第21話 後輩は衣替える。せんぱい、やーらしい
凛々花の林間学校も無事に終わり、季節は梅雨に入った。
最近は雨が降る日も多くなり、気分は憂鬱気味である。
悟と胡桃は練習が早く終わったり無くなったりで一緒にいる時間が増えたと喜んでいたが俺達は減った。
雨が降っていると課外活動は出来ないし移動すること事態も中々辛く、どこにも寄らずに家に帰ることが多々ある。それに、何やら洗濯物を取り込むのが大変です、と泣き言を凛々花が漏らしていたのでちょっとでも早く家に帰った方がいいだろうと学校が終わり次第すぐに帰宅している。
「せんぱい、じめじめ気分をどうにかしてください」
「無理。俺だって暑くてしょうがないんだ。無茶言うな」
「暑いです~じめじめ、ウザいです~」
凛々花は苦しそうにしながら両手で風を作っている。動く度に前髪が揺れて、垣間見える隙間から額に汗が滲んでいるのが見えた。
「折角、外の方が涼しいかもって思ったのにな……教室の方が良かったかも」
「ですねー」
教室のクーラーはまだ活躍せず呑気に眠っている。その為、空気が密集して蒸れるよりも外の方が良いと雨も降ってないので昼休みに屋上に出てきたのだが。
結果はあまり変わらない。むしろ、肌に生暖かい空気が直接触れて教室の方がまだましだと思える。
「もう食べ終わってるし戻る――って、何やってるんだ!?」
後輩がシャツのボタンをぷちぷちと開けていた。小さな膨らみを覆っているであろうものがギリギリ見えない程度に。
「こうすれば、風が入って気持ちいいんですよ~はふ~」
恍惚な表情を浮かべてベンチに腰を下ろしながら足を伸ばしてパタパタと動かしている凛々花。
梅雨に入ると同時に衣替えが行われた。特別な理由がない限り、生徒のほとんどは半袖姿になっている。
凛々花も当然その内の一人であり、衣替えの朝は駅で「どうですか? どうですか?」と腕を後ろで組みながら覗き込んでくるというあざとい方法で褒め言葉を待っていた。
可愛くない訳がないのでべた褒め寸止めで褒めまくると恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにしていて見ているこっちまでが微笑ましい気持ちだった。
「だからって、ボタン開けすぎだろ……それにさ――」
パタパタと動かされている凛々花の足に視線が吸い込まれる。
衣替えと同時に凛々花はタイツを脱いだ。
もう一度言おう。凛々花はタイツを脱いで常に細い素足を晒すようになった。
だから、今も素足がパタパタと動かされていて何人かの生徒がこっちを見ている。
「せんぱい、やーらしい」
凛々花はニヤッと口角を上げた。
「ばっ、違う。心配してんだよ」
「出会った日もこうでしたよ?」
「そうだけどさ……」
「それに、これが本来の格好ですよ?」
そう。衣替えなんて関係なく、タイツをはいていた生徒は少ない。俺が知っているのは凛々花くらいだ。
だから、凛々花の言うことは合っている。そこに、反論する余地なんてない。
けど、そこはなんとなく察して分かってくれよ。また、風が吹いてスカートが捲れたら困るのは誰なのかを。
「変わったんだよ。凛々花と過ごしてる内に誰にもやらしい目で見せたくないなって」
「な、なんですか……馬鹿正直に。そんなにもタイツが好きなんですか?」
「それもある……ことはない」
「訂正しても遅いです。無駄です」
「違う違う違う。話を逸らそうとするな。凛々花が泣くようなことにならないためを思ってるんだよ」
男なんて単純な生き物だ。例え、風が吹いた事故だったとしても下着を見てしまえば何かしらの感情を抱いてしまう。
そんなことで敵を増やしたくない。
「そうは言いますけどね? タイツって暑いんですよ。分かってます? そもそもの話、せんぱいが私のクマさんを見たから防止のためにはくようになったんですからね?」
凛々花は足をぱたつかせるのを止めて手でスカートを押さえた。今日は風が吹く気配もないので捲れる可能性は低い。と言うことは恨みがましさを訴えてきているんだろう。
「あれは、事故だ」
