第20話 後輩がいない日。手持ち無沙汰になったので

 悟と胡桃に凛々花との出会いを話してって言われたから思い返したけど……やっぱり、変な話だよな。今でもそう思うよ。

 出会っていきなりパンツを見ちゃうわ世界征服の手伝いをさせられるようになるわ下部しもべにならされるわ。

 うん、おかしな話だ。


 それに、心のどこかではてっきりあの日だけの冗談だと思っていたのに翌日には校門で待ってたなんだよな。小さな番犬みたいに。

 それで、なんだかんだ今までずっと仲良くやっていけてるんだから本当に不思議で仕方ない。


「色々とあったんだよ。色々と」

「「えー。勿体ぶらないでよ」」

「別に、勿体ぶってないからな?」


 説明がめんどくさいんだ。一から話すと凛々花の恥ずかしい姿も暴露しなくちゃいけないしそんなことは可哀想だ。どこで、誰が聞き耳を立てているかも分からないんだし語ることは何もない。


「まあ、本当に色々あったんだよ。笑っちゃうような出会いでさ」


 思い返せば笑みが込み上げてくる。

 まるで、現実にはあり得ないマンガみたいな出会い方だったけどそんな出会いはきっとこの先は誰ともしないだろう。奇跡が重なりあってああなったんだから、そうそう起これば面白味なんて微塵もない。

 だからこそ、凛々花との出会いは面白くて大切にしたい。


「なーんか、気になるな~」

「胡桃に一つ良いことを教えようか?」

「何々? りりちゃんの可愛いところ?」

「それを語るには昼休みが足りない。ほら」


 指で時計を見るようにジェスチャーを送ると昼休みはもう終わりそうな時間であることを理解したようだ。勢いよく、席を立って教室に戻る準備を始めた。


「もっと早く教えてよー。三葉のバカー」

「だから、教えただろ。感謝しろ」

「心から感謝できないよ。じゃあ、悟。また放課後にね!」

「遅刻しないよう気を付けながら急いでね」

「うん。三葉のバカー!」


 そう言い残して胡桃は急いで教室を出ていった。

 ほんと、大袈裟だなぁ。教室なんて二つしか離れてないから今からだとギリギリ間に合うってのに。


「二回も言いやがって」

「胡桃も本気じゃないから許してあげて」

「んなこと分かってる」

「ありがとう。ところでさ、凛々花ちゃんとはどうやって」

「あー、俺も急いで残りの弁当食べないと」

「三葉……残していても凛々花ちゃんは来ないよ?」

「別に、あいつのためじゃないよ? お喋りに夢中で食べるのを忘れてただけだよ?」


 本当だよ? 嘘じゃないよ? 朝、間抜けを晒さなくて済んだのにこんなショボいミスしないよ?


