朝になった。まだ五時過ぎなので辺りは仄暗いが、次第に明るくなるだろう。


 本当はもう少し寝ていない気分だが、そうはいかない。玲奈ちゃんに起こされたのだが、玲奈ちゃん曰く、そろそろ嵐が到着するらしい。実際、天候は悪くなっているので、その通りなのだろう。




「起きていたか……」




 私が川の水で顔を洗ったりと準備をしていると骸が来た。


 その表情は分からないが雰囲気からピリピリとしたものを感じられ、戦闘が近い事が分かる。




「大変な事になった。マストの連中がこの辺りに俺たちが潜んでいる事を探知しているらしい。幸いにも、まだ見つかっていないが厄介だ」




「えぇ……どうしよう……」




 マストが此処に来ていると色々と面倒だ。これから龍及び、鏡結界の探索をしないといけないのに、邪魔をされると最悪で、殺意すら抱いてしまうだろう。


 何としてでもマストの介入を防ぎたい。だけど、どうするのがいいのだろう? 何となく策は思いつくが、本当にそれが最善かは分からない。




『何か策があるなら言いなさい。ここは少しでも協力すべきよ』




『……分かった』




 本当に私の策が正しいのか分からない。それを骸に伝えるとなると不安で胸がバクバクとするが、それで諦めてしまえば今までの私。


 私は変わったのだ。いや、変わらないといけない。こんな小さな事で勇気を出せないと玲奈ちゃんに告白なんて出来ないのだ。




「私が囮をします」




「どういう事だ?」




「マストの人たちは私の方が詳しいです。だから私が相手をするので、龍の相手は骸に任せます」




「それは別にいいが、いけるのか? お前はマストの連中と親しい関係を築いていた。そんな奴らを殺せるのか?」




「いけます」




 即答をした私はその決意を見せるかのように変身をして、刀で大空を突くように掲げる。


 私は決意したのだ。こんな所で立ち止まる訳にはいかない。力を手に入れるためなら、マストの連中だって殺せる。




「……分かった。お前の作戦に従おう」




 どうやら私の意思は伝わったようで骸も変身をした。


 相変わらず体格が良くて強そうだ。敵だった時は脅威だったが、味方になるととても心強い。




「それじゃあ今から作戦開始だ。俺は龍を探す。その間にお前はマストの足止めだ……」




 それだけ言い残すと骸は近くの木に飛び乗ると消えてしまった。まるで猿のように爽快な動きに感心しつつも、私は自分の胸を触る。




『どうしたの?』




『いや、こうすると玲奈ちゃんを感じられるから、安心できるの……』




 胸を触るのはあまり関係ないが、こうして目を瞑り、じっとしていると確かに玲奈ちゃんを感じられる。それは私の勇気となり、精神を安定させてくれるのだ。




『行くよ!』




『えぇ、行きましょう』




 玲奈ちゃんの返事を聞いて、私は骸とは反対方向に走り出した。


 その理由としてはその方向に街があるので、マストが来るならそちらからと踏んだのだ。




「いた……」




 気配を探っていると足音が聞こえる。


 変身している所為か、感覚が敏感になっているのでいつもよりも高い能力。聴覚も同様で、音の数から敵の数は数人。一小隊という事で、クロノさんの小隊である可能性が高いだろう。




『どうするの? 無理そうなら私が……』




『ううん。私がするよ。玲奈ちゃんは黙って見ていて……』




 私を心配してくれるのは有難い。だけど、これは弱い自分への決別でもあり、先程宣言したばかりなのだ。今更弱音を吐いて、玲奈ちゃんに丸投げする訳にもいかない。


 私は木陰に隠れるとじっと身を潜める。小隊が通り過ぎた所を狙って、奇襲をかけるつもりなのだ。




「…………」




 小隊のマストソルジャーたちは喋る事無く、ハンドサインで仲間と意思疎通。段々と森の中を進み、連携は見事だ。


 しかし、感心している場合ではない。抜け目のない、まるで網のような包囲を掻い潜る事は難しいだろう。




『真正面から仕掛けるの?』




『うん。今の私ならできる』




 奇襲ができないなら真正面から先手を打つ。有利なのは最初だけで数が不利なので、最悪の場合は一瞬で決着がつくだろう。


 しかし、今の私はそんな不利な状況でも勝てる自信がある。何故なら、私は以前よりも玲奈ちゃんと親しくなった。それだけでなく勉強をして力をつけ、単純に強くなっている筈なのだ。実際、骸との戦いも一矢報いることができた。




