未だに見えない、煌めき

 あれから鏡結界から脱出した私と霧風さんは近くの喫茶店に来ていた。聞かれたくない話なのか、周りに人がいない席を選び、適当に注文を済ませ、運ばれてきたのはホットコーヒーとミックスジュース。


 喫茶店特有のどろどろとした美味しそうなミックスジュースは私の前に置かれ、霧風さんの奢りだというので、私は感謝しつつ喉を潤した。




「ぷはぁ……おいしい……」




 身体を激しく動かしただけでなく、先程の鏡結界の世界は砂漠だったので、普通よりも喉がからからと渇いていた。それの所為でミックスジュースがとても美味しく感じられ、私は笑みを浮かべてしまう。




「それで、先ずは私から質問してもよろしいでしょうか?」




「あ、はい……」




 コーヒーを一口飲んで、気分を落ち着かせたのか、霧風さんは改まって聞いてくる。




「どうしてイデアを? 一体何処で手に入れたのでしょうか?」




「それは……段階を踏んでお話します」




 霧風さんは信用できる人と判断を下した私はゆっくりと話し始めた。玲奈ちゃんが死んで落ち込んでいた時、鏡結界に巻き込まれた事。それとそこで死体を発見してイデアを入手した事。


 最初、霧風さんに尋ねられた時は断っていたが、この時もそうだ。本当は言いたくはない。だけど、いつかはバレるし、言い逃れられる雰囲気ではない。そう思うと正直に話すしかないと思ったのだ。


 私は続きを話そうとしていたのだが、そこで霧風さんは気になる点があったようで、遮るかのように言ってきた。




「その死体と言うのは私の部下のような格好ですか?」




「そうですね。同じようにマストと書かれていました」




 私の発言で、また考え込んでしまう霧風さん。




 もしかして知り合いだったのだろうか? 私は不安で顔を曇らせる。




「きっとその人はマストの一員ですね。持っていたイデアから察するに、随分と昔に殉職したようです。それで玲奈さんと契約したんですか?」




「え? 分かるんですか?」




「ええ。文音さんの変身した姿を見て、直ぐに分かりました」




 そういえば先程の鏡結界で、私の変身姿を見られていた。きっと玲奈ちゃんと霧風さんは付き合いが長い。だから私の姿から契約対象が玲奈ちゃんだと分かったのだろう。




「バレてしまったようね……」




「あ、玲奈ちゃん……」




 今まで姿を隠していたのか、玲奈ちゃんは諦めた様子で、いつの間にか私の隣の席に座っていた。




「玲奈さんが?」




「え? 見えないんですか?」




 不思議な事に霧風さんには玲奈ちゃんが見えていないらしい。だから辺りをきょろきょろと見回していて、傍から見ると挙動不審だ。




「普通は見えないですよ。幽霊なんて……」




「あ……」




 霧風さんの反応を見て、私は我に返った。


 そもそもどうして私は玲奈ちゃんが見えているのだ? 玲奈ちゃんは死んだ身であり、さも当然のように私といるのが可笑しいに決まっている。


 そこで私はあの時の状況を思い返してみた。




 一体何をしてから、玲奈ちゃんが見えるようになった?




「そういえば玲奈ちゃんが見えるようになったのはイデアを触ってからだ……」




 そうだ。私はあの鏡結界の中で死体を見つけて、ふと気になったイデアを手に取った。それから玲奈ちゃんが見えるようになったのだ。




「そうですか……私にもそのイデアを触らせてもらえますか?」




「え? 何もしないでくださいね……」




 減る物でもないが、このイデアには玲奈ちゃんが宿っている。あまり他人に触らしたくなかったが、霧風さんは玲奈ちゃんの知り合いという事もあり、私は念押しする事で妥協した。


