最果ての未来
草木を掻き分け、山の中を走っていると段々と金属がぶつかり合う戦闘が勃発していると思わしき音が聞こえてきた。
「あれは!」
突風が吹き、目に砂埃が入らないように配慮しつつ空を仰ぐと龍が泳いでいた。
身体中に金属のような装甲が取り付けられ、重々しい身体をうねうねとさせて濁った空を飛んでいる。目は赤く光って、私を睨みつけている気がした。
間違いない。あの龍は私と玲奈ちゃんを襲った。私にとって因縁の相手でもある龍だ。
「来たか!」
「骸!」
「早速だが頼みがある。あの龍に致命傷ではくらいのダメージを与えたいんだが、中々上手く出来なくてな。俺がやってしまうと殺してしまいそうで怖い。手伝ってくれないか?」
龍の身体は鎧を着ているようになっているが、胴体のうねる部分、つまりは関節部分からは素肌が見えている。そこを骸は攻撃したようで無数の傷が出来ているが、大きなダメージにはなっていないのだろう。その証拠に龍は優雅に空を飛んでいる。
『あれを使ったらどう?』
『あれ?』
『まだ一枚カードが残っていたでしょう?』
『あ……』
そうだ。私にはまだカードが残っていた。あまり使ってこなかったので忘れかけていたが、最初に迷い込んだ鏡結界。虫のような怪物のカードが残っている。
私はそれを取り出すと迷わずに刀の側面に通した。
『scan』
カードの効果は何なのか? カード自体には文字が書かれていないが、感覚的に分かる。例えるなら脳にインプットされているようだろう。そして、このカードで龍にダメージを与えることが出来る。
「私がやります。援護をお願いしてもいいですか?」
「分かった」
骸の了承を得ると私は足に力を入れて、大空へと跳んだ。
嵐が近づいているようで天候は荒れ、雨がぽつぽつと降り始める。だけど雷はなく、風はさほど強くも無い。少し奇妙さを感じる天気だろう。
「はぁっ!」
私は雲の中を行ったり来たりと、優雅に歩いている龍に急接近。手には刀を力強く握り、その刃には紫色の液体が垂れている。
「グギャアアアアア!」
龍は私が攻撃を仕掛けてくるのを分かっていたのだろう。方向転換をすると口を大きく開けて、私を食べようとしてきた。
私は未だに高度を上げており、空中では大きな回避行動は出来ない。精々、身体を捻る事くらいが限界なのだが、私は冷静だった。
何故なら、私には仲間がいるのだ。
ガギィィッ!
頭に響くような大きな金属音が鳴った。それは骸が大剣で龍の頭を叩いたからであり、あまりの衝撃に龍はバランスを崩した。
今がチャンスだ。
私は刀を、龍の胴体の隙間に振り下ろした。そして、そのまま落下していく。
手応えはあった、この目で斬る直前を目撃し、何なら傷跡も見た。軽傷みたいになっていたが、果たして龍はどうなった。
「よし……」
私の思惑通り、龍はダメージを負ったようで空中をおろおろと漂っている。見るからに苦痛に満ちた顔をしていて口からは血を流していた。
「何をしたんだ?」
「ちょっと毒を……」
真横に着地して、聞いてきた骸に種明かしをした。
私が使ったカードの能力は毒であり、だから剣には紫色の如何にも危なそうな液体が垂れていたのだ。
それにしても良かっただろう。正直、一か八かで毒を使ったが、もしかしたら龍が力尽きてしまう可能性もあった。
『やったじゃない。偉いわ』
『えへへ……』
って、褒められてにやけている場合ではないだろう。
龍は毒の所為で、今にも倒れそうになりながらも何処かへ逃げていく。その先に鏡結界があるという事だ。
「追うぞ」
骸の一言で、私たちは龍を追いかける。
龍が逃げている方向は南。ひたすらに南であり、曲がる様子も無い。そちらに鏡結界があるというのは確かだが不思議だろう。
「この先は海だよね? 鏡なんか無いと思うんだけど……」
私の疑問に誰も答えることはない。それもそうだろう。骸、玲奈ちゃんも、誰も龍の考えを知らないのだ。
