第14話 後輩と出かける。お互い初デート同士ですね

 凛々花の買い物に付き合うため、一緒に出かけることになった。二度目の休日に会う約束だ。

 だが、しかし。これは、決してデートなどではない。そもそも、これをデートとするのなら、毎日は放課後デートをしていたことになる。

 けど、毎日のあれは世界征服のための一環であり、決して浮わついたものではない。


 それに、デートはちゃんと形にしてからが良い。まあ、そうなるか分からないし、凛々花がデートだと言い張るのなら考えないこともないけど。


 そんなことを考えていたせいで寝不足だ。

 ボーッとしたまま、駅の中で凛々花を待っていた。


 昨日の夜、凛々花から今日のことについてあらかじめ言われていた通り連絡が寄越された。

 今日も明日もどちらでも良かった俺はそれに二つ返事で了承した。待ち合わせはいつも利用している駅だ。

 俺達が利用している駅は都会みたいに忠犬ハチ公のような目印となるものがない。

 だから、絶対に通る改札付近、つけ加えるなら券売機付近で凛々花を待っている。


 スマホで時間を確認する。約束した時間までまだ十分はあるがこれは俺が早く来すぎた訳ではない。

 目覚ましが鳴る前に目が覚めて、早めの昼ご飯も食べ終えて、一応いつも以上に身だしなみを整えて。それでも、時間が余り、暇になったから家を出た。それだけだ。


 凛々花は今日も遅れてくるのかな。出かけるってなったらいつもよりおめかしするかもしれないし。待つのは男の仕事だとか男女差別と変わらない世間体もあるし、どれだけ遅れてこようが怒ったりしないぞ。


「あー、せんぱい!」


 一応、改札は地下にある形な訳で。凛々花の透き通る声はよく響く訳で。

 うるさい。他の人に迷惑だろ。

 そう、先輩として注意しようとしたのに。俺は初めて凛々花を見た時みたいに彼女に見惚れて、何も言えなかった。


「ん、どうしたんですか?」


 とびきりオシャレをしている訳ではない。

 オシャレ下級者の俺に何が分かるんだって話だけど……たぶんまだ全力ではないんだと思う。

 それでも、段々暑くなってきたこの時期に合わせて半袖を着つつ、上に一枚薄手の物を羽織っている姿は似合っていて。


「一瞬、誰か分からなかった」


 そう呟いた瞬間、凛々花はむっと頬を膨らませた。


「どーせ、私には馬子にも衣装ですよ!」

「違うって……いつも以上に可愛くて頭が処理できなかったんだよ。髪型も……似合ってる」


 見慣れたその姿を別人に捉えてしまったのはいつもは手を加えていない髪型が変わっていたから。肩に届く長さの髪をゴムで二つにくくり、ぴょんとさせている。アザとさが増す髪型にも関わらず、幼げさは残っていて。

 これが、本当の美少女であると思い知らされた。


「あ、ありがとうございます……せんぱいの好みに合ってるかは分かりませんが嬉しいです」


 ニッコリと微笑む凛々花はまだ照れが残っていて抱きしめたくなる衝動に駆られそうになる。

 そんな欲望を微塵も出さないように自制しつつ、大好物だということも言わないように遠回りして伝えることにした。


「俺は……まあ、どう言えばいいのか分からないけど、凛々花を見て不愉快とか、そんなことはこれっぽっちも感じてないよ」


 可愛いという言葉も似合ってるという言葉も既に使ってしまった。可愛いはいくら言っても足りない気がするけど、どうせなら別の言葉でも伝えたい。


 そんな意気込みがあっても上手く言葉を紡ぎ出せないのが情けない。もっと、語彙力が欲しい。切実に。にも関わらず、凛々花は嬉しそうに口角を上げて、自分の頬を両手で挟んでもにゅもにゅと動かしていた。