「今!」




 だから私は真正面から先手を取る。


 刀を構え、そのままの勢いでマストソルジャーの死角を取った。


 以前と違って震えない手。何の躊躇もなく、振り下ろされた刀は相手の項を裂いた。




「ぐっ……」




 やられたマストソルジャーは唸り声を漏らして倒れ、異変に気がついた小隊は警戒態勢に入り、私を発見した。


 ここからは正攻法では通用しない。だから私は集中して、何とか生き残るために思考を張り巡らす。




「いたぞ! やれ!」




 一番近くに居たマストソルジャーは私に銃を向けてきた。


 いくら変身しているといってもマシンガンを喰らっては致命傷になってしまう。一発なら未だしも何発も喰らうとやばいのは目に見えなくても分かる。


 だから咄嗟に、私は足元に倒れていたマストソルジャーをそいつに投げた。




「ぐっ!」




「おい! 逃げたぞ!」




 重装備をした人間を投げられたのだ。態勢を崩すのは仕方がないが、致命的だろう。


 小隊員は倒れた仲間を庇いつつも、木陰へと逃げた私を探す。しかし、私は逃げたのでない。ただ次の一手のために一時的に身を隠しただけだ。




「どこに行った! ぐぁっ!」




 身を隠した私は逃げたと見せかけ、実は木の上に登っていた。そして、小隊たちの背後に移動して奇襲をかける。変身しているため身体能力が上がっているからこそ、出来る芸当だった。




「これで三人目!」




 最初にやった一人。そして、木からの奇襲で纏めて二人。残りは三人で、一人は未だに態勢を崩している。




「このやろう!」




 一気に仲間がやられた事に焦りを見せるマストソルジャーは銃を乱射してくるが、此処は森の中だ。木という遮蔽物が至る所にあり、草木が生い茂っているので視界から消える事も可能。




「くそっ! また消えた!」




「ここだよ!」




 木や草木を利用して再び敵の視界から消え、後ろへと回り込んだ。と見せかけて一気に間合いを詰めて顎を思いっきり殴った。これで四人目。




「くそっ!」




 その横にいたマストソルジャーは銃を構え、私に標準を合わせると撃った。だが、それはマシンガンではなく、片手でも撃てるハンドガン。主兵装であった特殊なマシンガンよりもハンドガンの方が早く撃てるからだろう。


 態勢を立て直したばかりだというのに、大した判断力と身体能力だ。しかし、いくら正確で素早い射撃をしたとしても、ハンドガンなので連射が効かない。私がピンチになる事はなく、簡単にさばくことができる。




 キンッ! ガキンッ!




 数発の銃弾を刀で弾きつつ、兵士へと駆け寄る。そして、最大まで近づくとハンドガンを叩き斬り、刀で鳩尾を突いた。




「うぐっ!」




 苦しそうな声を出して、くの時に身体を曲げて腹を抱えるマストソルジャー。追撃するのは気が引けるが躊躇っている場合ではない。無情になり、私は可哀想なマストソルジャーに回し蹴りをお見舞いした。


 当然、変身しているので威力は普通ではない。吹っ飛んだマストソルジャーの先にいたのは銃を構えている最後の小隊員。二人はぶつかると仲良く木へと衝突し、辺りには砂埃が舞った。




「ふぅ……」




 起き上がってこないので一応、全員無力化は出来たようだ。


 一段落がついたので深呼吸をしているとふと玲奈ちゃんの声が心に響いた。




『まだよ。まだ隊長格が残っている筈……』




『確かに……ッ!』




 何者かの気配を察知した私は咄嗟に振り返ると同時に刀でガードする。


 それにより鍔迫り合いが起き、刀越しに見える相手はクロノさん。やはりこの小隊はクロノさんの所属だったらしい。




「随分甘いなぁ!」




「な、何が?」




 何故かクロノさんは不機嫌にしていて、その迫力に私は怯んでしまう。その所為で少し刀を持つ手の力が抜けてしまっていた。




「とぼけんじゃねぇ! 俺の部下を殺さずに、全員気絶させるなんてな!」




 そう言い放つとクロノさんは一気に力を込め、鍔迫り合いに勝利しては私の腹を蹴ってきた。しかし、私は後ろに跳んでいる最中だったので、そこまでダメージを負う事はなかった。