「そんなとぼけた顔されても無理があるよ」

「あーあー、聞こえナーイ聞こえナーイ」


 俺は首を横に振りながら急いで箸を進めた。そのすぐ後に終わりを告げるチャイムが鳴り響き、凛々花との出会いは無事に隠し通すことに成功した。

 悪いな、悟。いくら、友達であるおまえにも凛々花がクマさんパンツをはいていて、それを俺が偶然見てしまったことは言いたくないんだ。プライバシーって大切だから。



「えっ、せんぱい!?」


 俺を先輩と呼んでくれるのは一人しか思い付かず、顔を見なくても誰なのか分かった。

 彼女は大きな声を出して、駅にいた沢山の人の注目を浴びる中を急いで駆けて隣にまでやってきた。


「どうしたんですか? どうしたんですか? なんでいるんですか?」


 大きく見開かれた目からもどうして俺がいるのか聞きたそうにしている。


「ゲームしてたらすっかり夢中になってた」


 手にしていたスマホをポケットにしまうときょとんと目を丸くさせた凛々花は瞬きを繰り返す。


「今、帰り?」

「は、はい。さっき帰ってきたばかりです」

「そっか。じゃあ、一緒に帰るか」

「賛成です!」


 顔をふにゃりと破顔させてはにかんだ凛々花にうっすらと笑みを返す。

 可愛いな。この笑顔を見れただけで一時間以上待ってたかいがあった。


「あ、荷物持つよ」

「い、いいですよ」

「いーからいーから。下部しもべなんだろ、俺」


 気を遣わせないように凛々花の手から荷物が入ったボストンバッグを取り上げる。

 それなりの重量があるこれを一緒にいるのに凛々花に持たせたくない。


「せんぱいの腕、折れませんか?」

「舐めてるのか?」

「もやしだから心配です」

「心配するのは俺の立場。凛々花は甘えていればいい」


 こんなの出会った日に沢山運んでいた椅子と比べたら屁でもない。


「……えーっと、急になんだ?」


 空いていた手を凛々花が握ってくる。

 小さくて温かい感触が添えられるように触れてビックリした。

 鼓動のリズムが早くなるのを感じながら凛々花を見ると頬をうっすらと赤色いに染めながら目を逸らした。


「て、手持ち無沙汰になったので」


 それは、本当に手持ち無沙汰になったからなのか。それとも、手を繋ぎたいと思ってくれたのか。

 どっちでもいい。今、こうやって触れているのが真実でそこに理由なんかはどうでもいい。


「それは、仕方ないな」


 自分のよりも小さな手を包み込むようにすると凛々花の体がぴくんと跳ねる。

 それから、俺達はどちらともなく無言になって言葉を交わせないでいた。


 に、握り返してみたのはいいものの……手汗とか大丈夫かな。不安になってきた。女子と手を繋ぐなんて小学生以来だぞ。


「ど、どうだった? 林間学校は?」

「た、楽しかったですけど物足りなかったです」

「こういうイベントってどこか心の底から楽しめないんだよな」


 それは、俺がひねくれているからってことは分かってる。どこか、ハメを外しすぎたら問題があるんじゃないかって、こういうのをめちゃくちゃ楽しめるまで盛り上がれないんだ。


「せんぱいが一緒だと良いな、って思ってました」

「それは、どうしようも出来ないからな」

「だから、せんぱいが待っていてくれて嬉しかったです」

「……別に、待ってた訳じゃ」

「もう、せんぱいは素直じゃないですね。私に会いたくって会いたくって仕方なかったんでしょう?」

「自分で言ってて恥ずかしくならない?」

「自分で確認してください。言わせたいんですか?」


 凛々花の手が熱くなっているのがどういう証拠かと伝えてくる。


「俺も――」


 手を繋ぐ腕に力が入る。

 会いたかった、と伝えようとして電車がホームにやって来た。


「乗りましょうか」

「……そうだな」


 てっきり、手を繋ぐのもお仕舞いだと思っていたらグッと引っ張られた。


「行っちゃいますよ?」


 どうやら、あと十五分はこのままの状態が続くらしい。


 それはそれで、めっちゃ恥ずかしいな。なんか、見られてる気がするし……あ、ほら。どっかから笑い声が聞こえた。

 自分達ではないだろう、って言い聞かせても状況が状況だからどうしても意識してしまう。自意識過剰だと笑われても仕方ない。


「バスに乗っている間はずっと寝たふりをして過ごしてたんですよ。バス移動が一番辛かったです。隣の子とも気まずいですし」


 凛々花は俺が意識していることなんて気にもしない様子でベラベラといつも以上のトーク力で話している。

 話したいことが沢山あったんだろうな。


「俺もバスに乗ってる間はずっと寝てたな」

「一緒ですね」

「俺は本当に寝てたんだよ。帰りは悟と話してたけどな」

「班員陽キャばっかりで話が合わないんですよ」

「凛々花も世界征服の理論を語ってやれば良かったんじゃないか?」

「そんなことすれば袋叩きにされます」


 陽キャは何をするか分からないからな。急に手を繋いできたりもするし。


「そう言えば、カレーはどうだった? 昼はカレー作りだろ?」


 林間学校でグループ活動をしないといけないのは部屋で過ごす時とカレーを作る時だけである。

 昨日の夜、凛々花はグループである子から男子の部屋に遊びに行こうと誘われ、それを断った。

 それで機嫌を損ねて、仲間外れにされたり一人でパシリのように作らされたりされていないだろうか。


「私、すっごく頑張ったんですよ!」


 鼻息を荒くしている。

 そうか。そんなに頑張ったのか。


「道理で今日はいつも以上に女の子っぽく見えるんだな。偉い偉い」

「えっへん。お米を洗うのに全力を出しました」

「女の子っぽく見えるのは錯覚だったわ。目薬ある?」

「もー、頑張ったんですよー! 先生からも褒められたんですから!」


 先生……甘いですよ。そんなに魅力的だったんですか? 家庭的だったんですか?


