第12話 後輩はB。じろじろ見て……変態ですか

 約束していた通り、学校最寄り駅に着いた後、俺は駅前にあるコンビニに寄っていた。凛々花は用がないらしく、外で待っている。


 俺だって用があった訳ではない。緊急に必要になったのだ。


 今日の凛々花は恐らくだが朝食を抜いている。いつも、化粧をしているから遅れていると言った彼女がどうして今日は時間通りに間に合ったのか。

 今日も嗜み程度に彼女は化粧をしていた。となると、何か他のことに時間を割かずに済んだということだろう。

 なら、毎朝行っているルーティン化されたものの中で一番時間がかかるとなれば朝食を食べることだと推測を立てた。


 凛々花は髪をアレンジしたりもしない。今日はたまたま早く起きて間に合ったという可能性だって十分にある。

 けど、どうにもいつもより元気がないように見えるので推測は合っているだろう。


 今日は身体測定があるからな。最近、何かと食べていたし昨日の晩にでも体重を測ったら予想以上に重たかった。だから、朝ご飯を抜いて少しでも軽くしようとした。

 凛々花が考えそうなことだ。


 倒れたりしたら心配する人がいるってことを少しは考えろよな、まったく。

 俺はぶつぶつ呟きながら目的の物を購入し終え、コンビニを出た。


「ん、これ」


 買ってきた物が入った袋を凛々花に渡す。


「チョコとスポーツドリンク? どうしたんですか?」

「引換券が今日までだったんだ」


 凛々花のためにわざわざ買ったとは説明しなくて良いだろう。過保護だと思われて、調子に乗られて無茶ぶりをされても困るし。


「ああ、あのくじ引きのやつですね」

「そうそう」

「でも、どうして私にくれるんですか?」

「チョコ、苦手なんだ。だから、消化してくれると助かる」


 本当はチョコは大好物だ。嫌いなんかじゃない。


「で、チョコ食べたら喉も渇くと思うから両方あげる」

「はあ……でも、一人で食べきれないです」


 チョコは大袋の中にいっぱい入っているタイプのやつだ。中身を数えたことはないけど相当数あることは間違いない。


「なら、教室で誰かに配ったらいい。季節外れのバレンタインー、とかやったら話し相手くらいは出来るかもしれないだろ?」


 相手は女子限定にしてほしいけど、誰に配るかは凛々花が決めること。そこに、口出しはしない。無茶苦茶なことを言ってるって分かってるし。


「そうですね……じゃあ」


 凛々花は封を開け、チョコを一粒取り出すと包んでいたものを外し、こちらに差し出してきた。


「せんぱいに季節外れのバレンタインです」


 自分で言い出したことなのに意識してしまい、頬が熱い。


「苦手だって言ってるだろ」

「練習させてくださいよ。いきなり、チョコを配るなんて難易度が高いですから」


 真っ直ぐに見てきていた目が俺を捉えると揺らいだのを見逃さなかった。


「それに、せんぱいは私があげるチョコでも食べてくれないんですか?」


 不安そうされると断るに断れないだろ。元々嫌いでもないんだし。


 腕を伸ばして口元へと持っていかれる。

 それは、この前のポテトチップスを食べさせられた時よりも控え目で――俺は大人しく口を開けざるを得なかった。


「……そういう言い方、教室ではするなよ」


 放り込まれたチョコは今までに何度も味わったことがあるのと同じだ。生産法方も販売法方もパッケージでさえも、何も変わっていない。

 なのに、今までに食べたものよりも数倍おいしく感じた。