 だけど休んでいる暇はない。妙に殺気を放っているクロノさんはすぐに追い打ちかけてくるので私は迎え撃つ。




「文音じゃない。玲奈を出せ! あの時のカリを返してやる!」




 刀を交えつつ、文句を言ってくるクロノさん。その豪胆な態度、迫真の表情。とても女性とは思えない。


 きっとあの時の事をまだ根に持っているのだろう。しかし、何度も負けた相手にリベンジしたいという気持ちも分かる。




『玲奈ちゃん……』




『分かったわ。後は任せない』




 だから私はクロノさんの気持ちを汲んで、玲奈ちゃんと交代した。


 それに気がついたのだろう。クロノさんは一度動きを止めて、私から距離を取った。




「出てきたか……今度こそは勝つ!」




「ええ、勝ってみなさい! 勝てるものなら、ね!」




 先に攻撃を仕掛けたのは玲奈ちゃん。その攻撃は単純で、ただ一直線にクロノさんに斬りかかった。だけどそのスピードは異常で、まるで雷のように速い。


 何とか反応が出来たクロノさんはそれを紙一重で回避した。


そのクロノさんの動きを見て、私は確信した。クロノさんは確実に強くなっている。それもかなり伸びており、その理由は玲奈ちゃんを倒したいという執念なのだろう。




「くっ! やはり使わないといけないようだ」




「あら? 何を使うのかしら? 精々無駄にならない事を祈るわ」




「ふんっ! 見とけよ」




 挑発気味に言う玲奈ちゃんに、クロノさんはニヤリと笑みを浮かべると鼻であしらい、大きく後ろに跳んだ。


 明らかに玲奈ちゃんから距離を取った。




『気を付けてね。何か仕掛けてくる……』




『ええ、分かっているわ』




 私の忠告通りに玲奈ちゃんはより一層警戒する。


 刀を構え、クロノさんを見つめ、奇襲がきても対処できるように集中していた。




「この辺りのマストでイデアを持っているのは俺と霧風先輩だけ。他の支部では最低三人はいるんだが……どうしてか分かるか?」




「貴方が強いから……そう言って欲しいの?」




「そうだ。他の地域と変わらない鏡結界の発生率なのに、ここでは俺が殆どの鏡結界を破壊している」




 霧風さんはマストで上の立場の人で、大手会社の社長でもなる。だから忙しい故に、動けないのだろう。実際、この前の鏡結界で見かけたのはクロノさんだったし、発言には信憑性があった。




「忙しいが、一つだけ利点がある。それは……これだ」




 クロノさんが自分の腕を触ってスライドさせたかと思うと、出てきたのはカード。ヌシの力を封じ込めた、あの特殊なカードで違いなかった。


 ここらの鏡結界を対処しているクロノさん。当然、カードも沢山所有しており、それがクロノさんの言う利点というものだった。




「それがどうしたの? そんな物では私に勝てない」




「その威勢がどこまで保つかな?」




 既に勝ち誇ったかのようにカードをイデアに通したクロノさんに、私は吃驚した。何故なら――




『scan』


『scan』


『scan』




 腕から取り出したカードを平然とした顔で三枚も使用したのだ。貴重なカードを三回も使える辺り、やはり大量に持っているのだろう。


 それは兎も角、今は玲奈ちゃんがピンチだ。クロノさんのイデアからは劣勢を告げる三回の音声が鳴ったのだ。


 どういう変化が起こるのか? 思わず息を呑んで、私と玲奈ちゃんはクロノさんに釘付けになる。




「どうだ? 怖いか?」




 カードの特殊能力の影響で、クロノさんの格好が大幅に変わった。


 持っていたイデアの刃は帯電し、筋力が上がっているのか身体つきが良くなる。それだけでも十分なパワーアップだが、あと一つの変化が見受けられず、私は注目すべき所を他に移す。


