絶望の淵

 龍に襲われ、謎の人間を目撃したあの日から二日が経ち、私は目を覚ました。


 最初に目に入ったのは天井についた斑な黒い染みで、自分に付けられた医療器具から病院だという事が察せられた。身体は激しい運動をした後のように痛く、風邪を患った時のような倦怠感がある。




「玲奈ちゃん?」




 意識が完全に覚醒すると、当然あの龍や崖から落ちた事も思い出す。それは高校生の私にとって怖いもので、段々と泣きそうになり人肌が恋しくなった。もっと言えば玲奈ちゃんの温かみを求めてしまっていた。




 さて、私の記憶はそこからは曖昧だ。出来事は何となく覚えているが、どんな会話をしたのか? 恐らく、とても辛い事が立て続けに起こるのでトラウマのようになっているのだろう。


 しかし、それを記さない訳にはいかない。何故なら、その時はこの一か月の間で一番のどん底といっても過言ではなく、これから先の事も話せなくなってしまう。言わば物語が破綻してしまうのだ。だから、どういう状況に陥ったのか? 大雑把になってしまうが、それを順序通りに話す。




 先ず、目を覚ました私に気がついた祖父が駆けつけてくれた。そして、聞かされたのは玲奈ちゃんの意識が不明だという事で、私は思わず倒れそうになったのを覚えている。世界でたった一人の愛おしい人が意識不明の重体だというのだ。


 そこから私は無気力になり、何も話さなくなった。祖父は心配してくれたが、玲奈ちゃんの事でいっぱいな私はどうにも思わない。頭の中は絶望で埋め尽くされ、玲奈ちゃんとの記憶を思い返す度に何度も泣いて、布団をびしょ濡れにした。


 しかし、皮肉な事に無気力で何もしていないからか、私の体調は直ぐに良くなった。だから退院すると同時に玲奈ちゃんのお見舞いに向かったが、そこに待ち受けていたのはまたしても絶望。


 ベッドの上で横になっている玲奈ちゃんは身体中に包帯が巻かれ、ギプスなども付けられていた。とても痛々しくて、居ても立っても居られなくなった私はそんな彼女の手を握る。


 玲奈ちゃんの手は温かくも冷たくもあり、生死の狭間を彷徨っているのだろう。それはまだ死んでいない事を意味していて、少し安心していると違和感を抱く。その正体は怪我の具合。自分は直ぐに回復出来るほどの軽傷で済んだが、玲奈ちゃんは重傷だ。


 だから私は思い出す。あの時、確か玲奈ちゃんは私を守ろうと押し倒して、そのまま抱き締めて斜面を転がったのだ。そう抱き締めて、だ。どんなに身体が傷つこうとも、崖から落ちようとも、彼女は私を抱き締めていた。


 それはただ勢いで抱き締めた訳ではなく、私を守るために抱き締めていたのだ。傷つけないために自分の身を犠牲にして、崖から落ちた時も玲奈ちゃんは自分が下になってクッションとなった。


 それに気がついた私は彼女に謝りたくなった。「こんな不甲斐ない私でごめんなさい」と、たった一言。伝えたかったが玲奈ちゃんはベッドの上でただ眠るだけで、私は時間の限りは彼女の傍にいると決意した。玲奈ちゃんが目を覚ました時、誰よりも早くに駆けつけて謝り、そして彼女を抱き締めたかったのだ。


 そんな抱負を胸に三日が経ち、そこからの記憶は明白なので漸くまともに語る事が出来る。絶望なのは変わりないが、そこに一筋の光が見えてきたのが要因だろう。


 その希望の光は私が学校から一人で下校している時に垣間見えた。玲奈ちゃんが重体に陥ってからというもの、私を見る世間の目は温かいものから冷ややかなものになってしまった。それもそうだろう。あの有名な玲奈ちゃんに怪我を負わしたのは私が不注意で足を滑らせたという事になっているのだ。正直、龍が現れた事が最大の原因だと言いたかったが、語ったところで気が狂っていると思われ、何よりも不注意というのは間違っていないので、私は大人しく現実を受け入れるしかなかった。


 これからの未来を担う、有望な人材であった玲奈ちゃんを裏切るような形にしたのは私で、色んな人から恨まれた。学校のクラスメイトや先生は私を励ましてくれたが上辺だけであり、陰では愚痴のように恨み言を吐く。




「ねぇ、あの子って確か――」


「そうよ。あの子の所為で――」




 耳を澄ませば、嫌味が何処からともなく聞こえてくる。学校でも、下校中でも、気が可笑しくなるほどに聞こえたが、恐らく幾つかは幻聴だろう。それほどまでに私は追い詰められ、絶望のという崖先の縁に立っていたのだ。


