだから安心するんだろうけどさ……俺にされたって安心なんてしないだろ」
仲が良いとはいえ、付き合っている訳ではない。
今日は、凛々花の誕生日で特別だからああした。本当は、俺だって抱きしめたいなって何度も思ったことがある。
でも、付き合ってる訳じゃないし嫌われたくないから我慢して……。
さっきみたいなことはもう当分の間は起きないし起こらない。
俺達はそういう関係なんだ。
「私はすっごく安心しましたよ。せんぱいだから」
「……そっか。なら、まあ、よかった」
「はい」
それが、どういう意味を示してるのか凛々花は気付いているんだろうか。
「手、繋いでもいいですか?」
「いいけど……好きだよな、繋ぐの」
「せんぱいが頭を撫でるのが好きなように私は手を繋ぐことが好きなんです。因みに、撫でられるのも大好きです」
「それは、知ってる」
「そうですか」
「じゃあ……ん、どうぞ」
少し照れ臭くなりながら手を差し出せば小さくて柔らかい感触が重ねられる。
「……なんか、変な会話してるな俺達」
「楽しいから良いじゃないですか」
「誕生日だしな」
「そうです。今日は私の生誕祭。おおいに祝福してくださればいいんです」
「あーっと、生誕祭は既に亡くなってる偉人に使う言葉って知ってた?」
「もちろんです。誕生日です。はい」
絶対、知らなかっただろ。早口になって。
カッコいい言葉を使いたかっただけなんだろうな。
「凛々花の生誕祭なんて、ずっと先でいいから……誕生日、にしておこうな」
「もう。そんな、教えるみたいに言わないでください。ちゃんと分かっていますから」
「はいはい、分かってるよ」
拗ねたように腕をぶんぶん振り子のようにする凛々花。
生誕祭は想像も出来ないほど先の未来で起こってくれていればいい。そのためにも来年も再来年も……それから先も。凛々花の誕生日を祝い続けていきたいなと思った。
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