 しかし、苦手と言った手前、表情を崩すことが出来ず難しい顔をわざと作りながら飲み込んだ。


 どうして、凛々花のためを思って買ったチョコを俺が食べさせられているんだろう。


「ほら、お返し」


 凛々花に食べさせるため、彼女がしてくれたのをなぞるように行う。チョコを取り出して食べられる状態にし、小さな口の手前に運ぶ。


 普段、凛々花は良く俺のお弁当のおかずを遠慮なくどういう状態であってもパクついていく。だというのに、今日は無駄に大人しく頬を赤らめてもじもじと体を揺らせていた。


 相当、腹が減ってるんだな。倒れる前に気付けて良かった。


 自分の天才的な考えを導きだした脳を褒めてやりたい気分になりながら、控え目に口を開けた凛々花の口内へチョコを入れる。

 もぐもぐと嬉しそうに微笑んでいるのを見てそっと息を吐く。どうやら、チョコは嫌いじゃないらしい。ミッションコンプリート。


「残りは自分でどうにかしてくれ。もう俺はこりごりだ」

「えー。もっと、練習させてほしいです」

「それは、鏡でも相手にしてくれ。得意だろ?」


 ニヤッと笑うと凛々花はむすっと頬を膨らませた。

 一戦一敗という過去の戦績でも思い出したのだろう。

 煽れば煽るほど、むきになって扱いやすくなるから助かる。


「わざとケンカ売ってます?」

「無理なら自分で全部食べていいんだぞ?」

「食べますよ! 食べたらいいんでしょ!」


 ストレスには甘いものともいうしこれだけ煽れば十分だな。


「あー、そうだ。もしさ、去年よりも太ってたら運動に付き合ってもらってもいいか? また河川敷にでも行ってさ」


 頭をかきながら言うと凛々花はきょとんと目を丸くした。

 きっと、体重はそんなに変わってはいないだろうけど、こう言っておけば安心してくれるだろう。


「しょうがないですね。下部がだらしないと私までだらしなく見えますからね。特別ですよ」

「はいはい、感謝するよ。じゃ、学校行こ」

「あ、ちょっと待ってくださいよ」


 歩き出すと急いで凛々花が追ってきて真横にぴったりと並んだ。その距離は普段よりも随分と近く、左手が凛々花の右手が持っているコンビニ袋に何度も触れそうになる。


「あのさ、近くない?」

「誰にも奪われないように守っているんです」


 流石に、チョコとスポーツドリンクを盗んでいく間抜けな輩はいないだろう。いや、世の中には世界征服を企む小さな女子高生もいるからな。油断ならない。


「そんなに好きなんだ」

「はい、大好きです!」


 これは、良いことを聞いたな。これからは機嫌が悪くなればチョコを買って与えよう。



 自分の体は予想していた通り、去年と比べてあまり変化を見受けられなかった。手元の紙に視線を落とし、身長が少しだけ伸びていたことにほんの少し安堵する。


「どうだった?」

「去年とそんなに。悟は?」

「結構、伸びてたよ」

「流石、スポーツをやってるだけはあるな」


 一年間、付き合ってきて見慣れてしまったからなのか。悟の身長は変わらずに思える。

 元々、悟の方が大きいから違いに気付きにくいんだろう。羨ましい。

 ぐぬぬぬと唇を噛んでいると悟は頬をかきながら遠慮がちに笑った。


 さて、冗談はここまでにしてチラッと保健室のベッドの方に視線を向ける。誰も寝ているような様子は見られないので凛々花が倒れた、なんて心配していたことは起こっていないらしい。良かった。この後、すぐに昼休みだし沢山おかずをあげないと。


