ちっちゃくて可愛い後輩と両想い~お互い気付かず、征服し合う~

ときたま@黒聖女様3巻まで発売中

プロローグ 後輩は叫んでいた。世界を征服してやると

 春は出会いの季節というが運命の出会いがあるわけではない。確かに、人と出会う時期ではあるし、もしかしたらその中に運命の相手がいるのかもしれない。

 でも、大抵は赤の他人。しょせんは顔見知り程度の相手でしかない。

 だからもし、衝撃的な出会いがあればそれはきっと神様が仕掛けた運命……あるいは、偶然に近しい奇跡というべきだろう。


 ま、そんな出会いは現実には起こり得ないことだが。



 四月初旬のある晴れた日。

 桜が舞い散る歩き慣れた通学路を重い足取りで歩いていた。出るのはため息ばかり。


 今日は高校の入学式が行われる。

 本来、始業式は明日で今日は春休みの最終日。そんな大事な日に何をしているのかというともうすぐ終わるであろう入学式の後片付けを手伝うことになっているのだ。


 ――大したことはないからお願い。

 修了式の日、担任の先生から手を合わされたことを思い出す。


 あの時、ちゃんと断っていればなぁ。今頃はベッドの中で夢の世界に浸れたってのに。


 そんなことを考えながら、豪華に彩られた正門を通り抜ける。すぐそこで新入生ではないことを生徒手帳で先生に証明しながら、自分の入学式を思い返した。

 特別な思い出は特にない入学式。それから一年後、当時よりも記憶に残るであろう入学式を過ごすとはなんとも言えない気持ちだった。


 そのまま体育館裏へと向かう。

 道中、たくさんの新入生とその保護者が目に入った。新入生は緊張している顔つきでぎこちなく歩き、保護者は先生の案内に従って着いていく。


 そんな姿を見ていたから体育館の中に置かれていた大量のパイプ椅子を見ても特に文句は出なかった。

 後片付けといってもこの椅子を元の場所に戻すだけでいいらしい。


 俺以外の各クラスから選ばれた生徒や生徒会の人、先生達と一緒になって椅子を片付ける。

 折り畳んで運んで、折り畳んで運んで。

 季節的には暑くない。だが、普段からあまり運動しない体からは夏場のような汗がとめどなく溢れ出てくる。


 ああ、本当に断ればよかった。

 腕を痺れさせながら、心の底からそう思った。



 後片付けを終えると先生達がジュースを用意してくれていた。

 大抵の人は苦労しない労働の労いのつもりだろう。ありがたい。ゴクゴクと一気に飲むと冷たい水分が体の中を巡るのが分かった。


 生き返る。工事現場で働く人の気持ちがほんの少しだけ分かった気がするな。大変だ、大変。お勤め、ご苦労様です。


 先生達も一息つきながらなにやら話していた。その中には、俺をこんな場違いに召集した張本人の姿はなかった。きっと、明日発表される新しいクラス表に彼女の名前はないんだなと察した。

 となれば、本当に関わりがある人がいなくなる。自由退室ということでとっとと帰ることにした。


 教室を出て、廊下を歩いて正門を目指す。

 そこには、各教室でのやり取りを終えた新入生と保護者が群れをなして溢れかえっていた。

 みんな、入学記念の写真を撮っているようで楽しそうな声がどこからともなく聞こえてくる。


 去年、母さんと同じことをしていたことを思い出しながらポケットに手を突っ込んで違和感を覚えた。

 あれ?

 中身を取り出して確認してみる。スマホとイヤホン、ハンカチが出てきた。

 生徒手帳がない。

 どれだけ確認してみても生徒手帳だけが出てこなかった。


 記憶を掘り起こす。確か、正門を通った時はあった。確認してもらったんだから。ということは、それ以降のどこかで落としたということか?


