第24話 後輩はお馬鹿。あとで撫で撫でしてもらいます

 二年生になって初めての中間テストも無事に終わりを告げた。

 あの日以降、少し気まずさを覚えながらも図書室に通い続け、俺から離れたくないの、なんて言ったらどんな反応するか大方予想できる凛々花と一緒に勉強した。

 と言っても、あれ以降距離の縮め方をまた狂わせたのか凛々花は勉強することなく、度々俺の二の腕に自分の二の腕を当ててきたり、俺の顔を覗き込んでは小さく笑ったり。

 とにかく、邪魔が酷かった。


 そんなんで大丈夫だったのかな。勉強、俺といる間はこれっぽっちもしてなかったし。

 家で勉強したり、授業中に覚えたりしてるんならいいんだけど。


 そんなことを思いながら、返された全教科の点数が書かれている紙に目を通す。


 よっしゃ、と小さくガッツポーズした。


 クラス内一位である教科もあれば、一位でない教科もある。けども、総合にしてクラス一位になっていた。


 学年一位ではないものの、満足のいく結果に笑みが生まれる。


「今回もいい結果みたいだね」

「うん、素直に嬉しい。悟はどうだった?」

「僕も去年と似たような感じかな」

「あとは胡桃がどうかだな」


 凛々花も心配だけど、去年散々助けた胡桃のことも心配だ。


「今回は見れなかったからな……どうだと思う?」

「うーん、大丈夫じゃないかな。テストの間も元気だったし」

「ボロボロだったら落ち込んでるか」

「そうそう。それに、もし悪くても夜遅くまで頑張ってたの知ってるから傷つかないようにフォローするよ」


 流石、彼氏として何をするのか良く知っているなぁ。それに、夜遅くまでねぇ。ふぅーん。


「ん、どうかした?」

「いや、赤点じゃなかったらいいなと」

「あとでラインしておくよ。たぶん、胡桃の方から送られてくると思うけど」


 その直後、胡桃からラインがきたらしい。

 全教科赤点じゃなかった、と報告してくるあたり相当嬉しかったのだろう。


「今晩はご馳走だ」


 そう言った悟のことを俺は甘い彼氏だなと微笑ましく思った。



「あ、せんぱいだ。どうしたんですかっ?」


 廊下で凛々花と出会った。思えば、校内で出くわすのは初めてじゃなかろうか。

 しかし、めざとい。他にも生徒がいる中でよく見つけたよ、ほんとに。

 駆け寄ってきた凛々花の頭を撫でる。


「次、移動教室なんだよ」


 あの日以降、俺は以前よりも頻繁に凛々花の頭を撫でるようになった。人目が気になることはあるも、こうしておけば何かと牽制になることもあるし幸せだから気にしないようにしている。

 凛々花に嫌そうな素振りも見えないし、これくらいは胸を揉まれることに比べたら何でもないと受け入れてくれているんだろう。

 ご都合主義って思われてもこれくらいじゃないとやってられない。


「お一人なんですか?」


 可哀想なものを見る目を向けられるが鏡を見せて相手を変えたい。

 常に一人なのはどこの誰だよ。


「悟は胡桃の所に寄ってから来るんだって」

「ぼぼぼっちですね」

「変な単語を作るな。それに、ぼっちは凛々花もだろ。今だって」

「せんぱいと一緒ですね」

「嬉しくないお揃いだな」

「私達が一緒ならぼっちにならないので一緒にいましょうね」

「ん、いるいる。それより、急がなくていいのか? 次、移動なんだろ?」


 凛々花の手にはカバンが握られているので次の授業は体育なんだろうと予想できる。


「今日からプールなんですよ」

「もうそんな時期か。そういや、プールって一年でしかやらないらしいぞ」

「え、そうなんですか?」

「うん。暑いから授業だとしても泳ぎたいよな~」

「どうせ、せんぱいは女の子の水着に興味があるだけでしょう?」

「何でだよ。だいたい、授業別々だから見たくても見れねぇよ」


 女の子と一緒にプールに入るなんて中学校までだ。それさえも、端と端で男女に別れるんだし一緒に入ってる感じではない。


「見たくてもってことは思ったことはあるんですね?」


 ぷくっと頬を膨らませた凛々花は追い詰めるようにジト目を向けてくる。

 それを交わしながらチラチラと視線だけを何度も動かして凛々花を見た。


「……り、凛々花の水着姿なら……見たいし興味ある」

「なっ……ふ、ふーん、そうなんですね……ふーん……」


 微妙な反応にたじろぎつつ、凛々花の方をまたチラチラと見ると口元がもにゅもにゅ動いていた。心なしか、喜んでいるようにも思える。


「あ、あのさ。夏休みに――」

「森下さ~ん」


 手を伸ばしかけた時、後ろから凛々花を呼ぶ人がやってきた。

 その声は聞き覚えがあり、その姿は見覚えがある。


「「先生」」


 ん、と同時に答えたことに凛々花がこちらを不思議そうに向いた。


「あ、笹木くん。久しぶりだねぇ~」

「お久しぶりです、先生」


 にっこりと優しさ全開の柔らかい笑みを浮かべる彼女は去年、俺の担任だった人で凛々花と出会う奇跡をくれた人。

 名前は佐波恵さわめぐみさん。まだ、大学を卒業して時間は経ってない新米教師だ。


「せんぱい、先生と知り合いなんですか?」

「去年の担任だったんだ」

「そうなんですね」

「……なんで、隣に立ったの?」


 わざわざ、先生から遠ざかる必要あった?