「どうだか。物陰に隠れてタイミングを狙ってたんじゃないですか?」
「怖くて隠れてたんだよ。体育館裏で猫に向かって変なポーズしてたんだから」
「えー、カッコ良かったでしょ? あのポーズ寝ないで考えたんです」
「痛々しい」
思わず目から涙が出そうになった。
俺がいなかったら一晩考えたダサいポーズを猫に向かって披露していたなんて。可哀想に。
距離を詰めてぶーぶーと不満を口にする。
近づいてくる凛々花から俺は視線を外に向けて耳だけを傾けた。
「ちゃんと聞いてくださいよ~」
「……ちょっと離れろ。近い」
良い匂いが鼻腔をくすぐる。
今、凛々花の方を向くと僅かな膨らみでも出来た隙間を覗き込んでしまいそうで必死に顔を背け続けた。
「ははーん。せんぱいのえっち」
離れるどころかもっと距離を詰めて耳元でそう囁かれる。
「恥ずかしい思いをするのはどっちか考えて判断しろ。いいのか、見ても?」
「そんな度胸もないくせに。あるならこっちを向いてくださいよ」
よーし、乗った。それが、挑発だと分かった上で後悔させてやる。
凛々花の方を向いて、じーっと開けられたボタンの部分を見つめる。これでもかと凝視しても見えないものは見えない。大きさも変わらない。
それでも、見続けてやった。止めてくださいと言われるまで止めるつもりはない。
「せ、せんぱい。そろそろ、止めた方が良いんじゃないですか?」
「止める理由がない」
「せめて、話すときは目を見てくださいよ」
「嫌だ。頑固として譲らない」
「巨乳の人が会話する時におっぱいばっかり見られてるって気持ち分かった気がします」
「それは、勘違いだ。間違ってもうんうんって合わせるなよ。笑われるから」
「むぅぅぅぅ!」
さて、早く止めてくださいと言ってくれないかな。そろそろ、周囲の目が気になってきたんだけど。一応、先生だっている訳だし俺がセクハラしてるって思われたら連れていかれるからさ。
「せんぱいのばかぽんたん」
「ばかぽんたんって初めて聞いた……で、まだ耐える?」
「なんですか? もう限界なんですか? まだまだですね。ふっ!」
「よーし、決闘だ。後悔するなよ?」
「望むところです!」
それからもう五分、このなんとも馬鹿らしい状況が続き、冷静になった俺達は自分達がばかぽんたんとようやく気付けた。
「ダメだ、暑さで頭が馬鹿になってる……」
「ですね。あの、せんぱい。せんぱいの前でしかこうしないので目を見てお話してくれますか?」
「……倒れるのも危ないからな。でも、せめてもう一つはボタンを閉めてくれ」
「せ、せんぱいになら見られても……もう、下の方は見られてますし」
暑さによってではなく、頬を真っ赤に染める凛々花は目をチラチラとさせて不安そうにしていた。
「……そういうのは好きな人に言うものだから簡単に言うもんじゃないよ」
それに、もっとちゃんとした時に見た――いや、何を考えてるんだ。凛々花のことをそんな目で見ないって決めてるだろ。
俺はパンパンと必要ない考えを消すために頬を叩いた。
だから、その音で上手く聞き取れなかった。
「……だから、言ったのに。せんぱいのばかぽんたん」
凛々花が何か呟いたのを。
放課後になり、今日も今日とて甲斐甲斐しく校門の所で俺を待っていた凛々花。いつも待たせて悪いと思うけど担任の先生が話好きな人でホームルームの終わりが遅くなってしまうのだ。
「いつも待たせてごめんな。暑かった?」
「じめじめは続いてますよ~」
「だよな」
「ぴゃっ!」
買ってきたばかりの缶ジュースを凛々花の頬に当てると可愛い声が漏れた。
本人は不機嫌そうだ。頬をリスみたいに膨らましてる。
「はい、これ。差し入れ」
「……ありがとう、ございます」
「そんな怒るなよ」
冗談めかしてもあんまり意味がなかった。
とっとと本題に入ってしまおう。
「あー、それでな、凛々花にちょっと言うことがあるんだけど……機嫌直して?」
「そんな本気で怒ってないですよ。冗談です冗談」
「女の子の冗談ほど怖いものはないからほどほどにな。男なんて簡単に騙されるんだよ」
ちょっと優しくされただけで好きになったり。
