第2話 間違いなく君だったよ : 彼の話

 規則正しい寝息の隣で、小さく息を吐く。

 夕飯を食べて一緒に片づけをして、だらだらぽつぽつと話して、交互に風呂を浴びてはまただらだらぽつぽつと話して、そのうち電池が切れたように突然に寝入る。しばらくしてから抱え上げて布団に入れ、隣に潜り込むまでが毎回のルーチンだ。

(いい加減、することしたいんだけどなー)

 このままでは、そこまでたどり着く前に天寿を全うしかねない。それは困る。非常に困る。

 そろりと布団を抜け出して、ローテーブルの足元に置いていたボディバッグを背負う。

 目を閉じればそこは、明かりの消えた自室。

 ふう、と大きく息を吐いて、座り込む。

 少しは寂しいと、思ってくれているだろうか。そうであってほしい。

 頭を撫でようと手を上げれば怯えられ、話に盛り上がって声が大きくなればそのうちにやはり怯えられ。どちらも大袈裟に怯えられるわけではなく、少し表情が強張るとか、その程度。その程度、ではあるのだ。

 習い事で一緒だった彼女とは、彼女が中学入学後、部活を初めて習い事を辞めてしまって以来、疎遠になっていた。それでも広くて狭い地方都市のこと、親同士の付き合いは何かと続いていたのを知っていたのでそれとなく母親に水を向けてみたのは、彼女の家を初めて訪れてから2ヶ月が経った頃。それまでにも既に何度も訪れてはいたものの、彼女の口から聞けないのであれば、と、知りたい、を行ったり来たりして、結局、知りたい、が勝ってしまったのだった。

(だってあのとき僕を呼んだのは、間違いなく君だったよ)

 仕事が思うように進まず、飲み会も1次会で抜けます、と宣言して夜の街をひとり、歩いていたのだ。それなのに気がつけば見知らぬ部屋にいて、見知って知らない彼女がいた。未だになぜあのときわかったのかはわからない。

 それでも、彼女を見て思ったのだ。

 呼ばれた、と。

 こざっぱりと整えられた身なりのなか、疲れ切ったその顔を見て。

 こちらを目にして動いたその唇を見て。

 きっといつかその日がきても驚かないように、と幼いころに聞かされていた、「跳ぶ」感覚は、そのときはじめて知った。知ってしまえばそれまでのこと。二度目からは自室から跳んできて、跳んで帰るようになった。彼女が寝ているうちに帰ることが多いが、たまに彼女を見送ってから帰ることもある。合鍵は預かっていないし、靴も履いていないので、彼女はこちらが常ならぬ方法で訪れるだけでなく、それで帰っていることを知っている。

 それでも、彼女はこちらには何も訊かない。その代わりに、彼女も語らない。それは少し気が楽で、苦しい。

 離れても一向に収まらない熱が籠もる身体を抱いて、今日も眠れない夜を過ごす。

 

 

 

 初めて玄関から訪れた彼が、彼女を連れ出して揃いの指輪を身に着けるようになるのは、それから数年後のお話。

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