第7話 後輩は叫ぶ。誰ですか、この女は!?
「聞いてよ、三葉~。昨日ね、悟がね」
「ああ、はいはい。惚気話ね、惚気話」
昼休み。森下が教室に来るのに少し遅れていた。
理由は四時間目が体育で着替えてから行くので遅れますとメッセージが教えてくれたので心配していない。
ええ、はい。これっぽっちも心配していませんよ?
その間に悟は先生から頼まれたノート運びで少しの時間居なくなり、今日は悟と俺と一緒に食べようと教室までやって来た悟の彼女でありながら、俺の友達(だと思ってる)である彼女――
胡桃は明るい茶髪がトレードマークの活発系女子であり、どことなく大型犬のように感じる。性格も誰にでも気さくで優しく、あまり人付き合いをしない俺にも良く接してくれていて、あながち間違ってはいないだろう。
「もう、ちゃんと聞いてよ~。昨日の夜ね、悟とお風呂上がりにプリンを食べたんだ~」
「へー」
いかにも、同棲でもしているように聞こえるがそういう訳ではない。悟と胡桃は幼なじみの間柄らしい。昔から、家が隣同士で親同士も仲が良く、小さい頃からずっと一緒だったんだと。
「もっと、良い反応返してよー!」
「いや、お幸せそうで何よりです」
「そう見えるー? 見えるー? 見えちゃうー?」
幼なじみだから恋人になるとは限らない。
でも、ならないとも限らない。
そんな、物語の中でしか見られない恋物語が現実にも存在するのだ。
だが、あからさまな惚気話を何度も聞かされてはこういう反応になってしまう。最初こそ、ちゃんと聞いて返事をしていたが次第にどうでもいいような日常の一コマでも嬉しそうに言われると疲れてしまう。
幸せで何よりだとも思うけど。
「いや、ごめんごめん。遅くなって」
悟の声が聞こえ、胡桃の表情がより一層明るくなった。
「お帰り。お弁当、食べるの待ってたよ」
「ありがとう」
「えへへ」
さりげなく、彼女の頭を撫でる悟と気持ち良さそうに目を細める胡桃。
二人はバカップルで知られている。
容姿端麗で共にテニス部に所属していて、誰も二人の間には入れないと認識しているので教室でイチャイチャしようが誰も文句を言えない。
三人で去年と同じように昼食をとっていると息を切らした森下がやって来た。
「せんぱーい」
一応、少しは遠慮をしているのか声を抑え気味にしている。
しかし、形として俺の右斜め前に座る胡桃を見てその遠慮は一気に消え去った。
「だ、誰ですか、この女は!?」
胡桃にびしっと向けた指をすかさず痛めないように握って折り曲げる。
「人に指を向けたらダメだろ。謝りなさい」
「ご、ごめんなさい……」
しゅんと落ち込んだように見えたがちゃんと謝るのは偉いなと感心した。
そんな森下に胡桃は目を輝かせていた。
「この子が最近三葉に懐いてる女の子?」
「懐いてなんかいません。せんぱいと私が一緒にいるのは必然なんです。何故なら、せんぱいは私の下部ですから!」
あー、その設定まだ生きてたのか。てっきり、あの日以来一度も言われてないから死んだのかと思ってた。
「どうです? 羨ましいでしょう?」
ふふん、とどや顔を決める森下。
マウントの取り方が完全に子供だ。
対する大人の対応……というか、少しも羨ましいなんて思ってないんだろう胡桃はケラケラ笑っていた。
「この子、面白いね。トマト、食べる?」
「敵の施しなんて受けません!」
「苦手なんだ、可愛いね」
「体質に合わないだけです!」
道理で間にトマトが挟まれてないサンドイッチばかりを買ってくる訳か。それより、胡桃が敵って何を言ってるんだろう。
「あなたは誰なんですか?」
「誰だと思う?」
「嫌な人だってことは分かりました」
「あちゃー。嫌われちゃったよー。三葉ー」
楽しそうなまま笑いかけてくる胡桃に悟から紹介されたことを思い出す。
一年前と変わってない。
「遊んでるだけだろ、胡桃」
「うん、超楽しい。譲ってよ。家に連れて帰りたい」
「人様の子供になんてこと言ってんだ」
「そうだよ、胡桃」
「冗談だよ。悟との時間が減っちゃうもん」
夫婦漫才を見せられているとくいくいっと袖を引っ張られる。
「ん、どうした?」
森下が不安そうにしていた。
仲間外れにされたと思ったのか連れ帰りたいって言った胡桃が怖かったのか。前者だろうな。
「こいつは三澤胡桃。友達だ」
「そうだよ~。私は三葉の友達で悟の彼女。よろしくねー」
挨拶代わりに森下の頭を撫でる胡桃。
犬同士の戯れを見ているみたいだ。
「悟先輩の彼女……こちらこそです!」
急に態度変えたな。
