第32話 後輩は食いつく。大人のテクニック教えてあげる

「ねえ、三葉。さっきのここ、教えてほしいんだけど――ど、どうしたの?」


 悟が驚いたように顔を近づけてくる。

 整った儚げの美少年フェイスに思わずこっちの方が驚いてしまい背中を反らした。


 胡桃に見られでもしたら殺される……。


 それでも、悟は顔を近づけて俺をじろじろと見ていた。


「そっちこそどうした?」

「ノート、真っ白だよ!」

「ノート?」


 俺は悟が指差した自分のノートに目を向ける。いつもは、黒板の内容と先生が言ったプチ情報などをまとめているノートが今日は真っ白なままだった。


 ああ、そっか。とっくに授業、終わったのか。なのに、俺がボーッとしてたから、体調でも悪いんじゃないかと心配してくれたと。


「ちょっと、考え事してて」

「考え事?」

「そう。とりあえず、ノート写させてもらってもいい?」

「それは、いいけど……はい」

「サンキュー」


 綺麗な字で書かれたノートを写しながら気になっているであろう考え事を悟に話す。


 俺の方が悟に手助けしてほしいし。


「もうすぐ、凛々花の誕生日なんだよ」

「そうなんだ」

「それで、なにかプレゼントでも渡そうと思うんだけどなにを渡せばいいのか分からなくてな……」


 ここ最近、無意識の内にそのことばかりを考えてしまう。だから、授業中も集中できずに気付けば終わってしまっていることが多々あった。


「なるほど。それは、難しいね」

「悟の場合はどうしてるんだ?」

「僕?」

「胡桃に渡す時とか」


 悟と胡桃は恋人である以前に幼馴染みとして昔からの繋がりがある。ということは、昔からお互いの誕生日にはプレゼントを送りあっていたはずだ。


「うーん、そうだなぁ。僕の場合、胡桃に欲しいものを教えてもらってるよ」

「もっと、サプライズ的なことはしないのか?」

「それは、最初だけかな。今はサプライズで喜ばせたいって気持ちよりも一緒に過ごしながら欲しいものを買ってる」


 てっきり、お互いの誕生日にはサプライズをしなきゃいけない決まりなんだと思ってた。でも、実際はそんなことないらしい。


「サプライズって最初が肝心なんだと思うんだ。でも、一度目はよくても二度目って相手だってなんとなく予想しちゃうんだよ。だから、サプライズは最初だけにしたんだ。僕達はね」

「へー……って、それ、俺の問題解決になってない」


 一番、肝心な最初のサプライズになにを用意すればいいのかは結局検討もついてない。

 参考にしようって思ったのに、ただの惚気話を聞かされただけだ。


「大事なのは三葉の気持ちだと思うからそんなに悩まなくてもいいと思うよ?」

「それは、悟が経験者だからだろ。初心者なんだぞ、俺……」


 付き合う前から誕生日を共にしているのだからそんなことが言えるんだろう。

 恨みがましく悟を見れば、困ったように頬をかいていた。



「凛々花ってさ、欲しいものある?」

「欲しいものですか?」


 放課後になって、勉強の休憩中に質問した。

 悟に言われたのだ。本人にさりげなく聞いてみるのもアリだと思うよ、って。


 だから、俺は諦めて直接教えてもらうことにした。悟は気持ちだなんて言ったけど、気持ちだけじゃ足りないんだ。プレゼントを渡すんだから、喜んでくれるものを送りたい。


 シャープペンを頬に当てるあざとい仕種をしながら考える凛々花の口からうーんという声が盛れている。

 無意識にやっているのか、わざとやっているのか。どちらにしろ、可愛いなと眺めていたくなった。


「絶対的な権力ですかね」

「おい、女子高生」

「あ、世界を征服する力も捨てがたいです」


 どっちも用意できんわ!

 心の中でそうツッコミながら、大きなため息をつく。


「もっと、他になにかないか?」

「えー、そうですねぇ……うーん、ないですねぇ。欲しいものは買おうと思えば買えますし」


 くそ、金持ちめ。それ言われたらもうなにも送れなくなるだろ!


 なんだか、埋めようのない現実を突き付けられた気がした。


「それより、どうしたんですか?」


 直接聞けば、凛々花に誕生日だと勘づかれるんじゃないかと心配していたけど気付いていないらしい。


 自分のことなんだし、もう少し察しがよくてもいいと思うんだけどなぁ。今の場合は助かるんだけど。


「いや、最近のJKはどんなものを欲するのかなって思って」

「なんですか。誰かにプレゼントでも送るつもりなんですか。絶対に教えてあげません」

「なんでだよ」


 どういう訳か頬を膨らませた凛々花はそっぽを向いてしまった。


 送る相手、凛々花なんだけど……これは、自分で考えてくださいっていう遠回しのお告げか?