「……マジか」


 生徒手帳には色々な役割がある。大して使ったことはないけど、ないとなると不便だ。何より、失敗した顔写真を見知らぬ誰かに見られるのは勘弁してほしい。


 さっきの教室に急いで戻った。まだ残っていた生徒や先生に生徒手帳を見なかったか聞いてみるも首を横に振られる。

 そうなると残りは体育館しかない。

 急いで体育館へと向かった。今日は、午後から女子バレー部が練習に使用するらしい。

 なんとしても、その前に見つけ出さなければ。


 体育館には入り口が二つある。

 いつもみんなが使う方の表口とあまり使われない方の裏口。今日は裏口の方から入るように言われていたので自然とそちらの方に足が向く。

 一応、体育館裏までのどこかに落としていないかを確認しながら角を曲がればすぐそこだという時だった。


「あーーーっはっはっはーーー!」


 どこからか、まるで悪魔のような――それでいて、とても透き通るような声が耳に届いた。

 俺の探し方が変で笑われたのかと思い、振り返るもそこには誰もいない。

 ゆっくりと体を校舎で見えないように隠しつつ顔を覗かせる。

 すると、裏口へと続く広がった道に一人の女の子がいた。後ろを向いていて顔は見えないがスカートをはいている限り、女の子で正解だろう。


 ここで、一つの考えが脳裏をよぎった。


 ま、まさか……あの子は女子バレー部の部員で俺の生徒手帳を拾って、失敗した顔写真が滑稽すぎて笑ってる……?


 ぶわっと体から変な汗が出た。

 どうしようかと考えてもいい答えが浮かばない。おずおずと姿を出して返してもらおうか。いやいや、それは気まずい。もし、同学年で明日同じクラスになってたりしたら登校拒否したい。


 にゃー。にゃー!


 ……ん、にゃー?


 よく見れば、女の子に前に一匹の野良猫がいた。


「そう泣いても逃がさない。おまえには私の勇姿を見届ける義務があるんだから!」


 意味が分からなかった。何がって全部だ全部。言ってることも野良猫を相手にしていることも。


「私は必ず世界を征服する。そのためにもまずはこの学校から征服する!」


 変なポーズを野良猫相手に決める女の子を黙って眺める俺の気持ちを理解していただけるだろうか。

 無理だと思う。逃げたくてしょうがない。


 ど、どうすればいいんだろう。何も見てない聞いてない風を装って通りすぎればいいのか?


「あ、ちょっと待っ――」


 考え事をしていて、判断が鈍っていた。

 我慢の限界に達したのであろう野良猫がこちらに向かって逃げてくる。

 その流れに便乗して振り返った女の子から俺も逃げればよかったのに体が一歩も動けなかった。


 女の子とばっちり目が合った。

 可愛い女の子だった。付け加えるなら、胸に新入生の証である造花をつけた、小さな可愛い後輩だった。


 思わず、見惚れてしまっていると女の子の頬がみるみる桃色に染まっていき――


「で、出てきてください!」


 逆ギレのような怒鳴り声でそう叫んだ。

 どうやら、顔に似合わず性格は可愛くないようだ。


 ここから、立ち去ることも出来ず、両手を上げながら校舎の影から姿を出した。

 何か言いたそうに口をパクパクさせている後輩。自分の中で整理がつかないのか顔を輝かせたり悩ませたりしている。


 その姿がおかしくて思わずくすりと笑ってしまうと後輩はきっと睨んでみせた。


「わ、笑わないでください!」

「何も見てないから安心しろ」


 ちょっと、頭がおかしくても俺には関係ない。学年が違うのだから今後関わることもない。誰かに言い触らす気もないし高校生活に干渉する気もない。


 俺は早く生徒手帳を見つけて帰りたいだけだから、ごっこ遊びはその後に何時間でも自由にしてくれ。


「何も言ってないのに見たなんて言葉が出てくるのは変です!」


 指をびしっと向けられる。

 まるで、名探偵に犯人だと名指しされたみたいだ。


「高校ならまだしも……世界を征服するのに制服着たままは難しいと思う」

「……っ!」


 正解を当てられているのだから素直な忠告を述べてあげると後輩はますます恥ずかしそうに頬を染めた。

 さて、ぴくぴくひきつってる間に――。


「私は……私は、必ず世界を――」


 野良猫に聞かせた決めゼリフでも言おうと思ったのかどうかは最後まで聞けなかったので分からない。

 突然、吹き荒れた春風が彼女のスカートを捲り上げ中から可愛らしいクマさんが出現した。


 慌ててスカートを押さえる後輩は既に泣きそうになっていて――。

 まったく、誰がこんな出来事が起こると想像しただろうか。

 入学式はつまらないもの。特別なことは何も起こらない。自分の時はそうだったのに、一年後に当時よりも記憶に残ったであろう入学式を過ごすことになるとは人生とは分からないものだ。


 もし、これ以上の衝撃的な出会いがあるとするならばそれはもう神様が仕掛けた運命。

 でも、きっと後にも先にもこれ以上の出会いは起こらない。偶然が重なって出来た、奇跡みたいな出来事なのだから。


 とにもかくにも、こんなへんてこな出会いが俺と後輩の出会いだったというわけだ。

 あ、泣き出してしまった。

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