 で、先生は注意もなんにもしないでよく歩いてこれましたね。相変わらず、優しすぎですよ。


「森下さん、笹木くんと知り合いだったんだね」

「はい、そうなんです。大の仲良しなんですよー、ね?」

「その情報いる? 否定しようもないけど」

「ううっ。そっか。森下さんにも仲良しな友達がいたんだね……よかった。先生、安心したよ」


 先生は涙を浮かべながら我が妹のことみたいに喜んでいる。尚、先生に姉妹がいるかは知らない。

 優しい先生がこんなになるのを見る限り、凛々花が教室でどんな様子なのか不安が大きくなる。


「なあ。先生、めっちゃ喜んでるんだけど」

「大袈裟ですね。これだから、新米教師は」

「大人ぶってるんじゃありません」

「あいた!」


 コツッと凛々花の頭を叩いておく。

 強くしてないんだからそんなに睨むなよ。


 そんな、コントのようなやり取りをしているとふふっと小さな笑みが聞こえた。先生は俺達の様子を見て微笑んでいた。


「本当に仲が良いんだね」

「まあ、こんくらいは気兼ねなく出来る間柄ではあります」

「あとで撫で撫でしてもらって治療してもらいます!」


 控え目な胸を張って、俺の予定にない予定を暴露される。まあ、撫で撫でくらい何回でもしてあげるから良いんだけど。


「それで、私になにか用ですか?」


 凛々花は思い出したみたいに手をぽんと叩いた。切り替えが急な所が相変わらずだ。


「うん。その、なんて言えばいいのか……」


 先生は言いづらそうに目を泳がせて、凛々花を見ては止めて、を繰り返している。


 俺は凛々花が驚かない距離を考えてひそひそと話した。


「なにやらかしたんだよ?」

「知りませんよ。私、悪くありません」


 決めつけはよくないけど凛々花の場合は知らない内に、ってことが多々あるからなぁ。


「なんですか、その目は。せんぱいは私を疑ってるんですか?」


 分かりやすく不機嫌になった凛々花は拗ねたように頬を膨らませる。

 それを見て、先生は慌てて両手を振った。


「ああ、違うの。森下さんがなにかしでかしたって訳じゃなくて……いや、しでかしてないこともないんだけど」


 先生がなにを言いたいのか分からない。

 凛々花も本当に心当たりがないのか揃って首を傾げた。


「あのね、まだ一年生だし時期も早いから危ないことじゃないんだけど。成績、もう少し上げるように頑張ってくれないと……ね?」


 先生は凛々花のことを思って遠回しに優しく伝えてくれたが、要約すると中間テストの成績があまりよろしくなかったとのこと。

 しかも、先生が直接言うほどだ。相当に悪かったことが窺える。


 じとっとした目を作り、凛々花を見ると彼女は俺から顔を逸らしていた。

 これは、確信犯だな。

 肩に手を置くとビクッと体が跳ねる。


「なあ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「すいません。今から着替えに行くので後にしてくれますか?」

「逃がさないぞ?」

「覚悟しておきます」


 凛々花はペコリと頭を下げると走ってその場を離れた。道中、先生に走るな、と怒鳴られビクッとさせていたが止まることなく姿をくらました。


「……先生、あいつそんなに悪かったんですか?」

「あんまり、言えないんだけどね。まあ、クラスの中で下から数える方が早いよ」

「……夏休み、大丈夫そうですか?」

「期末で赤点をとらなきゃね」


 赤点をとらなきゃね。

 それは、今回の結果が赤点に近しいことを意味していた。


「あ、そうだ。笹木くんさえよかったら森下さんの勉強見て上げてくれないかな。また報酬を渡すから」


 闇取引を提案するように耳打ちしてくる先生。ふわっと陽気のような香りが鼻に届くと同時に腕に柔らかい感触が触れた。

 凛々花とはまた違った柔らかさに心臓が跳ねた。確かに、跳ねた。……なのに、どうしてかあんまりいい気にはならなかった。

 先生の方が大きいのにな。


「実はね、昨日出たんだよ。シークレット」


 ポケットから小さなストラップを取り出す先生は嬉しそうにしながらそれを揺らした。


「マジですか……ヤバイじゃないですか」

「でしょでしょ? これを出すのにいくら貢いだことか……ようやくだよ」


 ストラップはガチャガチャで手に入るタイプのやつである。犬の顔で喜怒哀楽を示していて、先生が持っているのはシークレットとされていて、中々お目にかかることの出来ないやつだった。


「これを、笹木くんに献上するから森下さんの勉強……見て上げてくれないかなぁ?」


 実は、可愛いもの好きという共通の趣味があった俺と先生はとある契約を一度だけしたことがある。

 それが、入学式の件だ。

 クラスで誰も先生の頼みを聞いてくれる人がおらず、可愛いストラップと引き換えに俺が受けたという訳である。


 でも、今は。


「や、いいです。そういうのなしであいつの勉強見ますんで」

「え、いいの?」

「はい。先生名残惜しそうにしてますし……それに、あいつと夏休みやりたいこともあるんで」


 たぶん、俺が何も言わなくても凛々花から遊びに誘われることは多々あることだろう。

 でも、いつまでもそんなんじゃ凛々花を征服することなんて出来ない。

 俺から誘うんだ。プールとか海とか祭りとか花火とか。思い付くのはテンプレ極めてるだけだけど、凛々花と過ごせば全部楽しくなること間違いなしだから。


「ふふ、そっか。じゃあ、お願いね」

「はい。どうせなら、クラス一位を目指してビシバシいきますよ」

「ほ、ほどほどにね」


 いや、甘やかしたりしない。

 凛々花にはクラス一位を目指してもらう。


 そうすればきっと……。


「待ってろよ、凛々花……ふふっ」

「あの、ほどほどにね? 笹木くん?」


 不気味に笑う俺には先生の声は一切聞こえていなかった。

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