第26話 後輩を譲らない。誰にも
「チャーハン、ラーメン、かっらあげ♪ お好み焼きにたっこ焼き♪」
「後半の二つはないぞ」
隣から、食い意地を張っている可愛らしい歌が聞こえてくる。
俺達は今、学校にある食堂にまで足を運んでいた。
『明日は食堂でお昼を食べましょう』
昨日、凛々花からそう提案された。
最近は雨で中々課外の征服が進まないことと前に約束していたことを合わせてのお誘いだったのだろう。
すぐに了承して今に至っている。
「せんぱいせんぱい、券売機がありますよ」
「見れば分かる」
「いい匂いがあちこちからしてきますね!」
あー、もう。可愛い。テンション上がってるからってどうでも良いことにもいちいち喜んで本当に可愛らしい。あと、無自覚の内に手を掴んでくるのも可愛らしい。
ぐいぐいと引っ張られながら微笑ましい凛々花の後ろを着いていった。
「――で、食べたいものは?」
「ううむ、悩みます。これぞ、征服したって分かるような裏メニューはないんですか?」
「噂では、カレーライスの大盛りは結構な量で食べきれる生徒は少ないらしい。裏メニューってほどの特別感はないけどな」
「そんなの聞かされると挑戦するしかありません」
手際よく券売機からカレーと大盛りのチケットを購入する凛々花。
無謀な挑戦だとしか思えない。でも、小柄なくせに意外と食べるからなぁ。俺はかけうどん(並)だけにしておこう。
「それだけですか?」
「文句ある?」
「せんぱいがもっと食べてくれないと私が大食い食いしん坊キャラみたいになるじゃないですか」
「理不尽な……てか、とっくにその認識になってるから安心しろ」
「出来ませんよー!」
「良いじゃん。いっぱい食べていつも元気な女の子って可愛いし」
それは、凛々花のことでしかないんだけどな。今更、凛々花が遠慮を始めて俺の弁当からおかずをかっさらっていかなくなったら病気かと心配になるし。
それに、食べてる時の幸せそうな表情を見るのが好きなんだよ。
「ふ、太っても気にしませんか?」
もじもじと体を揺らしながら、少しばかり不安そうにする凛々花。
「……うーん、まあダイエットすれば?」
「それって、気にするってことじゃないですか!」
「まあ、凛々花はちょっとくらい肉付きよくした方が良いかもな。腕とか足とか細すぎ」
腕や足だけじゃない。この前、抱きしめてしまった時に腰回りもものすごく細かった。何かの拍子に壊してしまうんじゃないかと思ったほどに。
「でも、男の子って細い女の子が好きなんじゃないですか?」
「人それぞれだから一概にとは言えないよ」
「せんぱいは?」
「俺は……って、なんか似たような話前にもしなかったけ?」
「人の心も様変わりしますからね。答えてください」
そう言われてもなぁ……どんな凛々花でも可愛いだろうし実際にこの目で見ないと分からない。
凛々花は期待しているのかドキドキしているのか拳をきゅっと握っている。
「俺は俺が好きになった子なら細くてもぽっちゃりでも好きでいる」
「なんだか、当たり障りのない答えですね。つまらないです」
「悪かったな。面白い答えを言えなくて。ほら、もう行くぞ」
「あ、待ってくださいよ~」
凛々花を置いていくと小走りで後を追ってくる。そんな彼女を見て、このままでいてほしいと思った。
注文を済ませ、出てきた料理をおぼんに乗せて運ぶ。
「せんぱーい。持つ方交換してください」
凛々花からそう頼まれたので俺は大盛りのカレーライスを運んでいるのだがこれが中々に重い。
本当に凛々花一人で食べれるのかと心配になってきた。
先に席取りに向かっていた凛々花を見つけるとかけうどんが置かれていた。位置は凛々花の向かいではなく隣。
