第5話 後輩は逃がさない。せんぱい、口を開けてください

「今日のターゲットはコンビニで発売された新作スナック菓子ですよ!」


 放課後になり、いつものように校門にて甲斐甲斐しく俺を待っていた後輩は元気良くそう告げた。

 という訳で俺と彼女は現在学校最寄り駅前にあるコンビニへと来ている。

 全国どこにでもあるコンビニと変わらない内装。雑誌コーナーを物色しつつ、先にお菓子コーナーへと向かった森下の後を追う。


「うむむむ……」


 森下はアゴに手を当て、考える人のポーズに似た格好で真剣に唸っていた。


「なに、お婆ちゃんみたいな悩み方してるんだよ」

「酷いですー。私まだ、お肌ぴちぴちです」


 もっちりと柔らかそうな頬に自然と視線が引き付けられる。

 触れてみたい。しかし、頭と違って肌に直接触れるのは流石にダメだ。付き合ってもいないのにセクハラで訴えられたくはない。


「まだ、15だっけか。若いな」

「せんぱいとそう変わりませんよ」

「いや、最近よく腰が痛くなって」

「それは、せんぱいが猫背だからですよ!」


 しっかりしてください、とでも言いたいように背中を容赦なく叩かれる。いったい!


「手加減を覚えような」

「私の相手は世界です。手加減なんて出来ません」

「横暴か。世界を滅ぼす大悪魔にでもなるつもりか?」

「良いですね、それ。もし、そうなればせんぱいだけはお情けで助けてあげますよ」

「その後、こき使う予定なんだろ」

「そ、そんなことないですよ~?」


 視線を泳がせる森下にため息をつく。

 あれ、よく考えたら今とそう変わらないんじゃないか?


「で、何を見てたんだ?」

「あ、そうだ。見てくださいよ、これ」


 彼女の視線を追うとその先には二種類のスナック菓子が置かれてあった。

 袋にはでかでかと新発売と書かれている。

 因みに、味はイチゴ味とアップルパイ味で食べないでもどちらも不味いだろうことは分かる。気にもなるけど。


「酷くないですか、これ。同時発売だなんて聞いてないです!」

「誰も言ってないからだろうな」

「この業界、強敵認定しないとですね」

「同意を求められても困る」


 森下がいったいどういう考えで世界を征服したいのか。

 独自で考えたルールらしきものに何があるのか。

 それを俺は少しも知らない。


 正直、知りたいとも思っていない。知っても知らなくても一緒にいるのだから意味がないのだ。


「うーん、どっちを食べましょうか?」

「両方で良いんじゃないか?」

「ダメです。二ついっぺんなんて太ります」

「そんなこと気にしてるのか?」


 まだ衣替えの季節ではないからはっきりとは分からない。けど、入学式で見た彼女の足は覚えている限り、無駄な肉なんてなくてほっそりとしていた。今はタイツのせいで生足を拝見できないので詳しくは分からない。