 本当にあの時の私は不甲斐なさで自己嫌悪を抱き、何が何だか分からなくなった。過度なストレスに、積み木のように崩れていく人間関係、そして大事な人であった玲奈ちゃんの重体で心にぽっかりと穴が空いた。


 それらが畳み掛けるように来たので、自殺や失踪と言った物騒な言葉が脳裏に何度も過った。が、私は玲奈ちゃんに謝ると決意したので実行する事はなかった。




「はぁ……しんどいなぁ……」




 毎日のように溜息を吐き、人前でも、自分の部屋の中でも溜息を吐く。それは下校中でも然りで、私はいつものルートで下校する。


 玲奈ちゃんと私を襲った忌々しい出来事の舞台となった麓を沿う道。本当ならば、この道は一生使いたくはない。けれど表の道を通ろうと思うと人目が気になってしまい、きっと陰口をいっぱい言われるだろう。だから私は妥協して、この道を使っていた。脳裏には何度も忌々しい龍が蘇るが、それでも我慢をしていたのだ。


 特に何を考える訳でも、寄る所もなく、私がただ下を向いて帰路を歩いた。気分が沈んでいるという点もあるが、何よりも脳内は玲奈ちゃんとの記憶で埋め尽くされてしまっている。


 そんな時、俯いていた所為か、落ち葉に隠れて何かが落ちている事に気がついた。普段なら特に気にする事もないだろうが、私は無性にそれが気になった。直感のような頼りないものが鋭くなり、まるで運命のように感じたので、無意識の内にそれを拾ってしまった。




「手鏡? 誰かの落とし物かな?」




 それは誰のものかも分からない手鏡。とても古びており、持ち手の木で出来た部分は少し腐ってしまっているが、反対に鏡は未だに世界を綺麗に映していた。




「うっ……あ、あれ?」




 その鏡を見ていると視界がぐるぐるとしてきた。まるで渦を描くようで止まらず、段々と酷くなって立ち眩みがしてしまう。別に重い病気を患っている訳でもないので、原因は確実に手鏡。


 けれど私はそれを何故か手放す事はなく、鏡を見続けていると不思議な事が起こった。大きな眩みが私を襲い、次の瞬間には景色が変わっていたのだ。


 可笑しいだろう? 非科学的だろう? しかし、そうなったのは紛れもない事実で、当時の私は困惑に支配されて唖然とした。




「こ、此処はどこ? 森? いや、こんな場所知らない……」




 冷静になって辺りを見渡す私だったが正式な居場所が分かる筈がない。それは一目で分かり、空には闇のような靄が一面に掛かっていて、辺りに生えた緑色の木は何処か不気味な雰囲気を漂わせている。


 そんな場所は少なくとも私の記憶に該当せず、ただ此処が普通の世界ではないという事は理解できた。




「ど、どうしよう……」




 異世界に飛ばされた時の対処法。そんなものは祖父から、いや学校でも教えられず、ましてやいつも玲奈ちゃんに頼りっきりだったので、潔く適切な判断を下す事が出来ない。


 だから、ただ真っ暗な森を見回しては空を仰いだり、手に持っている手鏡をもう一度見てみたり、念じたりもしてみたが現実に帰れるような予兆はなかった。ただ時間を浪費した無駄な行為の繰り返しで、傍から見れば挙動不審な根暗だろう。私は諦めてポケットの中に手鏡を仕舞った。




「…………」




 途方に暮れて暫く経ち、私はぼーっと悪夢を覚めるのを待っていたが景色が変わる事はなく、飽き飽きとしてくる。しかし、その感情はこの世界に少し慣れた証拠だろう。


 やがて私は刺激を求めて、興味心から散歩のような事をしていると気がついた事があった。


 それはこの世界に果てが見えず、永遠と暗黒に包まれた森が続いているようである事。そして、もう一つは近くに何かの気配がある事だ。


 その気配は明らかに人間のものではなく、純粋な邪悪の気を感じる。もしも鉢合わせをしたら、そう思っただけで背筋がゾッとし、私はそうならないためにも慎重に現実へ帰られる方法を探す。


 パキッ! という枝が折れる音が聞こえ、私は咄嗟に木陰に隠れて息を潜める。すると聞こえてきたのはどたばたとした足音で、それは邪悪なる者の正体だと巧まずして分かった。


 その邪悪な者は私を探しているのだろう。辺りをウロチョロとしているようで見つかったら死が待ち受けている。そう思うと鼓動が速くなり、小さい頃にやったかくれんぼでもこんなにも激しくはならない。




「ふぅ……」




 恐怖心に支配されて戦慄していた私だったが深呼吸をして冷静になる。すると邪悪なる者を目にしてみたいという少年のような好奇心が湧いてきた。心霊スポットなどといった怖い所に行きたくなる。それと同じ心理だろう。


