第30話 後輩は仕掛ける。女の子の部屋にきてそんなんでいいんですか?

 カリカリとシャープペンを動かす音が続く中、俺は凛々花に勉強を教えたり、視線を気付かれないようにさ迷わせたりしながら時間を潰していた。


 この前も思ったけどほんと綺麗な足してるよな。真っ白で無駄な肉もついてなくて……スラッとしてる訳じゃないけど、それがまた可愛いというか。あ、足の指がきゅっとなった。


 女の子座りをして、ペタンという擬音が似合う凛々花はどれだけ見ていても飽きることがない。


「せんぱい、ここってあってますか?」

「うん、それでいいよ。だんだん、理解してきたんじゃないか?」

「せんぱいの教え方が上手だからですよ」

「その通りだな」

「私が頑張ってるからですよ!」

「どっちだよ……」


 実際は、凛々花が思った以上に頑張っているからである。泳ぎの練習も数時間すれば形にはなったから、集中力が凄いんだろう。


 もしかすると期末テストでクラス一位になれるかも……なーんて、それは出来すぎか。赤点回避、クラス順位真ん中辺りが妥当だろう。


「そろそろ、休憩を求めますー」

「集中してたからな。いいよ、休憩しよう」


 その後でもう少し頑張ろう、と小さく漏らすと凛々花はササッと隣にずれてきた。


「もう、女の子の部屋にきてそんなんでいいんですか? もっと、あるでしょ?」


 ズイッと体を寄せてくるので女の子特有の良質な香りが鼻に届く。挑発してくるような目が俺を捉えたままで動かない。


「あのなぁ……」


 俺はそんな凛々花の背中に腕を回して退路を断つと同じように距離を詰めた。

 ちょっと、脅せば懲りるだろう。


「俺がどれだけ我慢してるか考えろよ」

「えっ?」

「普通でいられるはずがないだろ」


 凛々花に触れたいか、なんて聞かれるまでもない。本当はもっと触れたい。でも、まだ告白だって出来てないし、俺だけの気持ちで好き勝手にはしたくない。


 この、小さな体を押し倒そうと思えばすぐに実現できる。

 この、細い腕を力強く握れば凛々花は逃げることも出来なくなるだろう。


 でも、そんなのは嫌だし凛々花に怖い思いをさせたくもない。


「ほら、これで分かるだろ」


 凛々花の手を取って、心臓辺りに触れさせる。

 本当は、俺の考えはずっと矛盾している。凛々花のことを変な目では見ないように、ってのは結局俺が凛々花のことをどういう風に思ってるかってことを言ってるようなもの。

 だから、嫌われたくなくてそんな風には見るなって自分に言い聞かせてる。


 けど、それは中々辛いことだ。こんなに距離を縮められたり、からかわれたり、挑発されたりすると意思とは関係ない思いが芽生えてしまうんだ。


「家に入れてもらった時から、ずっと、こうなってるんだよ……」


 可愛い女の子。友達とは違う。ただの、先輩と後輩って言葉ではもう片付けられないほど距離が近い相手。

 そんな子の家で二人きりなんて何も考えないでいられるはずがないんだ。


「……ドクドクしてるんですね」

「……誰が相手でもする訳じゃないからな」

「わ、私、飲み物持ってきます!」


 顔を真っ赤に染めた凛々花は手を強引に振りほどいて部屋を大慌てで出ていった。残された俺はさっきまで凛々花の手があった場所に触れる。すると、震動が伝わってきた。


 相手が凛々花だから、こうなってしまう。

 凛々花がどういう理由なのかは知らないけど、触れられる度に俺はいつもこうなっている。


 何度もこうさせられるのは心臓に悪い。

 でも、その悪さを俺は気に入ってるから表に出さないように隠そうと気にしてないふりを装おって、凛々花が離れないようにしている。


 そうしていないと、俺はダメだから。


「……あいつ、カバン倒して……たく」


 俺は凛々花に蹴られて倒れたカバンから散乱している荷物を集めた。これで、気を紛らわせる作戦だ。


「あんなに仕掛けなくてもちゃんと意識させられてるってのに……ん、生徒手帳?」


 机に乗せていると凛々花と関わるようになったきっかけ(直接じゃない)の一つである生徒手帳を発見した。


「うわっ……写り最高かよ」


 悪いとは思いつつ、魔が差してついつい中身を盗み見てしまう。まだ、入学したばかりの頃の凛々花の写真があって、そんなに時間が経った訳でもないのに懐かしい。


 緊張してるっぽいな……可愛い。


 強張っていても凛々花の可愛さがしっかりと現れていて、思わずその写真を欲しいと思ってしまう。

 自然と口角が上がるのを感じながら眺めているとある数字が目に止まった。


「もうすぐ誕生日じゃん……」


 刻まれた凛々花が生まれた日を見ているとペタペタという足音とカチャカチャという物音がして、急いで生徒手帳を閉じて机の上に戻した。

 その瞬間、ドアが開いて凛々花が入ってくる。手にはお菓子らしきものとジュースを乗せたお盆がある。


「カバン、倒れてた。物、中に戻す?」


 このままでは机の上にスペースがないのでそう聞くとお願いしますと返ってきた。俺は教科書やらノート、生徒手帳を一つにまとめてカバンに戻そうとして信じられない物を見つけた。


 折り畳み傘、だよな……?