 私の厳しい視線に霧風さんは苦笑いを浮かべながら、受け取ったイデアを凝視する。


 元々はただの剣の柄だったのに、日本刀の柄に変わり果てた私のイデア。それを手に取って数十秒、霧風さんは目を細めた。




「やっぱり……これはシンパシーイデアというものでしょう。今、私が持っているイノベーションイデアというものの試作。つまり初期型のイデアだ」




「シンパシーイデア?」




 初めて聞く単語に私は小首を傾げる。


 一方で玲奈ちゃんは私の身体に乗り移ると勝手にミックスジュースを飲んでいた。




「ええ、未だに謎が多いイデアです。数本しか作られていない上にデータは未知数。実際、私は玲奈さんが見えません」




「あ、そ、そうですか……」




 言えない。ミックスジュースを飲んで満足したのか、玲奈ちゃんが機嫌よく霧風さんに悪戯をしているなんて、口が裂けても言えない。




「唯一分かっている事、シンパシーイデアは契約対象の絆の深さによって強化されるという事だけ……」




 絆の深さ。私は玲奈ちゃんとは分かり合っているつもりだが、果たして人々を守れるのだろうか? そんな不安が心を包むが、ポジティブに考える。


 私と玲奈ちゃんの絆を凌駕できる敵なんていない。玲奈ちゃんもきっとそう思っている筈だ。




「私達が使っているイノベーションイデアは鏡結界のヌシとしか契約できず、そこに絆なんてない。シンパシーイデアが幽霊とも契約できるなんて初めて知りました。今日はツイています」




 きっと霧風さんにとってシンパシーイデアというものは存在すら危うかったもの。それをこの目で見聞きし、実態の一部を知った。興奮してしまうのも仕方ないだろう。


 しかし、私の視線は悪戯をする玲奈ちゃんにいっていて、どうしても視線に困ってしまう。が、玲奈ちゃんは満足したようで煙のように姿を消してしまった。




「それで? 貴方はなんで私を探していたの?」




 顔を引きずらせていると私の口が勝手に動く。玲奈ちゃんが私の身体に戻って、動かしているのと巧まずして分かり、それは何か魂胆があるのだろう。そう思った私は大人しくしておく。


 それに玲奈ちゃんと霧風さんは元友達という事だし、話し込みたい意思もある筈だ。




「えっと玲奈さんですよね。貴女が私を探している理由、それに心当たりがないという事は私の見当外れという事でしょう」




「そう。ならこれで話は終わりね」




 呆気なく終わった会話。元友達と言っていたので、何か蟠りでもあったのだろうか? 少なくとも見守っていた私からは二人が友達のようには見えない。まるで仕事仲間、所謂同僚のといった感じがした。


 帰る用意をしている霧風さんは財布から千円札を取り出すと机の上に置いた。これで会計を済ませろという事だろうが、私は腑に落ちない。何故なら、私の疑問は解消されていないのだ。




『文音、貴方が思っている疑問は私でも答えられるわ。霧風を頼りにしない方がいい……』




 そんな私の心境を察したのか、玲奈ちゃんは身体の内側から直接訴えてくる。


 表情こそは見えないが何となく言葉から重みが伝わってきて、それは尋常ではないほどの嫌悪感。過去に二人の間に何があったのか? 私には見当もつかなかったが、取り敢えず玲奈ちゃんに従うしかなかった。




「あ、そうでした。一つ、文音さんにお聞きしたいことが……」




「あ、はい? 何でしょうか?」




 あの霧風さんが態々立ち止まり、振り返ってから尋ねるような事。然程重要な事なのだろうと、私は身構えてしまったが、内容はあっけらかんとしたものだった。




「文音さんは何故、戦うのですか? イデアを手にしたからといって、別に戦う使命が出来た訳でもないのに……」




「……詳しくは知りませんけど、人々の暮らしを脅かす存在がいたとして、私はそれを守れる力を持っている。なら見て見ぬふりは出来ないですよ。私は全力でそれを守る」




 例え他人であっても、極悪人だとしても、助けを求めているなら助けるし、自分の身を投げ出してもいいと思っている。それは私にとっては当たり前の事だが、きっと霧風さんの中では違う。だから、私は自分の意思を強く訴えた。




