第1話 後輩は撃退される。攻めるが攻められると弱い
世の中にはコミュ力お化けモンスターが存在している。『うぇーい』なんてどこで誕生したかも分からない言葉をぶつけ合って仲良くなるなんて正気かと疑いたくなる。
別に、それが羨ましいとかはない。
仲良しの友達がいて、クラスでも浮わついた存在でもないのだから。
ただ、自分がコミュ力お化けモンスターになれるかと問われれば答えはノーである。どちらかといえば静かな部類に入るしイベント等を積極的に盛り上げたりも出来ない。
住む世界が違うのだ。
だから、そういう彼等とはあまり関り合いをもたずに生きてきた。
というのに、俺の人生はいつから変わり始めたのだろう。
「もうそろそろだね」
友人である
そうだな、と返事をしたと同時に勢いよく教室に入ってくるものが一人。
「せんぱい。せんぱい。せんぱーい!」
どたばたとまるで廊下も全速力で駆け抜けてきましたと言わんばかりの速さでやって来たのは女の子である。
彼女は自分に向けられる色々な視線を感じていないのか、気にする素振りもなく机に強く手をついた。
あぶな。弁当が落ちたらどうするんだ。
「こんにちは、
「どうもです、悟先輩」
悟に会釈する彼女の名は――
一学年下の後輩で入学式の日に出会った後輩でもある。
「おまえな、教室に入ってくる時はもう少し大人しくしろって何度も言ってるだろ」
どういうわけかあれ以降、ものすごく懐かれてしまい、まだ入学してそんなに時間が経ってないというのに毎日絡まれるようになった。
「どうしてですか?」
可愛らしく小首を傾げる森下に呆れてため息を漏らす。
「うるさいからだよ。ほら、みんな迷惑そうにしてるだろ?」
周囲を見渡すと森下も釣られて同じ動きをする。きっと、彼女の目にも見えていることだろう。様々な視線を向けられているのが。
まだ、クラスが新しくなってそんなに時間も経っていない。なのに、いきなり浮いたりしたくないし変に目立ちたくもないんだ。
しかし、そんな俺の心境も知らず、森下は豊かに笑った。
「あはは。良いじゃないですか、お昼休みなんですし」
「三日前に昼休みじゃなくても突撃してきたよな。シャーペン貸してください~って」
「もう、せんぱいったら。いくら些細な思い出も大切にしたいからって乙女すぎですよ。このこの~」
「ええい、うざったい。肩をつんつんつつくな」
森下の白くて細い人差し指を手で払いながら退ける。
入学して二週間も経ってない――ピカピカの新入生のくせにどうしてここまで物怖じせずに接してこれるのか俺には疑問だ。
コミュ力お化けモンスターは早急に対処せねば。
「ここで、ひとつ。乙女なせんぱいにお話しがあります」
「定着しようとするな。で、どうした?」
「今日も一緒に帰りましょうね」
「何度も言うけどさ、わざわざ毎日言いにくる必要ある?」
この学校は始業式の翌日から通常授業が始まり、昼休みも開始される。その前日に(強制的に)クラスを聞き出され(強制的に)尋問された俺は成す術なく、昼休みに襲来を受け、以後受け続けている。
「ありますよ。せんぱいを可愛い後輩にわざわざ会いに来させるゲスい男、として広めているんです」
「な、なんだと……?」
し、知らなかった。裏でそんな企みをされていたなんて。
「……って、ふざけたことを言うな」
「あれ、乗ってくれないんですか?」
「乗らねーよ」
「つまらないです~」
不貞腐れているものの、少しも本気でないことが俺の弁当に向けられているキラキラとした視線から感じ取れる。
「玉子焼き、いただき!」
ひょいっと指でつままれた玉子焼きが森下の口の中へと消えていく。
こいつ、本当の目的はこれだろ……!