 それに、彼女は身長も低い。小さくて可愛い。まだ中学生と言い張っても通じると思うレベルだ。


 確かに、そんな彼女が少しふくよかになれば可愛さが少々失われてしまうかもしれないな。そうなれば、新しく丸っぽくて可愛いってなるだろうけど。


「心配いらないと思うけどな」

「……せんぱい? どこを見てるんですか?」


 おっと。ささやかな膨らみについつい視線がいってしまっていた。毎昼休み、あれだけおかずをかっさらっていくのに栄養はどこにいっているのだろう。不思議な話だ。


「……なんだか、今。とっっっても失礼なこと考えられてる気がするんですけど」

「世の中、謎なことが多いよな……。ちょっとばかし太ると大きくなるかもしれないしどうだろう?」

「オーケーです。遺言はいりませんね?」

「ハハハ、ソーリーソーリー」

「くーーー、腹が立ちます!」


 むきになって地団駄を踏む森下。

 随分と動きやすい様子で上下に揺れる彼女は見た目通り子供っぽい。

 知らない人から見れば、お菓子を買ってもらえなくて拗ねてるって思われていそうだ。


「ふんだ。私はまだ成長期がきてないだけですー。発展途上の最中なんですー。来年にはせんぱいがびっくりするくらい成長してるんですから!」


 いつものように自信満々な姿を見せられると簡単に諦めなさいとは言えなかった。

 それに、成長は人それぞれだし希望がないとも限らない。

 俺は森下の片に手を置くと空いている方の親指をグッと立てた。


「頑張ってな(笑)」

「(笑)いりますか!?」

「で、結局どうするんだよ」

「スルー!? スルーですか!?」


 いや、そろそろ離れないと他のお客さんに迷惑だから。今は比較的に人が少なくてもいつ混雑し始めるか分からないし。


「俺としては両方で良いと思うんだけど」

「だから、両方は――」

「――片方は明日食べたら良いだろ?」


 その理由はさっき聞いた。

 だから、もういい。太りたくないっていう女の子の気持ちも分かるし。

 それなら、今日と明日に分ければ良いだけの簡単な話だ。


「……なんだよ、その信じられないものを見るような目は」

「いえ、明日も一緒に居てくれるんだと思って……ちょっと、意外でした」


 なんだよ。そう思わせるようにしたのはそっちのくせに。


「どうせ、逃がしてはくれないだろ?」

「そうなんですけどね」


 ほら、おまえだってそう思ってるんじゃないか。一緒にいるのが当たり前なんだって。

 間髪いれずに答えた森下に俺はなんとも言えない気持ちにさせられながら本題に戻す。


「で、どうする? 二日連続で同じターゲットにしていいのか知らないから決めてくれ」


 ここまでしてもダメなら片方は俺が買って数枚お裾分けでもすれば良いだろう。


「良いですよ。強敵をじっくりと征服していくのも燃える展開ですから!」


 森下は握り拳を作ると俺の胸へとこつんと当ててきた。


「普通、ここは拳同士をぶつける展開じゃないか?」

「これで、良いんですよ」

「はあ」


 よく分かりはしなかったけど、満足そうにしてるならそれでいっか。


「じゃ、俺は飲み物を見てくるからどっちか選んどけよ。そろそろ、退かないと店員さんめっちゃ見てるから」

「ほ、本当ですね。情報が漏れるといけませんし素早く決めます」


 スナック菓子に向き合った森下を残して、飲み物を選ぶ。冷えたコーラを手にして戻ると森下も選び終えたようで既にレジに並んで購入し終えていた。

 素早く決めすぎだろ……。

 急いでコーラを購入し、そのままイートインコーナーの一席に向かう。


 毎度の如く、写真を撮ってと頼まれたのでスナック菓子(ポテトチップス。味はイチゴにしたらしい)を顔の横に持ち、小顔効果を存分に発揮している森下を撮影した。

 ほんと、ちっちゃくて可愛いなぁ。

 彼女のスマホを返し、スナック菓子を撮影する姿をコーラを飲みながら眺める。

 何がそこまで楽しいのか想像もつかないけどすごく楽しそうにしているのは見ていて微笑ましい。


「あれ、開かない」


 両手に力を込めて、精一杯袋を空けようとしているが上手くいかないらしい。

 切り目から開ければ良いのにそうしないのは二人で食べることを考慮してだろう。

 そんな森下から袋を奪い取り、同じようにするとすんなりと開き、スナック菓子独特の香りが漂った。


「流石、せんぱい。男の子ですね」

「これくらいで褒められても……」

「だって、せんぱいって見るからにもやしっこじゃないですか」

「事実だけどおまえよりは筋肉あるからな」


 それに、入学式の日にあまりにも力の無さに嫌気がさしてちょっとずつ筋トレを始めてるんだ。支えないといけないものも出来てしまったし。


 森下はクスクス笑いながらポテトチップスを小さな口でかじった。パリッという心地良い音が聞こえたと思ったら。


「うげぇ……」


 すぐに苦虫を潰したような表情になり、舌を出した。


「まずい……めちゃくちゃ、まずいです」

「だろうな」

「せんぱい。コーラ。コーラ!」

「はいはい」


 小さな子供のお世話をする気分になりながらコーラを渡すと森下は勢いよくグビッと飲んだ。

 毎回のことだけどほんと気にしないよな。


「ゲホッゲホッ」

「……もしかして、炭酸苦手なのか?」


 咳き込む森下は頬をうっすらと赤くして目を泳がせる。


「い、勢いよく飲んだからですよ」

「本当か? 信じるぞ?」


 じっと疑うように見ると観念したのか両手を上げて白状し始めた。


「飲めない訳ではありません。ただ、ちょっと早かっただけです」

「ブラックに挑戦した若者か。まったく……炭酸以外に苦手なものは?」

「ありません。あと、苦手ではなく私には早かっただけです」


 頑として譲らない森下を残して席を立つ。

 オレンジジュースなら飲めるだろうと新しく買ってきたものを彼女の前に差し出した。


「ほら、お子ちゃまはこれでも飲んでろ」

「お子ちゃまじゃないです。せんぱいと一つしか変わりません」


 そう言いつつ、さっきと違って幸せそうにチューチューストロー吸ってるのはどこのどいつだよ。


 ポテトチップスを一枚掴んで口に入れる。

 うっげぇ。まずい。めちゃくちゃまずい。本来、砂糖をかけて食べるはずのイチゴに塩をかけてじゃがいもと潰したような味だ。くそまずい。開発者にどうして作ったのか聞きたいくらいだ。


「どうですか?」

「類を見ないまずさだ」


 これは、コーラを飲んで口直ししないと。ぷはー、生き返る。


「おまえの金で買ったんだし全部食べていいからな」

「なっ……この味を知って私だけを犠牲にするんですか? 正気ですか?」

「正気です。むしろ、食べ続ける方が正気じゃないだろ」

「逃がしませんからね、せんぱい。ほら、口を開けて」

「や、やめろ……」

「やめませんよ。共に逝くなら一緒です。さあ!」


 結果、無理やり壊滅的なまずさのお菓子を食べさせられたのは言うまでもないだろう。どちらが多く食べたのかも察していただきたい。


「明日、どうしましょうか?」

「再チャレンジするとか言うなら絶対帰るからな!」

「くっ……やっぱり、強敵認定しなければいけませんね」


 世の中には、まだまだ認定されていないだけで強敵がごろごろといるらしい。それは、案外身近にもいるのだと一つ賢くなれた気がした。

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