「因みに、野菜を切ったりルーを煮込んだりってのは?」

「他の子達が頑張ってくれてました。私は洗い物に引き続き全力です」


 ハブられてはいないんだろうけど……なんか、俺だけが知っていた凛々花の一面を知られたみたいで嫌だな。


「まるで、私のためにせっせと働いているようで少し気分が良かったです」

「要は役立たずって判断されたんだろ」

「洗い物だって重要な役割ですよ。お礼だって言われたんですから」


 何かを思い出したのかクスクスと笑う凛々花。

 俺はなんだかもやっとした気がしてぶっきらぼうに口にしていた。


「ふーん……楽しそうで良かったな」


 そんな会話も車内に響いたアナウンスで終わりを迎えた。

 次に停車するのは俺達の最寄り駅。十五分なんて、長いようで短く、短いようで長い。


 一人で帰るのは入学式の日みたいに寂しいかなと思って駅で待っていた。でも、待たなくても良かった。案外、楽しそうにしてたっぽいし一時間も無駄だった――。


「……もう、終わりですね」


 ネガティブな感情になっていたのを凛々花の呟きが消し去っていく。

 凛々花は名残惜しそうに目を伏せながらドアに体を向けていた。まるで、もっとこうしていたいと言っているように手に力が加えられるのを感じた。


 何が無駄だった、だよ。勝手に凛々花が楽しそうにしていたのを見れなくて嫌な気持ちになって……俺は凛々花を束縛したいのか?

 いいや、違う。そんなことしたくない。俺は笑わせてあげたいんだ。そんな悲しそうな表情は止めて笑顔にさせたいんだ。


 駅に着いてドアが開く。凛々花は降りた。

 けど、俺は腕を伸ばして動かないでいた。


「せんぱい、どうしたんですか?」


 早く降りないとドアが閉まって危ない。他の人の迷惑にもなる。

 それは、頭で分かっている。

 でも、降りたら終わりなんだ。この時間を終わらせたくないんだ。


「……あのさ、送っていくからちょっとだけ乗り過ごさない?」


 凛々花の手を掴む力が自然と強くなる。


 顔が上手く見れない。どんな顔しているんだろう。


 凛々花の手が強く握り返したのを感じて正面を向くと彼女は笑っていた。


「お願い、しますね? 夜道は危ないですから」

「そんなに遅くなるつもりはねーよ」

「それでも、ちゃんと守ってくださいね」

「任せとけ」


 凛々花が踏み出すのを手伝うように小柄な体を連れ込むように腕を引いた。

 その直後、ドアが閉まり降りるはずの駅が遠ざかっていく。


 乗るはずの電車に乗らなかったり、降りるはずの駅で降りなかったり、凛々花と出会ってから俺の行動は変わった。普通のことを普通に出来ないようになった。


「せんぱい、見てください。あの日の夕日みたいですよ」


 車窓から見えるのは入学式の帰りに二人で見た大きくて綺麗な夕日と似たもの。

 その輝きに照らされて笑う凛々花が美しく見えた。


「綺麗だな」

「はい。今日は、せんぱいと見た夕日の征服成功ですね」

「本当だな」

「この調子でどんどん世界を征服していきましょうね!」


 凛々花の世界征服はほんの少し……少しずつ進行している。と、思い込んでいるのだろう。

 だから、凛々花は気付かない。

 とっくにある世界を征服し終えていることを。


 でも、まだ気付かなくていい。

 分かったから。自信をつけるために俺が何をすればいいのか。


「覚悟、しとけよ」

「お、やる気ですね、せんぱい」


 目を見ても呑気な凛々花には通じない。

 ほんと、覚悟しとけよ。凛々花の世界を征服してやるから!

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