「うひゃー。相変わらず、せんぱいの家の玉子焼き美味しすぎです!」
指をペロリと舐めながら、幸せそうに両手を頬に当てる森下。
その姿は実に可愛らしい。
確かに、森下は自分で言うように可愛らしい見た目をしている。整った顔付きの中にある年相応の幼さに低めの身長は守ってあげたくなるような保護欲に駆られそうになる。肩で切り揃えられた黒髪にアクセントとしてつけられた花の髪飾りもあざとさを感じさせずに似合っている。
おおよそ、美少女と呼ばれる部類に入るだろう。
しかし、見た目は見た目でしかならない。
一度、口を開けばきゃんきゃんと鳴き、俺の姿を見れば嬉しそうに駆け寄ってくる。
子犬だ。俺――
「せんぱいのお母様に早く挨拶したいです」
「なんの挨拶だよ……」
「もうひとつ~」
「やらんわ」
伸びてくる森下の指から弁当を遠ざける。
「一個食べたんだから満足しろ」
「嫌でーす。何個も食べたいです」
「遠慮という言葉を覚えなさい。ったく」
相手をするのをやめて最後の一つとなった玉子焼きをさっさと食べようとして、箸に挟まれた目的物が目の前でとびついてきた口の中に消えた。
「いただきっ!」
「あ、おい!」
「んま~」
二つ目の獲物を食し、至極ご満悦な森下はもぐもぐしながらVサインを見せてきた。
……こいつ、相変わらず気にしないよな。
自分の箸を見て、森下の顔を見る。
森下はニヤリと笑った。
「どや顔やめろ」
「私の勝ちです」
「勝負してない」
「負け惜しみですね」
自分だけが気にするのも無性に悔しくて気にせず食事を再開する。
「せんぱい、喉渇きました」
「なら、もう戻れよ。お茶はやらんぞ」
「せんぱいのケチー」
「いい加減にしないとぶつ」
「きゃーっ」
小さく手を上げると森下から楽しそうな悲鳴が上がる。俺がそんなことしないと思いきっているらしい。
その通りだけどなんか悔しい。
「ま、せんぱいをからかうのもこれくらいにしてあげますか」
「早く戻れ。おまえがいると落ち着いて弁当も食べられない」
「嬉しくて楽しい、の照れ隠しなんですよね。可愛いです、せんぱい」
一体、俺のどこを見てそんな感想が出てきたのだろう。本気で分からない。眼科に連れてった方がいいのかな。
「あのな、可愛いって言葉は誰のためにあるのか知らないのか?」
「どういうことですか?」
俺はスマホを取り出してカメラを起動させる。自撮りモードにして、森下に画面を向けた。
森下は困惑した様子で「ポーズでもとればいいですか?」なんて言っている。
「じゃなくて。可愛いって言葉はそこに写ってる子のためにあるんだよ」
「……っ!」
みるみる内に森下の頬が白色から桃色に変わっていく。
「おやおや、両手で頬を隠してどうした?」
「べ、別に。頬っぺたの柔らかさを堪能してるだけですけど?」
「ふーん」
「に、にやにやするの禁止です。気持ち悪いですよ?」
段々、言葉にトゲが出てくるが口調は弱くなる一方で全然刺さらない。
どうせなら、間抜けな顔を撮影しておこうとパシャリと森下の姿を記録に残した。
うん、なかなか上手に撮れた。これも、付き合わされて身に付いた力かな。
「し、失礼しますー!」
居たたまれなくなったのか、森下はさらに頬を赤くして逃げていった。
ふう、やっと静かになった。彼女の写真は一応保存しておこう。また何かに使える時がくるかもしれないし。
「凛々花ちゃんってどうしてああも極端なんだろうね」
俺と森下のやり取りを可笑しそうに見ていた悟が呟くように漏らした。
彼女はよくからかってくるくせに少し言い返すだけで頬をさっきみたいに赤く染める。強気でいるくせに耐性はないようなのだ。
「まだまだ、子供なんだろ」
だから、高校生にもなってあんなパンツをはいてるんだろうし。まあ、今もはいているかは知らないけど。
「ん、どうした?」
適当に答えたら悟は小さくクスクス笑っていた。
「いや、ごちゃごちゃ言うけど三葉は優しいなと思って」
「は、俺が優しい?」
「うん、優しいよ。だって、凛々花ちゃんのためにいっつもお弁当残してあげてるでしょ?」
悟の目が中身が半分以上詰まった弁当箱へとそそがれる。俺は隠すようにして、体でおおった。
「そ、そんなことねーよ」
「誤魔化さなくていいよ。凛々花ちゃんがどれを食べるか分からないからおかず全種類残してあるでしょ?」
「ち、チガウヨ?」
「なら、これは? 凛々花ちゃんが来るまで二十分はあるよね。去年までの三葉なら余裕で完食してたと思うけど」
「……今年からは母さんに感謝してゆっくり食べようと思ったんだよ」
「ふーん」
「に、にやにやするのやめろ。気持ち悪い」
「ひどいなー」
悟は全てを分かっているような優しい視線を向けながらにやにやにやにやしている。
でも、違うから。本当に違うから。餌付けしようとかこれっぽっちも思ってないから。
「お幸せにね」
「幸せも何もからかわれてるだけだから」
「満更でもないでしょ?」
「俺、Mじゃないから!」
強く言い切ってから弁当を急いで食べる俺を悟は生暖かい目で眺め続けていた。
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