「せんぱい、ついにボケたんですか? おにぎりをおかずに白米を食べるなんて……」


 心配しているのか馬鹿にしているのか。どっちにしろ、つくづく凛々花には通じない。


「あれ、悟先輩は?」

「今日は胡桃の所で食べるらしい。なんか、ショックな出来事がその身に起きていたらしい」

「へー、ザマアねぇぜ、ですね」

「テンション高いな。なんか、良いことでもあった?」


 そうなんですよー、と嬉しそうにしながら凛々花は控え目な胸を張って主張した。


「大きくなっていたんです!」

「へー、良かったじゃん」

「テンション低いですよ。もっと、盛り上がるところですよ」

「いや、でも。去年までの凛々花を知らないからなぁ……」


 一目見た時から凛々花のことを小さくて可愛いらしい、と思った。成長事情を知るわけがないから俺の中での凛々花は目の前にいる彼女でしかないのだ。


 普段から、俺の席の前が悟の席で今日はそこに座った凛々花と向かい合わせになる。悟だから許したのは内緒だ。

 そう言えば、教室で向かい合うのって初めてだなと相変わらず決まった昼食を口にする凛々花を見て思った。


「今日はどれだけ食べても許そう」

「お腹が苦しくて押し付けてるだけじゃないんですか? 遠慮なく貰いますけど」

「そんなことはない。気まぐれだ気まぐれ」


 弁当と箸を渡すと嬉しそうに目を輝かす。

 勢い良く食べる姿を見る限り、相当お腹が空いていたことが分かる。

 チョコどうしたか聞きたいけど、聞けば勘づかれるかもしれない黙っとこう。どうか、授業中にお腹を鳴らして可愛さが漏洩したりしていませんように。


「で、どれくらい大きくなってたんだ?」


 凛々花は印象にも残っているように小さくて可愛いらしい。例え、大きくなっていたと誇られてもお世辞にも大きいとは言えないほどに。なのに、本人は喜んでいた。ということは、中学時代はもっと小さかったということだろう。

 いったい、どれくらいでどれくらい大きくなっていたのか。気になる。伸び率でも凛々花には負けたくない。


 気付けば、凛々花は体を硬直させ動かなくなっていた。

 首を傾げているときょろきょろと辺りを見渡している。


「だ、誰にも言っちゃダメですよ」


 人の身長をペラペラ話す趣味などない。

 それに、そんな趣味があったとしても凛々花のことを誰かに話そうとは考えもしない。


 首を縦に振ると凛々花は首を長くして前のめりになった。


「み、耳を貸してください」


 顔を反転させ、同じように机に乗り出すようにする。

 凛々花の柔らかい声がくすぐったく耳に届いた。


「び、Bでした……」


 は、ビー? ビーセンチなんて聞いたことがない。女子だけの特殊なやつ?

 困惑した様子を見たのか、凛々花はつけ加えた。


「て、てっきり、Aかなと思ってたんですけど……」


 そこまで言われてようやく理解し、反射的に凛々花から離れていた。


「ばっ……おま、何言って……」


 頭の中で上手に整理が追いつかず、考えがまとまらない。顔をもなんだか熱い。


「せ、せんぱいが聞いたんじゃないですか」


 確かにそうだけど。普通は身長の話だって思うし分かるだろ? 分からなくても普通は教えたりしないだろ? そんなに真っ赤になってるんだしさぁ!


「俺が聞いたのは身長の方だよ……」


 勘違いしたと分かったからなのか首や耳まで真っ赤にさせる凛々花は涙目になって、拗ねたように呟いた。


「去年となんにも変わってませんでした」

「あ、悪い……とりあえず、食べな?」

「はい」


 お互い沈黙になって、食を進めた。

 黙々とお箸を動かせる凛々花のある部分にどうしても視線を引き付けられてしまう。

 下心は出さない、と決めていたのにチラチラとやってしまう。


 B……それが、俺にはどのくらいのサイズなのかははっきりとは分からない。けども、あそこには――。


「――せんぱい?」


 聞き慣れた声であるにも関わらず、肩が跳ねた。

 それを、気付かれないように出来るだけなんでもないように振る舞う。


「ん、どうした?」

「それは、無理がありますよ。じろじろ見て……変態ですか」

「うぐっ」


 さっと腕で胸を隠す凛々花は訝しげな目を向けてくる。

 事実だけど、反論したい。なのに、言葉は上手く出てこずに突っかかってしまう。


「誰のせいか分かってんのかよ……」


 聞かされたのだからしょうがない。耳寄りな情報を聞かされたら、意識も興味も持っていかれるのが当然だ。つまり、これは下心故ではない!


 そう自分に言い聞かせ、責任を凛々花に押し付けてから俺はそっと目を閉じた。

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