「そうですか……文音さんは優しいですね……」




 そう言い残すと霧風さんは喫茶店から出て行った。


 最後に垣間見えた横顔は笑っていたため、少なくとも悪い印象を与えた訳ではないだろう。




『行ったわね……それで文音の聞きたい事は何かしら?』




「え? えーっと……」




 心の中から玲奈ちゃんに聞かれた私は戸惑う。いや、質問は固まっているのだが、気づいてしまったのだ。このまま会話を続行したとして、玲奈ちゃんは他には見えない。




 つまり私は頭が可笑しい人のように見られるんじゃないか、と……




『マストについて聞きたいかな……』




 だから一か八か、私は心の中で唱えるようにして質問してみた。


 今、玲奈ちゃんは私に憑依しているようなので、こうする事によって聞こえる筈。という単なる憶測で動いたのだが、どうやら正解だったようで玲奈ちゃんは答え始める。




『マストは政府が作った秘密組織であり、主な仕事は鏡結界の破壊。霧風も所属していて、私も過去に所属していたわ』




『そうなんだ。だから霧風さんと面識があるんだね』




 玲奈ちゃんと霧風さんはそのマストという組織で一緒に戦ってきた。だから同僚のような雰囲気を漂わせていたのだろうが、そうなると一つ分からない事があった。




『霧風さんは玲奈ちゃんの事を元友達だと言っていたよ? 何かあったの?』




『言うならば意識の違いかしら? 私はマストという組織を信用していないけれど、霧風は心から信用しているようね』




 それ以上は何も語らない玲奈ちゃん。きっと思い出したくない事なのだろうが、それでも私は知りたいと思ってしまう。好きな人である玲奈ちゃんの事ならば、何でも知りたいと思うのは普通の事なのだ。


 しかし、これ以上首を突っ込む事は出来ない。いくら私でも玲奈ちゃんに嫌われる事はしたくないので、そうなると霧風さんの方から情報を仕入れるしかないだろう。




『それで? 他に聞きたい事は?』




 玲奈ちゃんは余程この件に触れられたくないのか、妙に急かしてくる。不思議に思いつつも私は思考を切り替えた。




『霧風さんの目的は何だったの?』




『……私は貴方の前から消えたでしょ? その時、それに関係する事を調べに行っていたの』




 そういえばそうだ。私は先程まで玲奈ちゃんと会えていなかった。


 思い出すと心が冷たくて心細くなり、胸の心臓の辺りに触れてみる。そして、私の中には玲奈ちゃんがいると何度も感じた。何も恐れる事はないのだ。




『この身体になると便利なものでね、普通の人には私が見えないの。だから簡単に調べがついたわ。どうやらマストで何かが盗まれたそうで、それを取り返すのが霧風の目的よ』




 何かと例えるからにはきっとまだ特定は出来ていない。だからこれ以上の情報はないのだろう。それとも単に隠しているだけかもしれないが、玲奈ちゃんがそう判断したなら仕方がない。


 私は他に質問も思い浮かばなかったので、そこで会話を終えた。




『取り敢えず、帰ろっか……』




『そうね。明日からは学校よ?』




『そ、そうだね。うん! 頑張るよ!』




 玲奈ちゃんに指摘されて、私は気合を入れた。


 いつまでも逃げている訳にはいかない。私は玲奈ちゃんのように強くなろうと、心に誓ったのだ。そうなるためには粉骨砕身、努力を惜しむ訳にはいかない。




『あれ?』




 私が会計に向かおうと机に置かれた霧風さんの財布から出た千円を取った。すると、その陰に置いてあった物を発見し、私は少し戸惑ってしまう。


 何故なら、その物は先程私が戦っていた鏡結界のヌシ、蚯蚓のような怪物が描かれたカードだったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る