やがて山を出て、広がっているのは大海原。
私たちは崖の上に立ち、空に漂う龍を見つめる。もしかしてこのまま海を越えて行ってしまうのか? そう不安に思ったが、どうやら違ったようで龍は大海原の上に円を描くように彷徨っている。
「一体、何処に鏡結界が……」
「あれ!」
私は海を指した。
そこには渦潮のような物があり、段々と大きくなっていく。そう、あの渦潮のような、ブラックホールのような禍々しいものは鏡結界だ。
「ど、どうして海に鏡結界が!」
鏡結界は鏡と付く事から鏡にしか発生しないと思っていた。だから龍が住む鏡結界も鏡で溢れる街中にあると思っていた。
しかし、それなら目の前の鏡結界はなんだ? 明らかに海から発生しているもので、その大きさ変幻自在にように見える。
『今までの相手とは違う。私たちの常識は通用しないようね』
玲奈ちゃんの言葉に、私はゆっくりと鏡結界へと逃げていく龍に注目する。
これは龍の目計画によって作り出された人為的な物。だから今までとは違い困難だと判断し、気を引き締めた。
「鏡結界が閉じる。行くぞ!」
「はい!」
龍の姿が完全に見えなくなると鏡結界は段々と収縮されていく。恐らくは消えてしまうのだろう。だから今まで、この鏡結界を発見できなかった訳だ。
そう納得をして、私は鏡結界へとダイブした。崖から飛び降りた感じなのでちょっと怖かったが、玲奈ちゃんに意識を向ける事によって何とか割り切った。
視界がぐるぐるとして、あの気持ちの悪い感触に身体はぞわぞわとする。それはいつもよりも激しく、思わず嘔吐しそうになったが何とか我慢していると視界が開けた。
「此処は?」
鏡結界の中。それは分かるのだが、今までとは違った雰囲気の世界観に私は唖然としてしまう。
周りには何もない無。視界の果ては微かに光っていて、地面には灰色のタイルがぎっしりと敷き詰められている。まるで人為的に作られた別世界のようだろう。
「……ってあれ?」
次の瞬間にはその光景は一気に変わった。刹那という言葉が相応しいほどに、予兆が一切見られなかった。
無機質な空間から、自然溢れる森になり、私は瞼を擦る。
先程の空間は私の幻だったのか? 確認しようかと思ったが、それよりも先に骸が口を開いた。
「あれを見てみろ」
促され、私は顔を上へ向け、目を疑った。
そこには先程の龍を含めた、色とりどりの無数の龍が飛び交っていた。
こんな何もない所にいて、食事はどうするのだろう? とは思わず、この時の私は絶望を味わった。
苦戦していたあの龍はヌシではなく、使い魔だったのだ。その証拠に真上には龍。そして、その龍たちは私に敵意を向けている。
「使い魔を倒すぞ。そしたらヌシが出てくる」
「う、うん」
私は同意して、刀を構えた。
しかし、心の中では何処か自信を無くしていた。手は震え、刀は定まらない。トラウマにもなっている龍が沢山いて、ぎらぎらとした赤い瞳で睨みつけてくるのだ。
怖い。ただ怖い。本当に生きて帰られるのか? 使い魔の龍よりも遥かに強いであろうヌシを倒す事が出来るのか? 不安で押しつぶされそうだ。
『落ち着きなさい。貴女なら出来る。私が保証する。自信を持ちなさい』
『玲奈ちゃん……』
心の中に響く玲奈ちゃんの応援。
そうだ。私の中には愛する彼女がいる。こんな所で負けてられない。怖気づいていられない。何としてでもヌシを倒さないと、力を手に入れないといけないのだ。
何とか気を保ったが、だからといって現実は変わるわけではない。
既に骸は戦いを始めているが、苦戦を強いられている。今まで溜めてきたであろうカードを使用しているようだが、生憎数が違う。龍の一体一体が普通のヌシと同じ力を持ち、空を飛んでいるのだ。此方には不利な要素しかない。
『でも、このままでは不味いわね。アクセラレーターを使いましょう』
『そうだね。分かった。一網打尽にするよ!』
