仰いだ空は病んでいる
視界に広がったのは大量の砂。といっても黄土色ではなく、灰色で砂と呼べるのか分からない。しかし、目の前の風景は所謂砂漠というものに似ており、それは地平線の果てまで続いている。
「暑い……」
砂漠という事なのか暑く、それは日本の夏のようにムシムシとしたものではない。きっと水分がないのだろう。水という概念が無い世界の夏のようで、私は既に汗をかいていた。
「鏡結界の強さは、元になった鏡の大きさに比例するわ。つまり、前の鏡結界よりも手強い。早く変身するわよ」
「う、うん……」
イデアを手に持つと、私の意思が分かっているかのようにイデアは機械的な音と共に黄色く点滅。そして、近くに居た玲奈ちゃんはそこに吸い込まれ、私はあの時のように変身を開始する。
背後に発生した渦から現れた装甲が身体に取り付けられ、頭には兜。柄は鋭く尖った刃を生やし、戦闘準備は万端だ。
「うわぁ……凄いなぁ。一体どういう技術なんだろう……」
冷静になって格好を確認してみると、やはり私の中の玲奈ちゃんというイメージに合っている。
心からも玲奈ちゃんを身近に感じられて、格好からも察せられる。私にとって願ってもない事であり、よからぬ想像をしてしまい頬を赤らめてしまう。
『文音? 文音! 聞いているの?』
「ご、ごめんね。考えごとをしていて……」
『……今回、私はなるべく手を出さない。貴女一人でやってみなさい』
厳しい言葉だが、玲奈ちゃんの私を想っての発言であり、これくらいの事ができないと私は玲奈ちゃんのように強くはなれない。
「分かったよ」
怖いという気持ちもあったが、いつまで玲奈ちゃんに頼っている訳にもいかない。それに私は玲奈ちゃんみたいに強くなると決めたのだ。こんな所で怖気づいていられないだろう。
取り敢えず、私は刀を構えて集中した。相手が何処から来るのか意識を研ぎ澄ませ、いつもでそれに対応できるように身体を整える。
前回の森と違って今回の砂漠は平坦で、風も感じられない。しかし、いくら周りを見渡した所で化け物の姿はなく、それは青い空を仰いでも同じ。つまり、敵は何処に潜んでいるのか? ある程度は私でも予想できる。
「グギャッ!」
地面から何か飛び出す音がし、何かの鳴き声が私の耳朶を打つ。
それは背後から化け物が襲い掛ってきたものだと予想できて、私は身体を翻すと同時に闇雲に刀を振るった。
「グ……」
「当たった!」
地平線に沿うように振られた刀は見事に大きな蚯蚓のような化け物の身体を両断し、化け物は唸り声を上げながら砂の上に落ちた。
元々運動神経がなかった私だが、イデアを使って変身していると身体が軽くなる。まるで今まではハンデを背負っていたようで、例えるなら私の今の身体は紙だろう。その高い身体能力のお陰でこうして化け物を倒す事が出来るし、これも玲奈ちゃんと契約したお陰だ。
「随分と呆気ないなぁ……」
私は刀で真っ二つになって絶命した蚯蚓を突く。
どうやらただの蚯蚓ではないらしく、身体が人間の腕のように太く、先端には口があり、鋭い牙がぎらついている。噛まれたりするとただではすまないだろう。
『これは使い魔という奴よ。ヌシは他にいるわ……』
「え? そうなの?」
玲奈ちゃんに言われて、私はもう一度化け物を観察する。
確かにこの蚯蚓は前の鏡結界をヌシと比べると見劣りする。今回は以前よりも手強い筈なのだ。そもそも鏡結界に出られず、蚯蚓がカード化しない事がヌシを倒していない事を物語っている。
「って! きゃああああっ!」
私が考え込んでいるとまた地面から蚯蚓が飛び出して来た。勿論、私の反射神経も上がっているため、簡単に斬り捨てる事が出来たが、次から次へと蚯蚓は飛び出してくる。
それは数にして五十は超えていただろう。それらを短時間で見事に斬り捌いた私の事を褒めて欲しい。初陣にしては上出来だったと自分では思っている。
「も、もう来ないよね?」
やがて私は自分の周りを見るとおびただしい数の蚯蚓の死骸。虫は苦手なため、背筋がゾッとしてしまうが、この光景を作ったのは紛れもなく私。不思議な事に息切れなどは一切起こしていなかった。それほどまでに体力が身についているという事なのだろう。
ゴゴゴゴゴゴ!
