第31話 後輩の動機。見返したかったんです

「これ、ありがとな」


 学校での勉強会の帰り道、凛々花が貸してくれたアニメのDVDを入れた袋を手渡した。


 あの日から数日かけて俺はアニメを無事に見終わることに成功した。

 内容は、とある地球外生命体が地球を侵略しに来るというSF物だった。


「どうでしたか?」


 袋を受け取り、大事そうにカバンにしまった凛々花は少し緊張した様子で聞いてきた。


「めちゃくちゃよかった」


 そう答えると凛々花の目がみるみる大きくなっていき、嬉しそうに綻んだ。


 地球を侵略しに来た地球外生命体は家族や仲間から出来損ないだと馬鹿にされ、いじめられている可哀想な存在だった。

 そこで、みんなに認めてもらおうと地球を侵略しにやって来たのだが、無力でなにも出来ず、倒れて死を覚悟していた。

 そんな時、一人の心優しい少女と出会い助けられる。


 家に迎え入れられ、手当てされ、温かいご飯を与えられた地球外生命体は最初こそ少女を敵だと思い侵略してやろうと考えていた。

 しかし、少女の優しさや温もりに触れていく度、次第にその考えが変えられていく。


 無理に頑張ろうとしなくていいんだよ、ありのままの自分でいいんだよ。


 そう言われた地球外生命体は侵略することを止めて、もう暫くの間、少女と生きていくことを決意した。


「せんぱいにも気に入ってもらえて嬉しいです」

「……なあ、凛々花。ちょっと、征服していかないか?」


 学校から駅までの通り道にある公園に差し掛かったので提案すると征服していくことに決まった。


「早速、語り合いたいんですね」


 ベンチに座ると凛々花は興奮した様子で肩をくっ付けるみたいにすり寄ってきた。両手を握りしめて鼻からふんすと息が出ている。


 語り合いたい気持ちがないことはない。

 けど、俺にはどうしても凛々花に聞いておきたいことがあった。


「ど、どうしたんですか? いつになく、真剣な目をして……み、見つめられると恥ずかしいですよ」


 白い頬に朱色を浮かばせながら、目をきょろきょろと泳がせる凛々花に可愛いなという気持ちが姿を覗かせる。


 こうやって改めて見ると凛々花は本当に小さくて可愛い女の子だ。手足も細くて、体重も軽くて、高校生だと信じる人はどれくらいいるんだろう。

 そんな子がやり遂げようとしているのが世界征服という到底達成の出来るはずのないこと。


 文字通りの世界征服なんて、この世の誰もが出来るはずのないことだ。なのに、凛々花はその出来るはずのないことを叶えようと必死になっている。


 俺はそこまでして世界を征服したい動機が知りたい。どうして、そう思うようになったのかを教えてもらいたい。


「凛々花のこと、もっと知りたいんだ。だから、どうして世界を征服しようって思ったのか教えてくれ」


 凛々花は泳がせていた目を伏せた。かと思うとにっこりと笑顔を浮かべた。いつもの元気で明るいものではなく、誤魔化そうとその場を乗り切ろうとする偽りの笑顔を。


「もう、せんぱいったらなんですかー。私のスリーサイズを知りたいんですか?」

「凛々花」

「それとも、私の好きな人ですか? いいですよ。私の好きな人はですね――」

「凛々花」


 細くて脆い肩を掴むとびくっと体を震わせる。


「あ、ごめん」


 痛かったか、と急いで手を離した。

 すると、凛々花は顔を伏せてから、不安そうに揺らした目を向けてきた。


「怒ってますか?」

「ううん、怒ってないよ。けど、誤魔化さないでほしい」

「……嫌です」

「どうして?」

「だって、くだらない理由だからせんぱいに呆れられて離れられるから」

「だから、教えたくないと?」


 首を縦に振った凛々花は口を閉ざしてしまった。

 いつも、うるさいくらいに元気な凛々花がここまでしょんぼりとするのは珍しい。そんなにも、俺が呆れて離れることを嫌だと思っているのなら、こんな状況でも嬉しいと感じてしまう。


 けど、それは凛々花の勝手な思い込みだ。


「もうちょい俺のこと信頼しろ。どんな理由だって笑いもしないし離れるつもりもない」


 他人を完璧に信頼するのは難しい。俺だって凛々花のことをそこまで信頼出来ていないから秘密にしていることだってある。


 それでも、ちょっとずつでも信頼されて、頼れる先輩だと思ってほしいから俺は凛々花から離れたりしない。


「……ほ、本当ですか?」

「知ってるだろ? 俺がどれだけ独占欲あるのか」


 笑いかけるようにすると凛々花もうっすらと笑った。それから、きゅっと制服の袖を掴んできた。俺が離れないようにしているんだろう。


 こうしてるってことは今から話してくれるってことだよな。


 どんな理由だろうと最後まで聞くように気合いを入れた。


「私には完璧超人なお姉ちゃんがいます。美人で明るくて、その上優しくて、勉強も運動も……なんでも出来る素敵なお姉ちゃん。対して、私は知っている通りの不器用です。だから、昔から言われてきました。凛々花は頑張らないでいいんだよって」

「……比べられてたってことか?」

「悪い意味でじゃないんですけどね。ただ、お姉ちゃんは凄くて私はなんにも出来ないからお姉ちゃんばかり褒められていたんです。それが、羨ましくて私も褒められたくて勉強とか頑張ろうって思いました。でも、結果は上手くいきませんでした」