アクセラレーターを使うと筋肉痛が起き、今後の戦闘で支障が出てしまう。だけど出し惜しみしている場合ではないだろう。
私はイデアを操作してアクセラレーターを使用した。
『fusion』
大好きな彼女との一体感に、身体の奥底からみなぎってくる力。これから激しい戦闘が予測されるというのに、心地よくて感情は大空のように澄んでいて冷静だ。
「玲奈ちゃん!」
『ええ! 行きましょう』
私は長くなった髪を片手で梳いて棚引かせると地面を蹴り、骸を追いかけるように空へと飛び出た。
やはりアクセラレーターは偉大だ。今の私は世界がスローモーションに見え、それは以前以上だ。恐らくは私と玲奈ちゃんの絆が着実に深まっているからだろう。
「やぁっ!」
私は一体の龍の首を撥ねると、そのまま絶命した龍を土台にしてジャンプ。更に別の龍に飛び乗って首を斬った。
アクセラレーターの効力が続く限り、私は延々とそれを繰り返す。もっと纏めて殺せるような術があればいいのだが、無い以上地道に倒していくしかない。
「はぁっ! やぁっ! ッ!」
段々と息が途切れてきて掛け声に覇気も無くなってくるが着実に一体、一体倒していく。
龍の赤い返り血で手元がぬるぬるとして、刀がすっぽ抜けそうで怖かった。
「ふぅ……」
一通り空中にいる龍を倒し終わった私は華麗に地上へと戻る。
空を仰いでみるともはや龍は一人も飛んでおらず、私は刀に付着した血液を振り払った。
「すまない。助かった」
何も出来なかった事を悔やんでいるのか、骸は少ししょんぼりとしているような気がするが、私は励ます事が出来ない。何故なら、それよりも先にとある事が気になったのだ。
「次は砂漠か……」
「そうですね。どうやら場所が変わるようです」
やはり先程の光景が変わった。あの違和感は勘違いではなかったようで、私は周りを見回した。
至って普通の砂漠だ。私が蛞蝓のヌシと戦った鏡結界と似ているだろう。
色んな分析をしているとまた景色が変わった。どうやら不定期に場所が変わるようで、今度は火山のような場所で蒸し暑い。地面はごつごつとした岩ばかりで、所々で溶岩が噴き出している。
『出てきたわよ……あれがヌシのようね』
『え? 一体何処に……』
玲奈ちゃんの言葉に私はヌシの姿を探すと、突然地鳴りがした。
それはどんどん大きくなっていき、少し離れた所にあった溶岩の溜まり。大きな池のようだったのだが、それは膨れ上がっていく。
「え、えぇ……」
そして、そこから姿を見せたのは巨大な龍。といっても今までの龍とは違い、空を飛ばないが身体がとても大きく、胴体からは八つ首が伸びて顔があった。
まるで伝説上の生き物のヤマタノオロチを彷彿させるヌシの登場に私は刀を強く握る。
正直、アクセラレーターが切れたので反動で身体が物凄く痛い。その上、相手は今まで最大の敵であり、勝算は絶望的。
「ウガァァッ」
龍の頭の内、一番端っこに生えた頭が口から火炎放射のような光線を撃ってきた。
咄嗟に私と骸は避けたが、元の位置にいたら危なかっただろう。地面は抉れ、火がついてしまっていた。
「うぅ……痛い……」
回避行動を取っただけでこの体たらく。身体中が筋肉痛で精々歩く事くらいしかできない。
「お前は休んでおけ。後は俺がする」
私にこれ以上は負担を掛けないためか、それとも先程の遅れを取り戻したいのか、骸は一人で戦うというが無茶だろう。
いくら骸が強いとしても、単純に力が違う。龍は大袈裟にいうと山のように大きく、骸はただの人間なのだ。カードをいくら使ったとしても、その力の差を覆す事はできない。
『どうするの?』
聞いてくる玲奈ちゃん。いつものように助言はくれず、ただ私の指示を待っている。
『もう一度アクセラレーターが使うよ』
私は間髪入れずにそう言った。
デンさんによるとアクセラレーターは連続使用できない。それは身体に害を及ぼすからなのだが、そんな事を気にしている場合ではないだろう。