 どうやら、それなりの褒め方は出来たらしい。


「今日は何を買いに行くんだ?」


 いつもとは反対側のホームで電車を待ち、やって来た車両に乗り込んだ。お昼時を過ぎた時間だからか休みの日にも関わらず、座席が空いていたので腰を下ろした。


「もう少しすれば林間学校があって」

「もうそんな時期か。早いな」


 悟と仲良くなったきっかけである一泊二日の林間学校は毎年行われる一年生で一番初めの大きな行事だ。

 日帰りでないのは五月も終盤に差し掛かるとクラス内でほとんどグループが形成され、これを機会にもっと交流を深めてもらおうとする先生側の意図だろう。


 まったく、俺や凛々花のようにまだ馴染めてない生徒もいるってことを考えてほしい。そういう子のためでもあるんだろうけど。


「持っていくものを買うってことか」

「そうです」


 なるほど。今日の目的が分かった。


「あれ、でも。買い足さないといけないくらい特別な物ってなかったと思うけど……因みに、行き先は?」


 確か、この林間学校の行き先は毎年変わることがない、みたいなのを先生が言ってたはず。


 凛々花は腕で抱えていた背負ってきた小さなリュックからしおりを取り出すと手渡してきた。

 ちょこんと抱えてる姿、やけに似合いすぎだろ。


「えーどれどれ」


 しおりをペラペラと捲る。


「去年と変わってないな。何を買う予定なんだ?」

「水筒です」

「水筒……そういえば、使ってるところを見たことがないな」


 いつも、ペットボトルのお茶や紙パックのジュースばかりを凛々花は飲んでいる。


「あるのはあるんですよ。でも、可愛くないんです」


 わがままだな。まあ、立派な女の子だし、見えないけどもう高校生なんだ。可愛いのが欲しくなるんだろう。気持ちは良く分かる。


「可愛いのがあるといいな」

「はい。折角、遠出するんです。可愛いの見つけてやりますよ!」


 意気込むように両手をグッと握った凛々花はメラメラと燃えていた。

 これは、俺も全力で凛々花に似合う可愛いのを探さなければ……!

 俺も一緒になって燃えていた。



 学校に向かう時の乗車時間より少し長い時間を過ごし、降車した。

 俺達が住んでいる町は田舎ではない。

 しかし、今向かっている大型デパートや用はないけどアトラクション施設など、いかにも都会にあるような場所は車で移動しないと行きづらい場所にある。


 土曜日は父さんが会社なので車で行くのは無理があった。何より、母さんに凛々花を紹介するようなことは避けたいから電車賃がかかったけど致し方ない。


「あ、せんぱい。いっぱい、ありますよ」


 デパートに入り、沢山あるお店の中から水筒が置かれていそうな場所を一通り見ていった。そして、何軒目かのお店で水筒コーナーという珍しい特設コーナーが作られているのを発見した。


「もうじき六月で暑くなるからかな。なんにせよ、タイミング良かったな」


 返事が聞こえないなと思ったら凛々花は既に水筒に夢中で目を輝かせていた。

 頻繁にする表情を見ていると胸が温かい気持ちに包まれて幸せな気分になる。


 ぽんぽんと肩を叩くとこちらを向いて鼻息を荒くした。


「探しましょう」

「だな。探そう」


 二人して、一本一本置かれている水筒を一緒に眺めていく。

 別々にならないのは凛々花が使うのを探すためだ。別れて探すより、一緒にあれこれ言いながら考える方が楽しいからでもある。


「これは可愛いけどふたを開けるのが痛い。こっちは使いやすいけど可愛くない」


 ぶつぶつ言いながら悩んでいる凛々花の横顔はいつになく真剣だ。持ってるって水筒がどれほど可愛くないのか気になってきた。


「ねぇねぇ、せんぱい。せんぱいはどっちの方が気に入りましたか?」


 全種類の水筒を眺め終わり、候補に上がったのは二本の水筒だ。一本は使いやすい機能重視の水色、もう一本は可愛さ重視のピンク色に水玉模様がある。


「凛々花が使うんだし俺の意見はいらないと思う。どっちが気になってるんだ?」

「私はせんぱいに選んでほしいです」


 俺の意見なんてどうでもいいだろうに。どっちも凛々花が気に入ったから候補に残ってるんだし。


「俺的には――」


 両手でそれぞれを持ち、じいっと見つめられ目を閉じて想像した。

 雲ひとつない青空の下。綺麗な花を背景に凛々花とピクニックをする。レジャーシートに座りながらバスケットに入ったサンドイッチなんかを食べて喉が渇いた時、どっちが彼女に似合うのか。