 しかし、分からない。単純な物ではないとすれば、地形そのものに影響があると思ったのだが、辺りの光景はずっと同じであり、何も可笑しなところはない。




「いくぞっ!」




 まだ一つ、能力が分かっていないというのにクロノさんが襲い掛ってきた。


 しかし、幾ら筋力が上がって、剣に雷が付いたとしても玲奈ちゃんとは経験が違う。この状況では先程とはあまり変わらないだろう。玲奈ちゃんが勝つに決まっている。


 そう思っていたが、どこか腑に落ちない。まだ完全に分かっていない能力に、胸の中は嫌な予感でいっぱいだった。




「はぁっ! ちっ避けたか」




 先程よりも素早く、力強いクロノさんの攻撃。刃の部分で玲奈ちゃんの首を一直線で狙ったが、玲奈ちゃんは身体を反らして躱した。


 クロノさんのイデアが帯電している限り、刀でいなす事ができない。触っていないとしても、物を通して間接的に感電してしまう事を恐れたのだろう。




「これはどうかな?」




「うぐっ!」




 クロノさんは右足を軸に身体をこまのように回転させ、右足で玲奈ちゃんに蹴りを入れた。


 やはりカードを使ったので威力、スピードともに段違いになっている。何とか玲奈ちゃんは刀で防いだようだったが完全に衝撃を殺しきれていない。地面が抉れ、数メートル後ろに下がった玲奈ちゃんの表情は苦痛に満ち、視界は霞んだ。


 しかし、クロノさんは追撃を仕掛ける。それを分かっていた玲奈ちゃんはすぐさま顔を上げて敵を見据えるのだが――




『い、いない!』




 そこにはクロノさんの姿はない。先程まで居た筈の場所に、まるで最初から存在しなかったようにいなかったのだ。


 咄嗟に姿を探そうとする私だったが、今の身体の主導権は玲奈ちゃんにある。顔を動かす事が出来ず、玲奈ちゃんに任せるしかない。




「ッ!」




 動かない玲奈ちゃんに、未だにクロノさんの姿が見えず私が焦っていると事態は急変した。


 瞬間移動してきたかの如く、急に目の前に現れたクロノさん。既に剣を振っており、玲奈ちゃんの目と鼻の先に帯電した刃が迫っていた。




「くっ!」




 不意を突かれていたら躱すことは出来ない。もはや、その域まで来ていたが、飽くまで不意だった時の話だ。


 ずっと周りに気配を配り、クロノさんの位置を把握していた玲奈ちゃんには余裕ではないが、ギリギリ回避する事ができた。


 流石、玲奈ちゃんだろう。もしも私が戦っていたら、気がついたらあの世にいたかもしれない。




「まだまだ!」




 そう言ってクロノさんはまた消え、いつの間にか現れて玲奈ちゃんを攻撃する。


 挙動不審だろう。消えたと思ったら現れて、そしたら消える。まるでチカチカと光る電球のように繰り返していた。これが最後のカードの能力なのだろう。攻撃としてはとても厄介で、普通の人なら捌ききることは不可能だ。


 だけど玲奈ちゃんは違う。




「どうして当たらない!」




「簡単な話よ。私は視覚をそれほど頼りにしていないの。感じるのは風、音、気配。それだけあれば相手の動きなんて大体は予測できる」




 幾らクロノさんの姿が見えないとしても、そこには確実に存在しているので気配がある。加えて、攻撃を仕掛けようとしているなら必ず音と風が発生し、それらの事から玲奈ちゃんは相手の動きを予測できるらしい。




「そんなのチートだろ!」




 攻撃の手を緩める事無く、クロノさんはそう言った。苛立ちの感情を隠しきれていない。




『あはは……』




 そんなクロノさんに私は同情してしまっていた。玲奈ちゃんは強いとは知っていたが、圧倒的に不利な状況で有利に立っている。そもそも風、音、気配で相手の動きを予測するなんて人間離れしているだろう。




「くそっ! どうして当たらない!」




 何度も剣を振るうクロノさんだったが、玲奈ちゃんはそれを平然とした様子で躱す。攻められているのは玲奈ちゃんなのに、焦っているのはクロノさんという何とも奇妙な光景だ。