目の前のヌシを倒すには、もうアクセラレーターしか思いつかない。
『その身体では無理よ。それに使ったとしても勝てるかどうか分からない』
何故か玲奈ちゃんは私の考えを否定してくる。それもそうだ。きっと玲奈ちゃんも自信がないのだ。
所詮、完璧と言われた玲奈ちゃんも人間であり、弱音を吐いた。ただそれだけであり、私はあまりの珍しさに思わず微笑を零した。
状況にそぐわない表情。玲奈ちゃんはただ黙り、私の様子を窺っている。
「ねぇ……これが終わったら伝えたい事があるって言ったけど、やっぱり今にする。だから私の前に現れてくれないかな?」
私のお願いに玲奈ちゃんは姿を現した。
伝えたい事とは告白であり、気が変わったのだ。何故なら、もしも私が死んでしまったら、もう伝えられない気持ち。そして、それを今打ち明ける事によって玲奈ちゃんとの絆が深まり、戦力アップに繋げられる。
最悪の場合は逆にダウンしてしまうが、今の私にフラれるビジョンは見えない。
「玲奈ちゃん……ずっと……ずっと……」
目の前で真剣な表情を浮かべている玲奈ちゃんを見ていると心臓が高鳴り、頭がぼーっとする。
私、本当に今から告白するのだ。もはや後の事は考えられず、ただ気持ちを伝えたい。
私の玲奈ちゃんを愛する気持ちを、純粋に。
「ずっと好きだったの! 私と付き合ってください!」
私の渾身告白。
律儀に頭を下げて手を差し出しているが、玲奈ちゃんは魂だけの存在なため掴むことができないだろう。あまりの興奮から私の頭はそこまで回っていなかった。
「無理よ……」
「え?」
「違う。今の私にはそれを受ける資格がないという事よ。だから今から私の気持ちを伝える。だから顔をあげなさい」
玲奈ちゃんの言葉に私は顔を上げる。
そこには頬を赤く染めている玲奈ちゃんがいたが、ごほんっと咳払いをして、いつもの凛々しい表情に戻った。
そして、私の目を見て、ゆっくりと語り始めた。
「文音が私の事をそういった意味で好きになってくれているのは知っていたの……」
「え? 本当?」
玲奈ちゃんの告白に私は耳を疑った。
何故なら、私の中で玲奈ちゃんとは私の好意に気がつかず、私が玲奈ちゃん以外の誰かを片想いしている勘違いするほどの鈍感。私の事を友達だと思っていて、それ以上の感情は抱かない冷たい人。ずっとそう思ってきた。
「でも、文音は同性である私と付き合うべきではない。だから貴方からの好意をできるだけ受け取らないようにしていた。だけど、無理だった」
「玲奈ちゃん……」
「完全に無情にはなれなかった。本当なら貴方から縁を切ればいい話なのに、私は貴方を束縛した」
「そんなことないよ!」
「いや、そうよ! ……実はね、文音に人が近づかないように仕向けたのは私なの。私が貴方を独り占めするために、周りを威嚇したのよ……」
思い返して見ると私は玲奈ちゃん以外とは交流が無い。私が作ろうとしなかったのもそうだが、確かにクラスメイトからの視線は痛かった。特に男子たちは私に話しかけようともしなかった。
「それに私は文音の下着を盗んだり、イデアで契約した今だって、幽体なのを良い事に貴方のお風呂を覗いたりもしたわ!」
「そ、それはちょっと反応に困るけど、私は無理やり束縛されたんじゃないよ。私から束縛されたの。だから気にしないで……」
私は玲奈ちゃんの誤解を解こうと必死になった。
だって私は玲奈ちゃんの真実を聞いて、別に嫌だとは思っていない。勿論、覗きや盗みを知って、恥ずかしくて顔が真っ赤になるが満更でもないのだ。
自分の愛する人がここまで自分に愛情を向けてくれるのは嬉しい事で、幸せな事だと私は思った。
「私は文音と付き合いたい。出来れば結婚もしたい。でも、私が嫌なら遠慮なく断って頂戴……」
「もう一度言うよ。私は玲奈ちゃんが大好きなの。好きで、好きで、毎日切なくて……断る訳ないよ……」