「せんぱい、ここですよ」
「あー、うん。で、隣?」
カレーを凛々花の前に置きながら聞くとニッコリと笑顔が返された。肯定という意味だろう。
「……あのさ、二人なのに隣合ってたら迷惑だと思うんだよ。それでも、俺はここ?」
「はい。せんぱいは私の隣じゃないとダメです」
どうやら、どうしても俺はここに座らないといけないらしい。まったく、どこのどいつだよ。独占欲はありませんとか言ってたの。
「まあ、折角凛々花が確保してくれたんだし座るけどさ……もうちょい、譲り合いの精神を身に付けような?」
「譲り合い?」
凛々花は「なんですか、それ? おいしいの?」とでも言いた気に首を傾げる。
俺はため息をつきながらうどんを啜った。
安いのに麺はもちっとしていておいしい。
「自分ばっかりって考えはあんまりしない方が良いよってこと」
「じゃあ、言いますけどね。せんぱいは誰かと好きな人が同じだったら譲るんですか? ずっと一緒にいたいと思う相手から簡単に身を引くんですか?」
いかにも、自分が正しいということを説得するかのように顔を近づけてくる。じっと見つめてくるその目からはどれだけ本気なのかが伝わってきた。
「わ、分かった分かった。俺が悪かった」
「分かれば良いんです」
ふふんと鼻を鳴らし、大盛りのカレーライスにスプーンを突っ込んで口に含む凛々花。よっぽどおいしかったのか破顔してふにゃりと綻んだ。
パクパクとカレーを食べているので俺もうどんを啜り続けた。
そして、暫くしてから凛々花がポツリと呟いた。
「……せんぱいは譲るんですか?」
「ごふっ!」
思わずむせてしまった。
やっぱり、聞かれたか。もしかしたら、このまま聞かれないで済むんじゃないかって思ってたのに。
口に含みかけていたうどんをゆっくりと吸い上げて喉を通らせてから口を開いた。
「……譲りたくねぇよ」
「……独占欲、発揮させた方が良いんじゃないですか?」
照れたように頬を赤くして食事に戻った凛々花。
誰も凛々花のことだとは言っていないがどうしても譲りたくない、というのは凛々花と過ごす日々のことで間違いではない。
何も訂正することなく、俺も食事に戻ろうとして肩をとんとんと叩かれた。
「やっ。相席、良いかな?」
振り返るとそこには凛々花が無謀な挑戦で迷惑を一方的にかけたにも関わらず、優しく相手をしてくれた陸上部の二人だった。
座れる場所がないのかと考えて首を縦に振ると凛々花の前には声をかけてきたおっとりと優しいイメージのある彼女が座り、俺の前には口数が少なくやや怖い印象がある彼女が座った。
いきなり始まった四人での食事に凛々花はすっかり手を止めて俺を睨んでいた。
なんで、そんなに不服そうにするんだよ。この前のお礼だろ、お礼。
そう目で言い聞かせるとつーんとそっぽを向いてしまった。
「いきなりごめんね~。どこも人がいっぱいで助かっちゃったよ~」
「い、いえ。この前のお詫びですし」
「ふふ、同い年だし敬語はいいよ。ね?」
確認するように友人である彼女に言うとこくんと無口なまま頷かれ、思わず拍子抜けした。
「そうだったんだ。てっきり、大人びてるから先輩かと思ってた」
「そんなことないよ~。同じ同じ。そっちの子は後輩だよね?」
「そうそう――っ」
「どうしたの?」
「……いや、何でもない」
作り笑いを浮かべてそう答える。
正面を見て、隣を見ると二人はどこか拗ねた様子で俺を睨んでいた。
俺はどうして二人から足を蹴られたのか分からず恐怖が心を締め付ける。
凛々花は……まあ、気に食わないことがあったんだろう。でも、この子はなんで!?