「貴方、さっき文音の事を甘いと言ったわね」




「ああ! その通りじゃないか!」




 それからは玲奈ちゃんの怒涛の攻撃。それら全ての攻撃は鋭く、クロノさんは避けるので手一杯らしく、苦痛に満ちた表情を浮かべて反撃をしてこない。




「その甘さが文音の強みなのよ。私が好きな部分でもあるわ」




「そんなもの! 戦いでは邪魔になるだけだ!」




 そう言ってクロノさんは反撃に出た。いくら姿を消したとしても、相手はあの玲奈ちゃんだ。迂闊な行為だっただろう。




「そうね。だから文音の分まで、私は無情になるわ」




 振り下ろされたクロノさんの剣。その剣にはもはや雷は宿っていない。それどころかクロノさんの姿は元に戻ってしまっている。カードの効力が解けてしまったのだ。


 先程の勢いを失ったクロノさんだが、もう止められない。これを好機と捉えた玲奈ちゃんは剣を弾くと、そのままの勢いでクロノさんの首を斬ろうとした。




「……殺さないのか?」




「殺したいけれど、身体が動かないのよ」




 玲奈ちゃんは摩訶不思議なことをクロノさんに言った。


 身体が動かない。その可能性は二つで玲奈ちゃんが意図的に動かさないか、或いは誰かに阻害されているか。答えは後者だろう。


 どうして分かるのか? 玲奈ちゃんの動きを止めているのは紛れもなく、この私だからだ。




『玲奈ちゃん、殺しちゃだめだよ』




『仕方がないわね』




 別に私はマストを憎んではいない。憎んでいるのは鏡結界であり、それを対処しているマストには寧ろ感謝をしているくらいで、私にはマストソルジャーを含めクロノさんを殺す理由はない。




「勝負は決した。文音に感謝しなさい。命は奪わないわ」




 特に反論する事無く玲奈ちゃんは私の意見に従ってくれたようで、クロノさんの首に当てられた刀は離れていく。




「負けか……」




 本来ならクロノさんは此処で死んでいる。辺りで気絶しているマストソルジャーも死んでいただろう。だけど私は敵である彼らを生かした。自分でも甘いと思う。


 だけど玲奈ちゃんがそんな私の部分を好きだと言ってくれた。樟葉ちゃんは胸を張ってもいいと褒めてくれた。だからそんなに気にする事はなかった。


 私は玲奈ちゃんから身体の主導権を貰うとその場を後にする。クロノさんは負けた事がショックなのか、脱力して膝をついていた。




「おい!」




 先へ進もうとした時、背後から叫び声がした。そう、クロノさんの声だ。




「学校さぼるなよ!」




 恨み言でも言われるのかと思ったが、まさかの発言に私はずっこけそうになる。


 確かに今日は学校だ。尤も、これからの事を考えると行けそうにはない。




「クロノさんも! まだ六時になってないし、学校は開いてないよ!」




 私は振り返る事無く、そう言い残すと走り出す。


 先程は街の方向。つまりは北に進んでいたが、今度は西へと進んでいた。


 理由を上げるとすればこれ以上北へ行くと街へ行ってしまい、龍が見えなくなる事。南は引き返す事になり、東に行くとまた別の山がある。だから消去法で西を選んだのだ。




『文音は本当に強くなったわね』




『えへ、だって頑張っているから!』




 まだ期間は浅いが、私は様々な面で頑張っている。その成果が出ていると言っても罰は当たらないだろう。


 私は玲奈ちゃんに褒められて、敵がいるかもしれないのに笑みを浮かべてしまっていた。




「……誰ッ!」




 一瞬、何者かの気配を感じ、集中してみるとどうも動物ではなさそうで、人間だと警戒した私は相手の動向を探る。




『木の上ね。近づいてくるわよ』




 地面を走る私とは違い、骸のように木々の枝を跳んで移動しているようだ。


 それだけでも只者ではない事が分かるが、どうも様子が可笑しい。敵ならばこうも気配を丸出しにして、正面から近づく事はしないだろう。私なら間反対の事をする。




「え? 霧風さん?」




 やがて私の前に降りてきた人物。


 その人物はお世話になった人物でもあり、私の身を心配してくれる優しい人でもある霧風さんだった。


 既に変身しており、手にはイデアが握られている。今の霧風さんは所謂仕事モードなのだろう。いつもの朗らかとした優しい雰囲気とは違い、威厳のようなものをひしひしと感じられる。




「文音さん、今ならまだ間に合います。私たちと協力しましょう」




「ごめんなさい」




「そうですか……骸に肩を持ちますか……」




 長い髪を梳いて霧風さんは提案してくるが、私はそれに乗る訳にはいかず、断ると同時に無言で刀を向けた。




「……なら、無理にでも連れて行きます」




 どうやら殺しはしないようで、その証拠に霧風さんは殺気を纏っていない。飽くまで私を説得するらしいが、そう簡単に私はやられない。




「はぁっ!」




「甘いですよ!」




 私と霧風さんは攻防を繰り返す。お互いに殺すつもりはないので、霧風さんは主に体術。私は刀を使っていたが、峰のほうを向けて振るっていた。これではただの組手のようになっており、決着が見えない。