 だから、こっそりと顔だけを覗かせた。




「あ……」




 そこにいたのは予想通りの邪悪さを含んだ化け物。四足歩行をしており、見た目は蜥蜴のようだ。しかし、爪は鋭く、大きな八重歯が丸見えになっているので凶暴なのだろう。


 それを察した私はゆっくりとその場から離れた。きっと私の表情は青ざめていて、心臓は再びバクバクと煩かった。あんな化け物に追われている非現実的な事実に、早くこの世界から脱出したいと願うばかり。




「あ、あれは……死体?」




 逃れようとしていると地面に黒色の何かがこびりついている事に気がつき、それを辿ってみると木の幹に凭れ掛かった人間、いや白骨化した死体を発見した。


 どうしてこんなところに死体があるのか? 地面に続いた黒色の何かは血痕であり、きっとあの化け物に殺された。そう考えるのは必然であり、私は不安で段々と心細くなってくる。




「ん? これって……」




 あの化け物に殺された人たちはまだまだ他にもいるかもしれない。黙祷して憐れむと、私はさっさとこの場を離れようと思ったが、とある物が目に入った。


 それは目の前の死体が握っていた剣の柄の部分。その柄は日本刀の柄のようなシンプルではなく、手元を守るような作りになっており、尚且つ初めてみるようなデザインをしている。しかし、柄だけであり、肝心の刃だけが何故かすっぽりとないので、これでは武器として使えない。


 改めて分析すると死体の格好は珍しい。ほぼ白骨化しているので日本人かは判断できないが、黒い全身スーツに、上半身を守る大きな胸当てのような装甲。少し離れた所には顔全体を覆う、ひび割れた黒いマスクが落ちている。服装はまるで戦場で戦う兵士のようで肩の所に銀色の文字で『mustマスト』と書かれていた。




「一体何だろう……」




 気になった私はその剣の柄を手に取ってみる。


 特殊な金属で出来ているのか、とても固い物質なのにまるで紙のように軽い。その不思議な感覚に浸っていると急に横から声が聞こえてきた。




「これは……初めて見るタイプのイデアね……」




 耳元で囁かれるのは懐かしい声で、私は疑った。玲奈ちゃんが隣にいる筈がない。彼女は今、病院のベッドの上で苦しんでいる筈なのだ。そう思って私は幻聴だと判断を下すが――




「それにしても文音はどうしたのかしら? 急に固まってしまったわ……」




 遂には視界の中にも入ってきてしまい、その幻であろう玲奈ちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。既に何度も目は合っており、私は段々と目の前の玲奈ちゃんは偽物ではなくて、本物だと感じてきていた。




「え、えっと玲奈ちゃん……なの?」




「……え! わ、私が見えるの?」




 びっくりしたようで目を丸くしている玲奈ちゃん。その反応は明らかに本物であり、思わず私は抱き締めようとした。けれど、何故かする事ができない。まるでそこに玲奈ちゃんが存在しないかのようにすり抜けてしまうのだ。




「多分触れる事はできないわよ?」




「え、ど、どうして?」




「だって、私は魂だけの存在。俗に言う幽体離脱というものね」




 淡々とした表情で言った玲奈ちゃんだが、その意味は非現実的であり得ないだろう。しかし、今いるこの世界もあり得ないものであり、私はもう何が起きても驚かない自信があった。




「私は大怪我負っているから、身体に戻る事が出来ない。だから、こうして魂だけの存在で貴方の事を見守っていたの……」




「そうなんだ……なら、玲奈ちゃんは助かった訳ではないんだね……」




 大怪我をした事実は変わらない。つまり、私は玲奈ちゃんに言わないといけない事があった。ずっと胸の内に秘めていた想い。今言わないで、いつ言うのだ。




「れ、玲奈ちゃん! その……ごめ――」




 それを言おうとした時、事態は急変した。


 森の奥からどたどたと慌ただしい地響きが鳴り、姿を現したのはあの蜥蜴の化け物。きっと私が玲奈ちゃんと話し過ぎたのが原因だろう。話すという行為は声を出し、つまりは音で化け物が反応したのだ。


兎に角、身の危険を感じた私は咄嗟に身体を翻し、森の中へと駆け出した。しかし、私の運動神経は皆無であり、クラスでもワーストスリーぐらい。スタミナがある最初は逃げきれるだろうが、無くなったら最後。きっと肉をぶちぶちと引き千切られて食べられてしまうのだ。




「文音! その手に持ったイデアを使うのよ!」




「え? こ、これ? はぁはぁ……」




 私に並行して走っている玲奈ちゃんは息を切らせずに、平然とした様子で指示してきた。


 その時、私が手に持っていたのはあの死体が持っていた剣の柄の部分。これは玲奈ちゃんの言葉からイデアという物なのだろう。それは察せられたが、どうやって使うのかは分からない。