 え、選べない……どっちも似合いすぎる。


「うーん……」

「あの、せんぱい……そこまで、真剣にならなくてもいいんですよ? パッと決めて選んでくれたら」

「そんな適当は許されない。凛々花に一番似合うものを選ぶ」


 俺が選んでも意味なんてないだろうけど頼られたんだ。どうせなら、一番似合うものを選んであげたい。センスを疑われないためにも。

 けど、ほんとにどっちも似合ってて捨てがたいな。くそ。両方買えば解決だけど二本もいらないしお金に余裕があるかも把握してないから。


「ごめん」


 いつまで経っても決められず、二人の凛々花が片方ずつを持って迫ってくるようになり目を開けた。


「決めきれないからどっちがいいか言い合って……どうかした?」


 情けない提案をしていると凛々花がリンゴみたいに頬を真っ赤に染めていることに気づいた。


「な、なんでもありません!」


 急いで二本の水筒で顔を隠す凛々花。

 いくら、小顔の凛々花だといっても水筒よりは大きくて隠しきれていない。

 そんな姿を見ていると体に電流が走ったみたいに一つの答えが脳に浮かんだ。


「ピンクだな」

「え?」

「凛々花にはピンクの方が似合うと思う。機能はちょっと劣るけど使えない訳じゃないし凛々花が良いなら俺はピンクを推す」


 器用に顔を少しだけ見せるように出した凛々花は見上げるようにしてくる。左手に持っている水筒を揺らしながら確認を求めているようだ。

 俺は笑いながら頷くと最終確認のためか水筒と見つめ合った後、凛々花もこくんと頷いた。


「買ってきます」


 水色の方を元の場所に置くとちょこちょこと早歩きでレジの方へと行ってしまった。


「ほんとに俺が選んだので良かったのかな」


 ほとんど単純な理由だった。真っ赤になってた頬とピンク色がマッチしてたからそっちを選んだという誰でも思い付きそうな簡単な理由。

 そんな理由で良かったのか。

 満足してくれるのだろうか。


「不安だな……」



 買い物を済ませ、まだ帰る時間には早いということになりフードコートへと移動した。

 途中で購入したドリンクを飲みながら早速買ったばかりの水筒をテーブルの上に置いて幸せそうに眺める凛々花を鑑賞する。


「本当に俺が選んで良かった?」


 満足そうにしているけど一応。


「私もピンクが良いと思っていたので自信もってください」

「本当かなぁ……」


 疑っている訳じゃないけど、何かと気遣う節があるからな。笑顔が嘘のようには見えないから大丈夫なんだろうけど。


「てか、俺と買いに来て良かったのか? こういうのって親と行った方が買ってもらえるだろ?」


 俺の場合、こういう友達がいなければ付き合ってくれる先輩もいない。悟は休みの日も部活があって、遊んだことなんてない。

 結果、必要な物を買う時は大抵親と一緒。小遣いにも限界があるし、買ってもらえるのなら恥ずかしげもなく甘えている。


「せんぱいに選んでほしかったから」

「最初から企んでたのか? 俺にセンスなんてないんだぞ」


 自虐的に笑うと凛々花は首を横に振った。

 それから、どことなく自信をなさそうにしながらぼそぼそと呟いた。


「だって、林間学校はせんぱいと一緒じゃないから……選んでくれたのを持ってると自信でも出てくるかなって」


 たかが、一泊二日の林間学校で大袈裟な。今までにも修学旅行とかあっただろ。

 そうやって、恥ずかしいことを言われたからって雑に扱うことは簡単だ。けど、言える訳がないじゃないか。


「ちょっと借りるな」


 水筒を両手で持ち、目を閉じた。


「何してるんですか?」


 凛々花からすれば不思議でしょうがないことだろう。