「……本当に私で良いの? きっと文音なら将来、良い人と出会える。それなのに私なんかで……」
「なんかなんて言わないで、私は玲奈ちゃんがいいの。それ以外は何もいらない……」
その私の言葉で一区切りがつき、私と玲奈ちゃんは見つめ合う。
本当なら此処でキスをしたい。抱き締め合って愛を確かめたいところだが、生憎そういう状況ではないのだ。
「これで私たちは恋人同士だよね?」
「そうね……嬉しいわ……」
「私も……」
さて、これで思惑通りに進み、ついでにずっと願っていたことが叶ってしまった。これで私の力は上がった筈だ。
「キスしてもいいかしら?」
「え、えぇ! い、今はそんな状況じゃ!」
奮闘している骸を見て、私も加勢しよう。
そう思っていると玲奈ちゃんがキスをせがんできた。それは私もしたいところだが、さっき諦めたばかりなのだ。だからそんな真剣な目で見られると決心が揺らいでしまう。
「文音……」
「れ、玲奈ちゃん……んん……」
玲奈ちゃんは容赦なく私に近寄ってくると、奪うように唇を奪ってきた。
その略奪的な勢いに私は戸惑いつつも、直ぐに受け入れ、自分から玲奈ちゃんを抱き締める。すると直ぐに玲奈ちゃんは私の口に舌を忍ばしてくる。
「文音ぇ……んちゅ……」
卑猥な音をたてて、私を貪る。まるで極上の肉を食べるかのように、何度も私と舌を絡め合わせる。
この時の私はあまり幸せから現実が見られていなかったが、可笑しいだろう。何故なら、玲奈ちゃんは霊体。つまりは肉体がないわけで、今まで触れることが出来なかった。
しかし、今の玲奈ちゃんはしっかりと触れることが出来て、体温も普通にある。私を焚きつけるような甘い匂いもして、とても魂だけとは思えない。
理屈を考えればきっと私と玲奈ちゃんのリンク率が上がったから、と推測が出来る。だけど実際の所はこれを書いている今でも分からず、ただ奇跡だったとは言えた。
暫くそんな最高潮な幸せを堪能していると玲奈ちゃんの身体に不思議なことが起きた。
なんと蛍のように緑色の光に包まれたと思えば、強制的に私の中に入ってしまったのだ。
突然の事、それと今まで幸せに浸っていた所為で反応が遅れてしまったが、私はすぐに自分の身体の異変に気がついた。
「力が湧いてくる……」
筋肉痛で重たかった身体が嘘のように軽くなり、身体の奥底からは今まで体験したことがないような圧倒的な力が溢れてくる。
「うん。玲奈ちゃん、分かっているよ……」
ただいつもと違って玲奈ちゃんの声が心に響かないが、考えは手に取るように分かる。まるで意識に直接訴えてきているようで、寧ろ以前よりも玲奈ちゃんが身近に、いや、もはや私と一つになっていると言っても過言ではなくて、充実した安心感があった。
そんな玲奈ちゃんの意思に従って私はアクセラレーターを使用する。
『fusion』
いつもの音声が鳴り、私と玲奈ちゃんとのリンク率が深まっていく。
腰まで伸びた髪は完全に紫色になり、ラベンダー色のような深い味がする瞳は片目だけだったが今は両目に。それだけでも以前よりもリンク率が高い事を示しているが、まだ私の身体は変化する。
「あ、盾が左手に……」
オレンジとパープルが混ざり合ったような盾は質素な物ではなく、綺麗な赤色の石が嵌め込まれており、玲奈ちゃんや私のイメージにピッタリ。そんな盾が左腕にがっちりと固定され、次に異変があったのは背中だ。
蛹が蝶に進化する時、固い殻から出てくるのは羽。私の背中からは正にそれのように翼がゆっくりと生えた。鳥のような翼ではなく、まるで力が具現化したかのような綺麗な翼だ。
私は迷わずにその翼を羽ばたかせ、骸の援護に向かった。
「お、お前! その姿は!」
私の存在に気がついた骸はガラでもない驚き方をしている。
正直、面白かったが笑っている場合ではなく、私はヌシを睨みつけた。