「悟にちょっかい出さないでね? えっと」
「森下凛々花です。もちろんです。そちらこそ、せんぱいにちょっかいを出さないでください」
おまえは母親か。彼女か。胡桃はそんな気さらさらないし、俺だって邪魔しようだなんて微塵も思ってない。
友情の芽生えに握手を交わす二人を悟と一緒に苦笑しながら見ていた。
愛されてるな、悟のやつ。
「お近づきの印にトマト食べる?」
「結構です!」
流石、胡桃だ。早速、仲良くなっている。
まあ、森下はまだ完全に心を許した訳ではないのか警戒して威嚇中だけど。
がるるる~と唸っていた森下はどういう訳か俺のふとももに座った。突然の出来事に反応が間に合わず、片ふとももの上に乗っている柔らかい感触をダイレクトに感じる。
これは、流石にないだろ。距離感が近いとかそういう問題じゃないだろ。胡桃も「お~だいたーん」とか呑気に言ってないで剥がしてくれ。
「おまえさ、急に何?」
「胡桃先輩が椅子を使ってて座る場所がないので」
「だからって、普通座るか? 違う席から持ってこいよ」
いつもは俺の隣の席の子が昼休みはいないので森下はその椅子を借りている。けど、今日は胡桃が使っていて自分の椅子ががない。そこまでは分かった。だからって、これはないわ。
「せんぱい、よく見てください。この周りに空いている席はありません」
そう言われて視線を動かせる。
あ、本当だ。未使用の椅子がない。
「ほらね? 仕方ありませんよね?」
「ね、じゃねぇ。食べづらい」
「私が食べさせてあげますよ」
思い出すのはこの前の地獄のあーん。
胃の調子は治ったけど記憶にはもうご遠慮願いたいやり取りだと刻まれている。
「断る」
「友達の前で恥ずかしいんですね」
「それもある。けどな、おまえの不器用なあーんは息が出来ないんだよ。ぽいぽい口の中突っ込んできやがって」
「あれは、一刻も早くダークマターを消したかったからですよ。本来なら、甲斐甲斐しく優しくし出来ます。ほら、あーん、ですよ」
断固として口を閉じていると森下は拗ねたように頬を膨らました。
「もう、いいです。自分で食べます!」
「それ、俺の弁当だけどな……」
「おいしい~」
語尾にハートマークでもついていそうな甘い声で喜ぶ森下。機嫌はすぐに良くなったらしい。ありがとう、母さん。
「一旦、退いてくれ。席、用意するから」
「私としてはこのままが良いんですけど」
「……変な目で見そうだから退いて……」
少し体を動かすだけでふとももの上にむにむにと柔らかい感触が敏感に伝わってくる。
重たいことはない。むしろ、気持ちいいまである。いつまでも、乗っててくれるならこのままがいい。この状態で頭でも撫でたらさぞかし楽しそうだ。
でも、その楽しさを覚えてしまえば俺は度々望んでしまうかもしれない。決して、不快な目で見ようとはしていない。でも、そういうのを抱いてしまうかもしれない。
こいつのことはそういう目で見たくないんだよ。
「……ごめんなさい、せんぱい」
「謝ることじゃないから。ほら」
森下が退いてくれた隙に尻をずらして椅子の端ギリギリまでに移動する。そうやって、半分以上空いたスペースを叩きながら座るように促した。
左足には負担がかかるだろうけどこれなら彼女だけを立たせる必要がない。それに、男子の椅子に座らせずに済む。
まさに、一席二鳥だ。
「せんぱいの体温を感じます……」
大人しくなった森下がポツリと漏らす。
「体重かかってたからな。気持ち悪い?」
「いえ、温かくて気持ち良いです……」
「そっか」
「はい。良いですね、こういうの」
笑いかけてきたので応えるように口角を上げた。
肩を触れ合わせながらの食事は結局、難しいままだった。
「ねぇ、この二人って付き合ってないの?」
「うん。でも、いつも、こんな感じなんだ」
「ふーん……ヤバイね。これは、誰かに話したくなるね」
「あー、良かった。胡桃が分かってくれて」
「いや、こんなの毎日見せられたら誰かに話したくなるよ~。てか、三葉ってあんな顔するんだね」
「ね、意外だよね。僕達には中々見せない顔だよね」
「これは、引き続き追う必要がありそう!」
悟と胡桃は二人で相変わらずイチャイチャしながら盛り上がっていた。
まったく。昼休みくらい、落ちついて過ごさせてほしいものだ。ただでさえ、一緒に過ごす相手が落ち着きがなくてずっとそわそわしっぱなしなんだから。
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