 上手くいっていれば、今頃凛々花は俺に勉強を教えられてはいなかっただろう。


「私はどこまでいっても不器用なんです。だから、その内、こんなの見せたら怒られるんじゃないかと思いました。共働きで忙しいのに私なんかのために時間をとらせたくない。怒られるくらいなら、私は頑張らないでいようって。それに、仲が悪い訳じゃありませんから、それならこのままでいいやって」


 この前、凛々花の家に行った時、家庭内が崩壊しているようなそんな形跡はこれっぽっちも見受けられなかった。

 だから、仲が悪いことはないんだろう。


 でも。じゃあ、なんでそんな寂しそうに笑うんだよ……。


「なら、どうして世界征服なんてしようって思ったんだ?」

「見返したかったんです。私には、どうせなにも出来ないだろうって思ってるお母さんとお父さんとお姉ちゃんを。もっと、私に興味をもってもらいたくて反撃しようって」


 凛々花の世界征服は誰もが迎える反抗期の延長線上にあったらしい。お姉ちゃんばかりが褒められて悔しい。頑張っても無駄だから頑張らないでいいよ、というのは優しさになる時もあれば凛々花のように悔しくなる時もある。

 それを、見返したくてとった行動が世界を征服するという誰もが達成することが出来ないことだった、という訳だ。


「凛々花は凄いな」


 てっきり、俺はもっとしょうもなくてくだらない理由なんだと思ってた。独り善がりで満足したいからやってるんだと。

 でも、実際には違う。ちゃんとした強い意思を心に抱いてやっていた。


「考えることが子供みたいでバカっぽくないですか?」

「そんなことねぇよ。目的のために頑張ってるんだ。馬鹿になんて出来ないし誰にもさせない」


 これまでは、心のどこかでは俺は世界征服するんだという凛々花のことを馬鹿にしていたんだと思う。


 どうせ、出来っこないんだから無駄だと。適当に話を合わせて、満足させて、やっぱり無理だったと思わせる。そして、諦めてくれたら凛々花は俺のことをもっと見てくれるんじゃないかって。


 でも、間違ってた。凛々花の世界征服はくだらないことなんかじゃなくて、叶うことはないかもしれないけど、途中で諦めさせたり出来るものじゃなかった。


「いつか、認めさせよう」

「せんぱいも手伝ってくれるんですか?」

「なんでもするよ。下部しもべだし」

「ふふ、じゃあ。征服の証拠にツーショット写真を撮りましょう」

「そうだな」


 スマホのカメラに収まるために凛々花がぴったりと体をくっ付けてくる。甘い香りが鼻腔をくすぐって、心臓が大きく跳ねた。


 頻繁に写真を撮ってたのもいつか見せるためだったんだな。


「はい、チーズ」


 凛々花の明るい声が夕日が照らす公園に響いた。



 凛々花から借りたアニメに出てきた地球外生命体はそのままの自分でいいんだよと言われて変わった。

 だから、俺も凛々花にそう言ってあげるべきなのかもしれない。


「俺は凛々花の不器用な所、好きだよ」


 帰り道を歩きながら口にすると凛々花は立ち止まった。振り返ると顔を夕日に負けないくらい赤くしている。


「きゅ、急にどうしたんですか!?」

「言っておこうかと思って」


 凛々花はあのアニメのことを大好きだと言っていた。それは、優しい世界を求めているからなのか、あの少女のように自分を見てくれる誰かを求めているからなのかは分からない。ありのままの自分でいいよ、と言ってほしいのかもしれない。


 まだまだ、分からないことだらけ。けど、あの作品が凛々花に影響を与えたことだけは間違っていないだろう。人は大好きなものに何かしらの影響を受けるものだから。


「不器用だらけの凛々花、可愛いよ」


 そもそも、無理をして器用になんてならなくていいんだ。凛々花は元々、沢山の魅力がある女の子だ。両親にもっと私を見てほしいって甘えれば、わざわざ世界を征服する必要もなく解決することだろう。


 そのことにさえ気付かないんだから、ほんとにどこまでいっても不器用だよ。


 でも、そのことを俺が教えたりはしない。呆れるほど鈍感だとしても、凛々花の頑張っている努力を今すぐ水の泡にはしたくない。


 だから、俺は地球外生命体にとっての少女のような存在になる。ありのままの凛々花が好きだから、凛々花が満足いくまでやりきるのを見守る。

 もちろん、凛々花を征服することを止めたりなんかしない。凛々花が満足いった時、想いを伝えられるようになっていたいから。


 その時がいつくるかなんて誰にも分からないことだけどな。


「……せ、せんぱいにそんなこと言われたら世界征服終わろうかって悩みます」


 未だに赤くなったままの凛々花がそんなことを漏らした。


「なんでだよ」

「なんでもです!」


 俺が言ったからどうなんだ、と首を傾げると凛々花は叫んだ。そして、足早に歩き始めると俺を追い越していく。

 小さな歩幅に追いついて隣を歩き、そっと様子を見ると頬を膨らませていた。


 今のやりとりのどこに怒らせる要素があったんだ?

 考えても分からないことだらけだ。


「で、終わっちゃうのか、世界征服」

「終わりませんよ!」


 やっぱり、赤いままの凛々花に怒られた。

 理不尽だ、と文句を言ってやりたい反面、これが素の凛々花の一部なんだと再確認すると可愛いなという思いが強まり、自分のことを我ながらベタ惚れだなと思った。

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