「さっきから攻撃を仕掛けているが、全く歯が立たない。何か威力の高い攻撃手段があればいいんだが……」
私の変わりようにこれ以上ツッコむ事無く、敵の攻撃を躱しつつ状況を教えてくれた骸。一方、私はというと回避せずに盾でガードする。
ヌシの身体には幾つもの切り傷がある。それは骸がつけた跡だろうが、正直ダメージになっていない。あのヌシの身体は巨大なので、骸の大剣の攻撃もきっと虫刺され程度なのだろう。
「鈍い……」
ヌシは骸をターゲットにして戦っているが、動きが致命的に鈍い。
八つある顔の一つ一つから光線のようなものや火炎弾を吐いてきて、その一撃一撃の威力は絶大だが、数が少ない。身体もまるで山のようにずっしりと構えているだけで、精々亀のように歩くだけ。以上の鈍さがヌシの弱点だろう。
そして、私はその弱点を突けるほどの力を持っている。何故なら、翼のお陰で俊敏な飛行ができ、高威力な一撃も放つことが出来るのだ。
負ける気がしない。玲奈ちゃんがついているので尚更だ。
「今から終わらせるから……」
この戦いに終止符を打つ。
私が鏡結界の被害者である樟葉ちゃん、玲奈ちゃん、私の家族。それだけでない皆のためにも何が何でも倒す。力を手に入れて見せる。
私は精一杯翼に力を込めると飛行して、ヌシに突撃した。
「グギャアアッ!」
不味いと思ったのか、ヌシは今更使い魔を生成して防衛を固めてくる。
再び現れた大量の龍でヌシの目の前は埋め尽くされた。このまま使い魔を蹴散らしてもいいが、量が量なので面倒だ。親玉であるヌシを倒した方が手っ取り早い。
「俺に任せろ!」
『scan』
『scan』
どうしようかと考えていると骸がカードを使い、背中から蝙蝠のような羽を生やしたかと思うと、イデアからビームのような雷を放った。それにより網のような防衛に穴が出来る。
それを見逃さない私はそこを潜り抜け、ヌシの目の前へと飛び出した。
ヌシの顔一つ一つが私を睨みつけ、威嚇しているのか叫び声を上げる。今更、そんな事に怖気つく私ではなく、刀に力を注ぎこむ。
「一撃で終わらせる!」
それは玲奈ちゃんの意思でもあり、私の意思でもある。
身体中に駆け巡っていた力を一点集中。天空を貫くかのように掲げた刀が翡翠色に輝いて伸びた。
その大きさはヌシを超え、後は振り下ろすだけでヌシは真っ二つだろう。
私は様々な想いを胸に秘めて、刀を容赦なく振り下ろした。
「グギャアアアアアアアアアアアアアッ!」
ヌシの断末魔が響き、辺りの時間が止まったかのように使い魔たちは静止する。それは骸も同じで、私はただヌシから発せられる光を見つめていた。
その閃光は真っ二つに割れたヌシから発せられており、太陽を直視しているようで目に悪い。だけど何故か見つめてしまい、徐々に視界が見えなくなった。
「此処は?」
眩しい光の所為で目が失明したか? そう思ったが、自分の身体は正常に見える。つまり、私はただ真っ暗な空間にいるという事で、私は困惑した。
ヌシはどうなった? 使い魔たちは? それに骸は? 様々な疑問が私を支配していると身体に異変が起こった。
周りの真っ暗な空間。それは闇になり、私の足元から上ってくるのだ。まるで虫のように、私の身体を侵食してくる。
怖いだろう。私もあまり恐怖に震えてしまったが、直ぐに収まった。何故なら、私の中の玲奈ちゃんが受け入れるように言ってくるのだ。
「あ、これって……」
闇は私の身体の殆どを飲み込んで、段々と視界が遮られる。どうやら闇は私の双眸に集中しているようで、私はこの闇が求めていた力だと何となく察した。
だから、受け入れる態勢に入り、心から力を迎い入れる。身体の内側から力が抜けていく感触。段々と思考が出来なくなり、ただ深海に静かのように眠気に晒された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます