第25話 後輩は勉強する。たっっっくさん教えてくださいね

「凛々花」


 呼んでも返事はない。


「目を逸らしてないでこっち向け」

「怒りませんか?」

「怒るつもりはないよ。今のところは」

「じゃあ……」


 おずおずとゆっくり動いて、俯きながらチラッと視線を向けてくる。

 いかにも、落ち込んでいるように見えるが騙されはしない。

 自分の武器を使ってるんだろうけど……俺は騙されないからな!


 俺は机に置かれた凛々花の答案用紙に目を落とした。全教科、バツが多くて真っ赤になっている。点数も赤点こそはないものの、先生がああ言ったことがよく分かるお粗末な結果だった。


「言ったはずだよな。勉強しなくても大丈夫かって」

「そんなこともあったようななかったような?」


 イラッとゲージが一チャージされた。


「凛々花はさ、だーいじょーぶですよ。私、やれば出来る子ですので、って今までに成功した試しがないのにも関わらずそう言ったよな?」

「さっすが、せんぱーい。記憶力すごーい。……って、今までに成功した試しがないってどういうことですかー!」

「自分の行動を振り返れよ……」


 項垂れながら、重たいため息をつく。

 勉強に関しては把握してなかったからもしかしてって信じてみたけど信じなきゃ良かった。


「まあまあ、せんぱい。ここはグビッとジュースでも飲んで落ち着いて」

「取り乱してはないけどな」


 ジュースを口に含むと凛々花も同じようにした。コップ両手持ちっていうアザとい仕草に癒し成分を補給する。

 こいつ、無自覚に俺の胸キュンポイントを射抜いてくるから侮れないんだよ。


「話を戻すぞ」

「あ、その前に。何か注文しませんか? 長くなりそうですし折角ファミレスまで征服しに来たんだから」

「……手短に済ませろよ」

「はーい」


 ふんふん鼻歌を鳴らしながらメニュー表に目を向ける凛々花。

 勉強の話が一向に進まない。今、目を向けてほしいのはテストだよ。


「せんぱいもポテトつまみますか?」

「ああ、うん。つまむつまむ」

「じゃあ、大盛りにしますね」


 店員を呼んで、注文を済ませる凛々花。

 俺達は今、ファミレスに寄り道していた。


『今日の征服場所はファミレスですよ!』


 放課後になってそう言った凛々花を睨めばちっちっち、と指を振りながら舌打ちされた。


『どうせ、私を酷い目に合わすつもりなんでしょう? でも、人前だとせんぱいもそこまで本気になれないと思うんです。お互いのために……ね?』


 何故か、俺が悪者にされてそのまま連行されたことで今に繋がっている。

 何が、ね? だよ。何も酷いことするつもりねぇよ。


 注文も済んだので本題に戻ろう。


「で、勉強したのか?」

「私、育たないといけませんので夜十時には夢の世界に入るようにしているんです」

「嘘つけ。十時過ぎにでも電話かけてくるだろ。テスト期間だけってそんな都合のいい話あるか」

「あれー? そうでしっけー?」


 頬っぺたに人差し指を当てながら惚けたふりをする凛々花。

 イラッとゲージが二チャージされた。


「それに、何が寝る子は育つだ。結果も出せてないくせに」

「むきーーー。それは、言ったらダメなやつですっ!」

「悔しかったら結果でも見せてみろよ」

「ロリコンのくせに生意気な!」

「待て、誰がロリコンだ。誤解を広めるな」


 どうして、こんなにも話が進まないのか。

 それは、凛々花が逃げているからだ。勉強させようとしてもすぐに話を逸らす。とっくに確信犯の域に踏み込んでいるくせに。


「あのな、凛々花にとってはどうでもいいことかもしれないけどちゃんと頑張ってくれないと俺が困るんだよ」

「せんぱいが痛い思いをすることなんてないと思いますけど」

「夏休み。凛々花がいてくれないと宿題するだけのただの連休になるから」

「……それって、私と何かしたいってことですか?」

「……世界征服、いっぱいするだろ?」


 もはや、世界征服は俺にとっての便利な言葉だ。これさえつければ、凛々花と一緒にいたい口実になる。


「だから、凛々花には赤点で補講とか受けてほしくない。勉強してくれ」

「でも、授業が難しくてついていけないんです……どうやって勉強すればいいのかも分かりませんし」


 凛々花は目を伏せながら落ち込んだ。

 授業ってのは一回ついていけなくなったら取り返すのに多大な時間を要する。でも、一人でだと何をすればいいのか分からない。分からないから諦めて勉強しなくなる。


 あの時、授業中にラインしてきた時から既にその状態だったのか。


「俺が教えるから今から頑張ろ」

「自分の勉強はいいんですか?」

「凛々花がいないんじゃ意味ないからな。それに、復習はこれからも続けていくし気にしないでいいよ」

「せんぱいは優しいですね」

「ま、先輩だからな。成績良くたってこれくらいしか使い道ないんだしぼろ雑巾のように扱ってくれればいい」


 幸いにも、人に教えることは去年散々やらされて慣れている。それを、もう一度行うだけだ。相手を代えて。


「せんぱいにそこまで言われたら頑張るしかないですね」

「やる気になってくれたか」

「はい。色々なこと……たっっっくさん、教えてくださいね」


 語尾にハートマークでもつきそうな甘い声で言われると自然とやる気がみなぎる。


「おう、任せとけ。目標は一先ずクラス内一位な!」

「はい……は?」

「ゆくゆくは学年トップを目指そう!」

「……あの、せんぱい? 私、普通に良い点取れるだけで十分なんですけど」

「いーや、どうせなら上を目指そうぜ。思ったんだよ。手っ取り早く征服する方法を」

「と言いますと?」

「テストって単純だけど学力の差がはっきりと出るだろ。賢いやつが成績で学年トップに立てる。普段、どんなに目立たない人にでも可能性がある。つまり、テストで良い点とって学年征服してやろう、ってこと」


 運動で目指すよりもこっちの方が遥かに簡単だ。運動はどうしても体つきとか男女の差が目立つ。

 でも、勉強にはそういう差がない。頑張りを重ねるほど上にいける。


「なるほど……俄然、やる気が出てきました」

「だろ?」

「はい。やってやりましょう、せんぱい!」


 凛々花の目が燃えていた。

 言い出しっぺの凛々花が気づいてなかったことには疑問しか浮かばないけどやる気が出てくれたら良かった。世界征服さまざまだ。チョロくて助かった。



「せんぱい、ここはどうやるんですか?」


 注文していたポテトを食べたり、ドリンクバーにジュースを注ぎに行ったりしながらテストの復習から始めていた。


「ん、どれ?」

「ここです」


 椅子から立ってテスト用紙を一緒に見やすいようにしてくれる。

 小さいからか向かい合って座るとこういうのも一苦労するな。


「あー、凛々花。ちょっと、場所変わろう」

「どうしてですか?」

「どうしても」


 凛々花は首を傾げていたが俺と場所を変わってソファの方に座る。

 俺は代わりに凛々花が座っていた椅子に腰を下ろす前、俺達の後ろで駄弁っていたどこかの男子高校生達を睨んだ。

 すると、彼等は急いで目を逸らしてそっぽを向いた。


「どうかしたんですか?」

「ううん、なんでもない。それで、どこだっけ?」


 凛々花に勉強を教えながらさっきのことを思い返す。衣替えが済んだ凛々花はタイツをはいていない。つまり、いつも素足を公開している状態だ。それが、普通だし誰に見られても仕方ない。

 けど、じろじろ見るのは許さない。


 さっき、凛々花が席を立って体を伸ばした時、男子高校生達の視線は明らかに凛々花に向けられていた。もしかしたら、スカートからパンツがチラリとするかもとか期待したんだろう。

 だから、位置を変えた。奥が壁になっているソファの方に凛々花をやった。


「これで、良いですか?」

「うん、合ってるよ。偉いな」

「えへへ」


 嬉しそうにする凛々花は自分にそんな目が向けられていたとは気づいていない。言ってわざわざ不快な気分にさせる必要もないし、このまま墓場までもっていこう。


「これからは、毎日ファミレス通いですね」

「いや、毎日勉強漬けは疲れるだろ? 週に三日でいいよ。あと、ファミレスじゃなくて学校でな」

「え~、何もお供がないです~」

「お菓子なら持ってってやるから」

「わーい。せんぱい、大好きー」

「……そういうのは簡単に言わない。言っとくけど、やる時はちゃんと勉強しないとご褒美はなしだからな」


 危ない危ない。危うく、甘やかしてジャンボパフェでも頼みそうになった。こういうのは結果が出せたらご褒美にあげよう。


「分かってますよー。じゃあ、せんぱい?」

「また、分からない所か?」

「今日のご褒美をください」

「何か食べたいの?」

「ううん。はい」


 下を向いて頭を突き出してくる。

 それは、まるで撫でて、と言われているようで気づいたら手を伸ばしていた。


「こんなんがご褒美で頑張れるのか?」


 てゆーか、これだと俺がご褒美もらってるみたいだし。


「せんぱいに撫でられると胸がきゅーってなって頑張れます!」


 なんだよ、それ。俺の胸がきゅーってなったわ。カッワイいな、くそ。


「ほんと、撫でられるの好きだよなぁ」

「だって、せんぱいだけなんですもん……」

「そりゃ、人の頭を何度も撫でるような失礼な真似するのは俺くらいだと思うけど」

「私以外には絶対にダメですからね」

「凛々花に顔向け出来ないからしないよ」

「私はせんぱい程独占欲はありません」

「言葉の連なりを考えて物事を言おうな?」


 そんな、自分だけにして、みたいなこと言われたら凛々花にしか触れたいと思わないだろ。


「さ、もう少し頑張りますか!」


 顔を上げた凛々花は頬を赤く染めていた。

 これは、意気込みというよりも照れたからだろう。

 でも、両手をぐっと握っているので誤魔化したいらしい。


「また撫でるからどんどん頑張ってくれ」


 ピクッと反応してから用紙と向き合った凛々花は唇が付き添うになるくらい近づいていた。

 明らかな動揺に思わず笑った。

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