 水筒とは違う、短く巻き物みたいに丸められた物。混乱して、凛々花を見るときょとんとした目を向けてくる。


 きっと、入れてたのを忘れてたんだな。これは、見なかったことにして忘れよう。


 何もなかったようにして荷物をしまうと凛々花からお菓子とジュースを勧められる。ありがたく頂きながら、勉強のことは忘れて暫く談笑した。


 さっきのことはお互いに話題に上げなかった。部屋では何をして過ごしているだとか学校での出来事だとか。そんな、些細な話で場を繋ぐ。


「凛々花はどんな番組を見るんだ?」

「し、深夜アニメとか……ですかね」

「そうなんだ。面白い?」

「私的には……引かないんですか?」

「なんで?」

「クラスの女の子達って俳優が出てる番組を見たり、美味しい料理番組を見たりしているようなんです。だから、せんぱいもそういうの期待してたのかなって」


 なんとなく、頭のどこかでは考えてた。凛々花はアニメやマンガが好きでその影響を受けて世界征服してやる、と決めたんじゃないかって。


 じゃないとその考えには中々至らないだろうし。


「何を見るかなんて人の自由だしなんとも。それに、さっき言われたからな。理想は抱かないで、って」


 まったく気にしていない素振りをみせると凛々花は安心したみたいに息を吐いた。


 どんな趣味をしていようが嫌いになんてならないのに。俺の方が知られたら引かれるだろうし……。


「で、凛々花はどんなアニメを見るんだ?」


 何気ない問いかけに凛々花の目がきらんと光る。そこから、よく分からない専門用語がペラペラと並ぶ。とても、早口で。


 アニメを見ない訳じゃないからある程度は分かると思ってたけど……全然、ついていけん。


 しかし、饒舌に語る凛々花は本当に楽しそうで見ているだけで微笑ましい。


「せんぱい、一緒に見ましょうよ。DVDありますから」


 これは、勉強させる方が可哀想だよな。それに、俺も好きになれば話題も増えて今よりも仲良くなれることだし。


「そうだな。見てみるか」

「準備します!」


 キラキラと目を輝かせた凛々花に楽にしててください、と言われたのでベッドの縁に背中をもたれさせてもらう。ぐーっと腕を伸ばすと体から力が抜けていく気がした。


 ずっと、緊張してて固くなってたから気持ちいい。


「せんぱい、足を開いて」


 DVDのセットを終え、リモコンを手にした凛々花は体育座りのようにしていた俺の足を見てそう言った。


「失礼します」

「あ、おい」


 意味が分からずに開くとちょこんと空いたスペースに凛々花が収まる。背中を預けられたりはしないけど、これは良くない。腕を回せば後ろから抱きしめるような形になるし、ちょっとでも動いたら色々な所に触れそうになるしで良くない。


「なんで、わざわざ自ら狭い場所に収まるんだよ……」

「見逃してほしくないシーンが沢山あって、教えるにはちょうどいいかなって」

「それなら、隣に座るなり他にも方法があるだろ……」

「私がこうしたいからこうしてるんです。言ったじゃないですか。勉強が終わればしたいことに付き合ってくれるって」

「だから、アニメ見るの付き合うだろ」

「じゃあ、こうしていても見れるんですからいいですよね。はい、再生ポチっとな」


 無理やり押し切られ、テレビの画面が次々と変わっていく。凛々花は何度も興奮しながら見てほしいシーンとやらを教えてくれたが俺は少しも集中して見ることが出来なかった。



「DVD、貸してくれてありがと。あと、色々と世話になった」


 アニメを見ている凛々花を一時間程眺めていたらいつの間にか雨が止んでいた。まだまだ興奮が冷め止まない凛々花はこの隙に帰ると言えば渋っていたが、また降り出しても困るということでDVDを持たせてくれた。


 これっぽっちも内容覚えてないし、家でしっかりと見よう。


「本当は晩ごはんでも食べていってほしいですけど……まだ、帰って来ないので」

「そこまで、世話にはなれないから」


 玄関まで見送りにきてくれた凛々花の頭をぽんぽんと叩いていく。


「じゃあ、また明日な」

「下まで送ります」

「ここで、いいよ」

「ちゃんと帰れますか?」

「頭の中に入ってるから大丈夫」


 親指を立てると凛々花はちょっとだけ寂しそうな笑みを浮かべた。


 本当は、もう少し残ってほしいのかもしれない。アニメもまだまだ見せたかったようだったし。


「今日は楽しかった。アニメも出来るだけ早く見るよ」

「一緒に語り合いましょうね」

「はは、頑張るよ」


 手を挙げて、玄関を出る。エレベーターを目指して歩き始めるとガチャっとドアが開いて凛々花が飛び出してきた。


「やっぱり、下まで送ります」


 断ろうかと思った。

 けど、厚意を無駄にするのも違うなと思った。


「じゃあ、もうちょっと一緒にいるか」

「はい」


 笑顔で後ろをついてくる凛々花に合わせ、俺は歩く速度をゆっくりと落としていった。

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