「え? ま、まさか……」
『来るわよ!』
地鳴りがしたと思えば、遠くの砂が盛り上がった。それは段々と此方に近づいてきていて、嫌でもこの鏡結界のヌシだと予想がついた。
「グギャアアアアアアアッ!」
地面から飛び出して、私を食おうと飛び掛かってきたのは先程とは比べ物にならないくらいの大きさの蚯蚓。奴がこの鏡結界のヌシなのだろう。
大型トラック並みの大きさがあり、それは刀で斬れる範疇を超えており、私は咄嗟に大きく後ろに跳んだ。紙のように軽い身体だからか、いとも簡単にヌシから離れる事が出来たが、私はどうしようかと迷ってしまう。
『戸惑わないで! 戦いなさい!』
「で、でもこんな刀で斬ったところで……」
『身体の大きさで判断しては駄目よ。心の目で見なさい!』
弱気になる私に玲奈ちゃんは喝を入れようとしているのか、厳しい事を言ってくる。
心の目で見る? 意味が分からないし、その方法も分からない。けれど敵であるヌシが私に猶予をくれる筈も無く、地面を這いずって近寄ってくる。
「心の目……」
玲奈ちゃんの言う事に間違いはない。無条件に信じ込むほどに、私は彼女を信頼しており、一か八かで自分の心を感じるために目を瞑る。
視界は遮断されて、激しく感じるのは音くらい。しかし、そうではないのだろう。玲奈ちゃんは心の目と言っていた。つまり、神経を研ぎ澄ませ、ヌシの身体を感じる。
「グギャアッ」
大きな地鳴りとヌシの鳴き声。きっとヌシは、私を食べようと飛び掛かっている途中なのだろうが、私は焦らず剣を構えて感じる。
「分かった!」
すると私には見えた。目を瞑っているのにも関わらず、暗視スコープを覗いているかのように広がる視界。心の目で感じた主の身体には何か所か違和感がある部分がある。きっとそこが弱点なのだろう。
落ち着いて目を見開くと私は滑り込むようにヌシの身体の真下に移動して、紙一重で攻撃を回避。そして、ヌシの腹に刀を突き刺し、どんどん腹は裂かれていく。
やはりヌシにも痛覚はあるようで、痛いのだろう。地面をのたうち回り、緑色の血をまき散らしている。が、情をかけている場合ではない。すぐさま止めを刺そうと私はヌシの身体にあった違和感を力いっぱいに斬った。
「グギャッ!」
すると刃が通っていない部分も切断され、ヌシは真っ二つになった。トラック並みの大きさがあったのにも関わらず、刀で斬れてしまったのだ。
「や、やったよ! 玲奈ちゃん!」
私はヌシをやっつけた。その事実に心を躍らせて喜んだ。自分の手で、玲奈ちゃんの力を借りずに出来た事が余程嬉しかったのだが、現実はそんなに甘くなかった。
油断をする私。倒すのは今と思ったのか最後の力を振り絞って、ヌシが飛び掛かってきたのだ。
『文音!』
それにいち早く気がついた玲奈ちゃんは私の身体を乗っ取ると、すぐさま刀を構えた。しかし、それは意味を成す事はなかった。
「散開して! 一定距離を保ちながら攻撃してください!」
いつの間にか現れた十人くらいの謎の兵士は手に持った銃で、ヌシを蜂の巣にする。
急な展開に私は呆気に取られるが、直ぐに我に返って冷静になると気がついた。目の前で戦っている兵士は以前の鏡結界で見かけた死体と同じような服装、いや武装をしており、肩には
『マストソルジャーね……』
「マストソルジャーっていうんだ……」
玲奈ちゃんの呟きから目の前にいる兵士達はマストソルジャーと呼ばれる、マストという組織の兵士という事が察せられた。
主な兵装は鏡結界に効果的な改造が施されたマシンガンに、腰のホルスターには携帯されたハンドガン。手の甲の部分には鋭利な刃物が仕込まれており、近接戦闘も出来る優れた兵士らしい。
「グゥ……」
そんなマストソルジャーにやられたヌシ。力尽きて倒れ、ピクリとも動かなくなった。
それが決め手となったのか、続々と消えていくマストソルジャー達。やがて残ったのは一人の兵士だったが、マストソルジャーと違って格好が違う。まるで西洋の騎士のような甲冑を身に纏い、頭には全身を覆うマスクが付けられている。恐らくは隊長なのだろう。先程は部下に指示を出していたようだし、手にはイデアが握られている。
「またお会いしましたね、文音さん……」
「え? まさか……」
聞き覚えのある落ち着いた声に、私の事を知っている。その事から何となく目の前の隊長が誰だか分かり、私はドキッとしてしまった。
「ええ、私です。霧風暗無です」
そう言ってマスクを取ると、確かに先程あったばかりの霧風さんだった。
しかし、そうだとしたら疑問点ばかりが脳裏に浮かんでしまい、それは霧風さんも同じなのだろう。気難しい表情を浮かべており、此方の動向を窺っているようにも見えた。
「取り敢えず、そろそろ鏡結界が崩壊します。場所を移しましょう」
「は、はい……」
提案してくる霧風さんに私は大人しく従う。その間、何も言ってこない玲奈ちゃんを不思議に思っていた。
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