誰にも分からないもの
さて、鏡結界に入ったのはいいが、やはりマストの管理下にあるようで普通とは違う。
「此処が出入り口になっているのかな……」
目の前に広がったのはだだっ広い廊下。そして、振り返るとそこは行き止まりだが鏡結界特有の渦が張り付いている。きっとそれに飛び込むと帰れるのだろうが、またあの気味の悪い体験をしないといけないと思うと気が引ける。
『兎に角、進んでみましょう』
『そうだね……』
玲奈ちゃんの指示通りに私は長い廊下を進む。
その足取りは遅く、まるで忍びのように足音に細心の注意を払う。何故なら、この廊下は妙に響き、誰かに見つかる事を恐れているのだ。
『一応、扉があるけど……』
ゆっくりと歩いていると気がついた事があり、それは一定距離の間隔で左右に扉がある事。しかも、その扉は厳重であり、見るからに頑丈で普通ではなかった。
『IDカードが必要のようね。下手に弄ると警報が作動するかもしれないわ。なるべく触れないようにしましょう』
『そうだね……』
玲奈ちゃんの言う通りだろう。
私は扉を一瞥すると、目の前の事に集中する。が、誰もいないのか、足音さえ聞こえない。いい加減、此処が何の施設なのか? マストにとって何の利益があるのか? 気になり出した所で、ふと玲奈ちゃんが口を開く。
『纏めておきましょう。私達はこの鏡結界について調べ、危険性があったら排除。なかったら情報収集に徹しましょう』
『情報収集?』
私は聞き返してしまう。情報収集と言っても、何の情報を探したらいいのか? 目の前の事に集中している私はそこまで頭が回らなかった。
『そうね。霧風が言っていた盗まれたもの正体。それと龍についてかしら?』
そうだ。さっきまで樟葉ちゃんと楽しく遊んでいたので忘れていた。私は玲奈ちゃんを生き返らすために、龍を探しているのだった。今朝もその事でいっぱい悩み、あまりの情報の少なさに頭を抱えていたところだ。
しかし、この施設ならどうだろう? 此処がマスト管理下だと言うならば、龍の情報があっても可笑しくはない。
『やばいよ。誰か来たよ……』
不意に感じる気配。それは前方からであり、次第に足音も強くなっていた。
この廊下はグネグネと蛇のように曲がっている所為か、果てが見えない。だから幸運にもまだ見つかっていないが、こうなれば時間の問題だろう。
『文音……やるしかないわ……』
『え?』
『敵が見えた瞬間が勝負よ。直ぐに相手を無力化にするの』
簡単そうに玲奈ちゃんは言うが、私はそれをこなせるのか? 分からないがやってみるしかないだろう。隠れる場所がないので、それしか手段が残されていない。
「あ、そういえば侵入者がいるらしいぞ」
「は? マジかよ。初耳だぞ」
遂に聞こえてくる話し声。それから察するに大分と距離が近づいているのだろう。
私は壁に張り付くと刀を構え、相手が姿を現す、その時までじっと息を潜める。その心は獲物を待つハンターのようで、私はドキドキとする自分の鼓動を聞き、相手の気配を探った。
「案外、この辺に潜んでいたりしてな」
「あはは、それはないぜ」
会話の最中に廊下の先から人影が見えた。その瞬間、私の足は無意識の内に走り出しており、相手を気絶させる事しか頭にない。
「ぐぁっ!」
「な! うぐっ……」
刀の峰を使って、身体に何発も入れる。きっと気絶だけでなく、骨を何本か折っているだろうが、手加減をして失敗をすることを考えると仕方がなかっただろう。
『会話内容が間抜けだったわね……』
『そ、そうだね……』
この施設の人間であろう二人は白衣を着ており、先程の会話から察するにまさか侵入者に襲われるとは思っていなかったのだろう。が、結果的に私という侵入者に襲われて、まるで芸術のように変なポーズをして倒れている。
玲奈ちゃんが呆れるのも分かり、不謹慎だが私は笑いをこらえていた。
『こんな馬鹿でも、研究員か何かのようね。カードを持っていないかしら?』
『確認するね』
私は二人のポケットを確認し、出てきたのは顔写真が張られたカード。後は鉛筆といった文房具類だけだった。
『思った通り持っていたようね。だけど多分そのカードの位は低いわ。全部の扉を開けられる訳ではなさそうね』
玲奈ちゃんの発言を聞いて、私はもう一度カードを確認するが全く分からない。どこをどう見たら、そういう解釈が出来るのか? きっと根本的な私の経験不足が原因なのだろう。
『取り敢えず、先を急ぎましょう。こいつらは私達が侵入者している事を知っていたし、増援が来るわ』
『わ、分かった! 私、頑張る!』
そう言って、気を取り直した私は廊下を進む。が、未だに果てが見えず、終いには分かれ道に出てしまった。
左右に伸びた廊下は薄暗くて、相変わらずぐねぐねとしているので先が見えない。だから私は直感を頼りにしよう。そう思って適当な判断を下そうとした時、背後から足音が聞こえてきた。
増援が来たのだ。その事実に焦った私は駆け足で左の道へと逃げる。が、不幸にも前方からも大袈裟な足音が響いてくる。恐らく、大勢の舞台が向かってきているのだろう。
『カードを使って!』
引き返そうにも、進もうにも、どちらにせよ敵と鉢合わせしてしまう。私がどうしようかと、焦ってウロウロとしてしまっていると玲奈ちゃんが指示をくれる。それは助け綱のようなものであり、私は必死にしがみついた。
しかし、神様というものは私の死ねと言っているのだろうか? 近くにあった扉は全て開かなかった。
『やはりそのカードのレベルが低いようね』
『ど、どうすればいいの!』
私は尋ねるが玲奈ちゃんは黙り込む。それはどうする事も出来ないという意味ではなく、戦うしかないという事だろう。
そう察した私は刀を握り締め、覚悟を決めた。
「きゃあっ!」
そんな時、不意に私の背後の扉が開かれ、私は中へと引きずり込まれる。
まさかの背後からの攻撃だと焦った私は振り解こうと思ったが、相手から離してきて敵意を感じられない。そこで冷静に戻った私は振り返った。
「貴方は?」
そこにいたのは白衣を着た女性。手ではジェスチャーで静かにと伝えているのか、人差し指を顔の前に立てている。
大人しく私はそれに従って黙り込んでいると背後の扉から、大勢の足音が過ぎ去っていくのが聞こえた。
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