 霧風さんは表情を変えず、ただ私の刀を身軽そうな身のこなしで避けては反撃する。それを繰り返しているが、私はどうやってこの場を突破しようかと迷っていた。その理由としては霧風さんの格好は骸ほどではないが鎧で固められており、兜を被っている。


 先程のマストソルジャーのように気絶は無理だろうし、何よりも霧風さんは本気ではない。少なくともクロノさんよりは強い事は明白だ。




「殺す気で掛かってきてもいいんですよ? そうじゃないと私には勝てない」




 やはりまだまだ余裕がありそうな霧風さん。臆病な考えをしてしまうが、少しでも気を抜いてしまうと意識が刈り取られそうで怖い。




「分かりました。本気でいきます」




 ここは霧風さんの言う通り、殺す気で戦わないといけないだろう。そうしないと勝算が見えない。


 私は一度深呼吸をすると刀を構え、宣言通りに殺気を出す。目の前にいる霧風さんを殺す気で睨みつけて襲い掛った。


 今、出せる全力で間合いを詰め、斬りかかったのだが――




「……やめましょう」




「へ?」




 どう突破をするか。戦いに集中しつつ考え、取り敢えず斬りかかった。そんな行動から分かるだろうが、私は本気で戦うつもりだったのだ。


 しかし、霧風さんは突如戦いを止めた。一瞬、演技かと思ったが変身すら解いたのだ。


 突拍子のない事に私は呆気を取られてしまい、もはや攻撃を忘れてしまっていた。きっとこの時の私の表情は間抜けだっただろう。




「文音さんは玲奈さんの同意を得て、此処にいる。何か訳があってマストと敵対しているのも分かっています」




「…………」




「だから私は目を瞑ります」




 きっと霧風さんの判断は褒められたものではない。何故なら、上からの命令を無視し、私情を挟んで私を見逃すと言っているから、組織の人間としては失格だ。


 だけど私は霧風さんを責めない。それで助かっているのもそうだが、何よりもマストを狂信する事なく、自分の意見を持っているのは凄いだろう。




「それと文音さん。私と付き合ってくれませんか?」




「へ? それって……」




「はい。恋愛的な意味です」




「え、ええええええええええええええええ!」




 つい叫んでしまい、それらは山の中を木霊する。だって仕方がないだろう。まさかの告白。しかもこのタイミングなので、驚愕するのは普通だ。


 それにしても、霧風さんはどうして私を好きになったのだろう。そこまで接点はなく、まだ数回会っただけなので、見当もつかない。


理由は純粋に気になったが、私の心の中には添い遂げると決めた人物がいる。だから断ると言う気持ちが一番強く出た。




「ご、ごめんなさい!」




 私は頭をぺこぺこと下げて、慌てて断る。


 告白自体は迷惑とは思わず、寧ろ嬉しかった。だって霧風さんの目には私が告白するほどに素敵な女性に見えたという事で、自分に自信が持てた。




「そうでしょうね。……玲奈さん、早くしないと誰かに取られますよ。文音さんは優しくて美しいので、色んな人が寄ってくるでしょう」




「え? それってどういう……」




 ふられたというのにあまり落ち込みが無い霧風さん。いや、表情は悲しんでいるようだが、まるで結果を分かっていたかのように笑みを浮かべている。


 いや、それよりもその発言はどういう事だろう。




 率直に受け止めるなら、玲奈ちゃんは私の事が――






「グギャアアアアアッ!」


 霧風さんの発言の意味を図っていると突如、山の中に声が響いた。正確には咆哮が正しいだろう。少なくとも人間ではない、大きな生物が威嚇しているように思えた。




「文音さん? 行かなくていいんですか?」




「あ、うん。霧風さん、私……」




 急な展開が続いて頭がこんがらがっているが、恐らくこの咆哮は龍が現れた証拠だ。


 霧風さんと会うのは此処で最後かもしれない。だから、何か伝えようとしたが思いつかない。『さよなら』という言葉は私が帰ってこないみたいで縁起が悪いし、そもそも告白されたふった関係でもあるので少し気まずい。




「行ってきます」




 結局、ただそれだけを言うと私は骸が向かった南へと駆け出した。


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