「ご加護でもあるように念を込めてる」


 馬鹿馬鹿しいことだけど、俺に出来るのはこれくらいだ。バスに忍び込んでついていく度胸はない。


 しっかりと凛々花に何事も起こらず無事に林間学校を終えられるように祈りを捧げてから返した。


「せんぱいって幼稚ですね」

「うるせ。たかが林間学校ごときで不安がってるお子ちゃまには言われたくねーよ」

「私に何かあってもせんぱいに守ってもらえないから不安なんですよ。林間学校そのものなんて余裕で乗りきれますよ!」

「……一緒に過ごす友達、作れたのか?」


 心配性だと言われるかもしれないが凛々花はちゃんと見ていないと不安になる。俺がいない場所で危ないことをしてケガでもしないかとか。でも、何よりも不安なのは一緒に過ごす人がいるのかどうか。


 そこまでグループ活動があった記憶はないけど一つもないこともない。ハブられて、一人ぽつんと立ち尽くしたりしないだろうか。

 めっちゃ想像できる……不安だ。


「ぐ、グループには入れてもらえたので大丈夫です」


 ああ、良かった。一安心だ。


「あーそうだ。もし、自由時間一人で過ごすなら良い場所教えようか?」

「知りたいです」

「あれはな――」


 一年前の記憶を叩き起こし、凛々花に伝える。ハイキングコースを少しずれた場所に綺麗な川が流れてあって、穏やかな気持ちになれる……暇を持て余し、探索していて発見した俺しか知らない場所。


「せんぱいしか知らない場所……」

「危険はなかったはずだけど一年前だからどうなってるか分からないし一応だけどな。もし、行きたくなったら気を付けて」

「はい」

「俺もぼっちで過ごしてたけど中々に浮くから仲良くなれそうなのがいるならなっといて損はないと思う」


 そんな俺を見かねて声をかけてくれたのが悟だった。初めは、いきなりなんだこいつ、って思ったけどその縁は今も続いている。

 きっかけなんてどこにあるか誰にも分からないのだ。


「大丈夫ですよ。せんぱいのご加護が一緒ですから」


 ぎゅうっと水筒を抱きしめる姿は目を奪われる。まるで、自分が細い腕に包まれているような気分になって言えなかった。

 つくづく友達作りには興味がないんだな、と。



「今日は付き合ってくれてありがとうございました」


 まだ、夕日が出ている内に解散することになった。遅くまで連れ回す気もないし、暗くなってからだと危険も増えるから賛成だ。

 もう少し一緒にいたい気もするけど……月曜日になればまた会えるから我慢我慢。


「俺も楽しかったから。ありがと」

「私、こうやって誰かと出かけるの家族以外だとせんぱいが初めてで本当に楽しかったです」

「中学時代もぼっちだったのか……俺も初めてだから人のこと言えないけど」

「ふふ、お互い初デート同士ですね」

「デートって……恋人でもないのにそれは違うだろ。ただの買い物」


 デートってのは恋人同士が行うものだ。俺達は恋人ではない。

 ……まあ、男女が二人で出かけるだけでもデートって単語の意味には含まれているらしいけど。


「知らないんですか? デートって単語の意味には二人で出かけることも指すらしいんですよ」

「よく勉強してて偉いな」


 顔を背けながら口にすると数秒の沈黙が訪れた。


「ち、ちち違いますから! 小テストの時に勉強して、たまたま知っただけですから!」


 カアッと頬を赤くして、言い訳のようなものを早口になりながら並べる凛々花。

 色々と聞きたいことはあるけど……まあ、そういうことにしておこう。二人して同じ調べものをしたなんて間抜けっぷりが筒抜けだからな。

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