「あ、自己紹介まだだったよね」
明るい声で言われ、各自の自己紹介が始まった。こういう、明るい子がいると何でもすんなりと進むのが良い。
そうして、合コン(行ったことないけど)みたいなノリで自己紹介はスムーズに進み、名前を明るい子が
俺と凛々花も互いに名乗り、話題は凛々花の大盛りカレーライスへと移っていた。
「小さいのによく食べられるね~」
「私は胸にも頭にも栄養がいかずに太らない体質ですが何か?」
自虐をいきなりぶつける凛々花に俺と大空さんも苦笑しか浮かばない。訂正すること事態が火に油を注ぐと分かっているのか大空さんは何も言わずにバクバクと食を進める凛々花を見ていた。
「いきなり、失礼だろ」
「だって、私は負けたんですもん。悔しいです!」
びしっと大空さんの胸を指差す凛々花。
いったい、どっちの敗北の方に悔しがっているんだか。
「あはは。でも、大きくても困るんだよ。太って見えたり、変なこと囁かれたり……」
「あ、ご、ごめんなさい……」
悲しそうに呟いた大空さんに凛々花は急いで謝った。
ちゃんと謝れるのは偉いことだ。これで、大きくても小さくてもそれぞれの悩みがあるんだということを理解してくれればいいな。
男の俺には難しい話だから教えることなんて到底出来ないし。
「……大丈夫。私は好きだから……」
ポツリと言った倉井さんに俺は視線を送ったが睨まれたので急いで逸らした。
これは、反応したらアカンやつや。
「それよりも森下ちゃんってどこか部活に入ってたりする?」
「どうしてですか?」
「陸上部にスカウトしようと思って」
大空さんの意外な一言に俺と凛々花はフリーズした。
そして――
「「えっ!?」」
同時に声を出した。大きさも揃っていて、シンクロ率はかなり高かったことだろう。
って、それどころじゃない。
「えっとさ、凛々花の走り見てたよな。素人の俺からするとスカウトされるような実力があるとは思えないんだけど」
マネージャーである大空さんにさえも凛々花は負けた。見ているだけの俺にも凛々花が自分で言うように不器用で運動神経があんまり良くないことが分かる。
大空さんの謎発言に凛々花も隣でふんふんと頷く。
自分のことなんだからもうちょい否定してもいいのに……。
「実はね、ずっと目をつけてたんだ」
「「目を?」」
え、何? もしかして、凛々花が世界征服しようとしていることを知っていて、それをずっと監視してたってこと? それで、陸上部に入れて管理しようとしてる?
そう考えたらこの二人は政府から派遣された人みたいに見えてきた。
「……そう。ずっと、あなたを見てきた。いつも、昼休みにその小柄な体を活かして人の間をすり抜ける走りは魅力的。足は遅くても努力すれば早くなれる。だから、スカウト」
ぽつぽつと倉井さんが凛々花のことを睨むようにして言う。まるで、静かな肉食獣が獲物をターゲットに定めたように。
……普通に喋れるんだ、この子。
「スカウト……」
あ、ダメだ。スカウトって言葉に反応して喜んでる。
凛々花はにんまりと笑いながら呟いて目を輝かせていた。
「どうかな?」
大空さんが甘い誘惑をする。
凛々花の目は興味津々で俺は二人から見えないように机に隠しながら凛々花の手を掴んだ。
「悪いけど……諦めてほしい」
俺が何を勝手に決めてるんだ。二人も困惑してるじゃないか。
「えっと……私は森下ちゃんに聞いてるんだけど……」
「それは、分かってる。でも、ごめん。凛々花を陸上部には入部させられない」
もし、陸上部に入部することで凛々花の人生が今までと大きく変わって、本当に良い成績を残すようになるのかもしれない。
だから、今俺がしていることは身勝手に凛々花の可能性を潰していることだ。自覚はしている。
「……決めるのはあなたじゃない。自分」
倉井さんの言うことはごもっともだ。
俺の出る幕はない。
皆の視線が一斉に凛々花に集まる。
「……私は――」
乗ってほしくなくて凛々花の手を掴む力が強くなる。
「嬉しいですけど、お断りします」