ちょっと無視されただけでも嫌われて落ち込んだり。
「演技の道で攻めるのもアリですね」
「ぜっっっっったいダメ」
「そんなに顔を近づけないでくださいよ……分かりましたから」
凛々花が本気でそういう道に進みたいなら止めはしないけど世界征服の手段にするなら阻止する。
「それで、お話って?」
缶のぷるたぶを開けるのに苦戦しているので変わりに開ける。若干、ふてくされた様子で礼を口にする凛々花に苦笑しながら頬をぽりぽりとかいた。
「来週、中間テストがあるだろ?」
「折角、学校から離れてるのに嫌なこと思い出せないでくださいよ」
「現実をちゃんと受け止めろ。日々は止まらないんだ」
「人間はちっぽけな生き物です……」
ちっぽけな生き物はジュースを飲みながら死んだ目を披露する。
そんな可哀想な彼女に言うのは抵抗があったが伝えないといけないので仕方がない。
「それでさ、明日から勉強時間を増やしたいから放課後は真っ直ぐ帰りたいんだ」
俺達は朝は約束をしていても毎日一緒に帰ろうとかそんな約束をしている訳ではない。でも、これまで通りでいけば、明日も一緒に帰るだろうしどっかに寄り道していこうと考えてくるかもしれない。
だから、当日になってがっかりさせないためにも事前報告は大切だ。
「まあ、一週間程度だし凛々花も勉強するはずだから――聞いてる?」
凛々花は立ち止まったまま固まっていた。
ぴちゃぴちゃと音を立てるのはジュースを持つ腕が震えているからだろう。次第に目もうるうるとさせている。
「泣く? 泣くのか?」
「な、泣いたりなんかしません」
「嘘つけ。震えてるじゃねーか」
「だって……せんぱいが避けたから」
「避けてないから! 勉強するって言ってるだろ!」
「だって……だってぇ……」
こいつ、俺のことをどうしたいんだ? 俺には自由すら与えられないのか?
俺は呆れてため息をついた。
「そのさ、凛々花を避けるとかないから」
「なら、勉強しないでくださいよ」
賢いんですよね、と付け加えた凛々花は目を捉えてくる。
確かに、自分で言うのもなんだが成績は良い方だ。それは、この前にも説明している。日々の復習もそれなりにはこなしているし勉強せずとも赤点をとることはないだろう。
でも、今回はどうしてもクラス内ではトップに降臨したい理由がある。
俺は凛々花の頭に手を置いた。
「もうちょっと俺離れしてくれないと困る」
これまでの人生で後輩と関わる機会なんてなしに等しかった。初めて出来た、親しい後輩だ。そんな後輩が懐いてくれているは嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。
でも、適度な距離ってのを意識してくれないと俺が困る。
「嫌です。粘着性高いですから、私」
「袖をきゅっと握るとか反則だから……」
ほんと、いちいち行動が可愛いんだよ。
俺、捨て犬とか絶対に見過ごせないようになったな。
離れたくない、という意思表示だと勝手に解釈して提案した。
「じゃあ、一緒に勉強するか? たぶん、集中するからあんまりかまってはあげられないけど」
「私をかまってちゃんみたいに言わないでください」
撫でられたままで言われても説得力は皆無なんだよな。今日も撫でられたら嬉しいようで良かった。
「じゃあ、俺が一緒にいてほしいから付き合ってくれるか?」
「まったく、せんぱいは仕方ないですね。部屋に連れ込んだりしないなら良いですよ」
「そういう趣味はないから安心しろ」
「私にだって魅力はあるんですからね!」
「え、そんなの分かりきってるけど……急にどうした?」
凛々花の魅力を全部把握しているとは言えないけどそこらにいる人よりは確実に理解している。
「な、なんでもありませんよ!」
焦ったようにして背を向けた凛々花は残っていたジュースを風呂上がりみたいに勢いよく飲んでいた。
俺が一番勉強しなきゃいけないのは凛々花の扱い方かもしれないな。
あー、取り扱い説明書が欲しい。
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