「本人に聞いても教えてくれなかった」

「あはは……それは、残念だったね」


 翌日、朝から机に腕を乗せて突っ伏していた俺を悟は苦笑いを浮かべながら見ていた。

 昨日、あれからもう一回教えてもらおうとしたが鼻息をふんふんと荒くさせて凛々花は腕を組んでいるだけだった。


 権力とか世界を征服する力とか、目に見えないものを用意なんて出来ねぇよ。もっと、JKなんだから可愛いものを言えよ。ぬいぐるみとかぬいぐるみとかぬいぐるみとかさ。


「どこかに見に行って三葉がびびっときたものを渡せばいいんじゃないかな」

「毎日一緒に帰ってるんだ。学校帰りに寄り道なんてしたら本人まで絶対についてくる」


 せんぱいだけ寄り道なんてさせません、とか言いながら勝手についてくるのが目に浮かぶ。


 それだけ、一緒にいようとしてくれるのは嬉しいけど、知られたくないことだってあるんだよなぁ。


「あ、じゃあ。胡桃にお願いしようよ」

「え~……」

「あれ、どうしてそんなに嫌そうなの?」

「だって、胡桃だろ。なんか、凛々花のことを家に持ち帰ったりしそうで心配になる」

「三葉って凛々花ちゃんの保護者なの? てか、胡桃のことをなんだと思ってるの?」

「だって、お持ち帰りしたーいとか言ってたじゃん」

「あれは冗談だって。大丈夫だから」


 彼女のことになっているからか、普段は落ち着きが多い悟が少しだけ興奮している。

 その姿が可笑しくて思わず吹き出してしまうと肩を叩かれた。

 その見た目に反して、テニス部で鍛えられた細腕には結構なダメージがある。


「じゃあ、胡桃に頼んでもいいか? 凛々花と一緒に帰ってくれって」

「いいよ。三葉には世話になってるし、引き受けてくれると思う」

「だな」


 悟が早速ラインで事情をまとめた内容を送ってくれるとすぐに胡桃からオッケーとの返事がきた。



「りりちゃん。今日、一緒に帰ろ」

「え、どうしてですか?」


 昼休みにいつものように四人で弁当を食べていると胡桃がそう提案してくれた。だというのに、凛々花は嫌そうな顔を浮かべて警戒しているようだった。


「そう嫌な顔しないでよ~。クレープ、奢ってあげるよ?」

「クレープ……はっ、け、結構です。私がいないとせんぱいがぼっちになるので」


 おい、一瞬、そっち行こうとしただろ。見逃してないからな。

 こほん、と咳払いしつつ、手のひらを胡桃に向けてお断りのポーズをとる凛々花。


「いいじゃん、たまには」


 俺が胡桃に賛成したことが大変驚きだったようで凛々花は口を開けながらこっちを見てきた。

 てっきり、味方してくれると思ったんだろうな。今までの行動を思い返せばそう思われても仕方がない。


「せ、せんぱい。ぼっちになっちゃうんですよ?」

「去年はずっと一人で帰ってたから慣れてるし俺のことは気にしないでいい。クレープでも奢ってもらってこい」

「で、でも。せんぱい、ぼっちになっちゃうんですよ?」

「俺の保護者か」


 二回も言うのは俺と帰りたいからなのか、胡桃と二人きりになるのに緊張しているからなのか。


 自分のことを陰キャだと勘違いしている凛々花だから後者なんだろうな。それなら、尚更味方はしてやれない。


「いいから。たまには女の子同士で楽しんでこいよ。今日は勉強会もないんだしさ」


 こうやって、機会を作ってちょっとずつ他人と関わって、休み時間に寝たふりをしないで済むように凛々花がなってくれたらいい。


 そうやって成長すれば親にももうちょっと素直になれる機会を見つけることが出来るかもしれないし。


「それに、胡桃はチョロいから簡単に征服出来ると思うぞ」


 悟と胡桃に聞こえないように凛々花が過剰に反応しない程度に近づいてこそっと魔法の言葉を使った。


 凛々花は呑気に白米を口にしている胡桃を見てから俺を見た。その目からは、相手にならないです、とバカにした気持ちが伝わってくる。


「そんな不安そうにしなくてもとって食べられたりしないよ。な、胡桃」


 わざと凛々花の気持ちに気付いてないふりをして胡桃に同意を求めるようにすると「あったりまえじゃん」と返ってきた。


「な。俺のことはいいから、胡桃に大人のレディーについてでも教えてもらってこい」

「そうだよ。りりちゃんに大人のテクニック教えてあげる」


 二人を見比べてもそう大差はそうないが、凛々花には大人という単語が効いたらしく、目を輝かせて「本当ですかっ?」と胡桃に食いついた。


 胡桃からは俺のとんでもない人任せに「どうすればいいの?」と目線で訴えられたが目を逸らして無視した。


 すまん。俺にはどうしようもない。自分のことを思い返して適当に教えてやってくれ。


 早速、凛々花に言い寄られて完全に困っている胡桃に俺は心の中で手を合わせた。

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