「……それは、あなたが決めたこと?」
「はい。私にはやらなきゃいけないことがあって毎日忙しいんです。ね、せんぱい」
こっちを向いて笑顔を浮かべた凛々花。
それが、もう大丈夫ですよ、と言ってくれているみたいで手を離した。
「……そう。分かった」
「残念だけどしょうがないね」
倉井さんも大空さんも見るからに残念そうにしていたけどしつこく誘ってくることはなかった。
「因みに、やらなきゃいけないことって?」
「えっ……とですね」
困ったように凛々花が見てくるけど俺は知らんぷり。
好きに答えたら良い。二人なら世界征服って言っても可愛いって笑ってくれるだろ。
「秘密のお勉強です!」
「普通のお勉強だろ!」
反撃か? 知らんぷりしたから反撃なのか? 意味あり気に頬を染めるな。もじもじするな。俺が疑われるだろ。
「わー……そ、そうなんだね……」
「……最低……!」
二人の誤解を解くのに多大な時間を要したのは言うまでもない。
「陸上部、良かったのか?」
二人と別れて、互いの教室へと帰る間に聞いておく。
本当は入部したかったのかもしれない。あんなに目を輝かせていたし。
「あんなに強く手を握ってきた人が今更何を言ってるんですか」
「……そんなに強くない」
「はいはい、そうですね」
まるで、相手にされない。
凛々花は子供を相手にするみたいに余裕ぶっている。
悔しいけど、何も言えないから顔を逸らすだけ抵抗してみた。意味がなく、くすりと笑われた。
「スカウトなんて初めてだったので嬉しかったです。でも、入部したらせんぱいとの時間減っちゃうじゃないですか。それに、せんぱいをこれ以上の変態には出来ませんし」
「凛々花が陸上部に入部して俺が変態になる意味が分からないんだが」
「だって、女子部員だらけの練習風景をじろじろ見るんですよ? 周りから変態だって呼ばれちゃいますよ」
「見るか。とっとと帰ってるわ」
「とか言っても、練習終わるまで待ってくれるんですよね、せんぱいなら」
それが、すんなりと想像出来てしまうあたり、俺はそうしてしまうんだろう。
「そういうのもアリですけど……あんなにも求められちゃうと断るしかありませんよ~。せんぱいって……ほんっっっとーーーに、独占欲強いですよね」
人差し指を口許に当てて、小悪魔めいた笑顔を浮かべる凛々花。
子犬のくせに。後輩のくせに。
「あれあれ~? 頬っぺた、赤いですよ?」
「う、うるせー。つつくな」
「ツンデレ乙です」
「ツンデレじゃねぇ!」
楽しそうに笑う凛々花に俺はがっくりと肩を落とした。
今日は負けてばっかりだ。
階段を登り、二年生の三階に着いた。
凛々花とはここでお別れだ。
「じゃあ、また放課後にな」
午後の授業はゆっくりしよう。はあ……。
「せんぱい」
「ん?」
振り返ると凛々花は目の前にまで迫ってきていた。
「嬉しかったですよ。私のこと、手放さないでくれて」
見上げるようにして満面の笑みを浮かべる凛々花に心臓が大きく跳ねる。
「言っただろ。譲りたくないって」
「それは、誰にも、ですか……?」
頬がカアッと熱くなるのが分かった。
上目遣いで不安そうに瞳を揺らす凛々花に目を向けることさえ難しい。
でも、ここで一歩踏み出すことで何かが変わるなら。
「そ、そうだよ」
ちゃんと言った。ちゃんと言った。ほとんど告白まがいなことだけどちゃんと言えた。
「……せ、せんぱい」
凛々花に呼ばれるとドキッとしてしまう。
ゆっくりと彼女を見ると口角をこれでもかと上げていた。
「顔真っ赤~。リンゴみたーい」
アハハと笑いながら凛々花は踵を返して、軽やかに階段をとんとんと登っていく。そして、登りきるとこちらを振り返った。
「それじゃ、また放課後にです。私のことがだーい好きなせんぱい」
そう言い残すと凛々花は見えなくなった。
一人残された俺は誰にも聞こえないような小さい声で呟いた。
「おまえだって、顔真っ赤じゃねぇか……」
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