 背後には化け物が迫ってきているので玲奈ちゃんに尋ねるような余裕も無く、私はただ無造作にそれを弄った。




「わぁ! な、なに?」




 何処を押したのかは分からないが、反応を示したイデアは赤く点灯する。それはまるで使えない事を示しているようで、早くしないといけない。そう焦った私は頭の中がこんがらがってしまう。




「やはり契約をしないといけないようね。文音! 私と契約しなさい!」




「え? わ、分かった! するよ!」




 契約? 一体、何のことか分からないが、兎に角私は何度も頷いて同意した。何故なら、早くしないと化け物に追いつかれてしまうのだ。


 するとイデアは私の言葉に反応するかのように黄色に点滅し始める。それと同時に玲奈ちゃんは丸い人魂のようになり、イデアに吸い込まれてしまった。まるで掃除機に吸われるように、あっという間に消えたので私は呆然としてしまった。




「え、なな何!」




 次に異変が起きたのは私自身で、身体の内側からマグマのように力が溢れてくる。それは今までにない感覚だったので、つい立ち止まってしまった。


 しかし、変化は止まらない。力が溢れるに連れて、身に纏っていた制服に何処からともなく現れた簡易的な装甲が付けられて、頭には勇者のような兜が装着される。そしてイデアと呼ばれた剣の柄は刃を伸ばし、それは立派な刀となった。




contractコントラクト




 そして、最後に変身が完了し、それを知らせる音声がイデアから流れる。




「こ、これって……」




 姿を確認した私は玲奈ちゃんが力を貸してくれているのだと、直ぐに理解した。


 そうでなければ装甲や兜、そして刀は玲奈ちゃんのイメージカラーである紫ではないだろうし、何よりも玲奈ちゃんをこんなに近くに感じられない。まるで魂が寄り添い合うかのように身近に感じられて、こんな状況なのに天国かと思う程に安心できた。




『来るわよ!』




「へ?」




 心の中から聞こえた玲奈ちゃんの声に戸惑いつつも、顔を上げるとそこには化け物が目と鼻の先で、今にも飛び掛かって来そうになっていた。




「きゃっ! こ、来ないで!」




 この時の私は何の知識もなく、経験もない。だから見様見真似で刀を構えた。が、相手は化け物であり、そんな事で怯む筈がなく問答無用で飛び掛かってきた。




『身体を借りるわよ』




「え?」




 また心の中で玲奈ちゃんの声が聞こえたと思うと身体は勝手に動き出す。それは化け物から逃げる気ではなく、寧ろ向かって行っている。そう、戦う気なのだ。


 当然、視界一面には化け物の姿。怖くなった私は咄嗟に目をぎゅっと瞑ってしまった。




「ウゴオオオオオオオ!」




 手からは固い物を切る感触、そして聞こえるのは化け物の唸り声。何事かと思った私が瞼を開けると、至近距離にいた化け物は胸を斬られて血飛沫を上げている。それをやったのは紛れもない私で、銀色の刃は緑色の血に染まっていた。




「え? え?」




 呆気に取られる私だったが、身体は次々に動いて、まるで誰かに操られているよう。そう思い、漸く私は玲奈ちゃんが自分の身体の主導権を握っていると理解した。


 勝手に動かされた身体が次々に、まるでプログラムを実行するかのように俊敏に動き、それは神業。化け物の力に任せた攻撃を何度も紙一重という無駄の少ない動きで躱し、視界が何度もぐるぐると回転しつつも隙を突いて攻撃する。


 流石は玲奈ちゃんだろう。戦闘慣れをしているような迷いのない動きで、きっとあらゆるスポーツの経験が今の彼女を動かしている。それも私を守るために戦ってくれているのだ。




「グガッ!」




 やがて化け物は勝てないと悟ったのか私に背を向け始める。化け物だって生き物であり、死にたくないのは当たり前。しかし、玲奈ちゃんは逃すつもりがないらしく、身体を機敏に動かした。




「グガアアアアアッ」




 背中を大きく斬られた化け物はゆっくりと倒れ、大きな身体の衝撃で辺りに砂埃をまき散らされた。




「っ! な、なに!」




 化け物が死んだという事実の余韻に浸っていると視界がぐにゃりと湾曲し、気がついたらいつもの山の中。それは元の世界に戻って来たという事で、私は安心感から地面に座り込んだ。




「終わったわね……」




 いつの間にか私の隣で座り込んでいる玲奈ちゃんはどこか遠い目をして言った。


 私の服装はあの玲奈ちゃんのような戦闘服からいつもの制服に戻り、手にはイデアが握られている。しかし、それはシンプルで手元を守るような剣の柄ではなく、先程まで使っていた刀の柄になっていた。


 これが玲奈ちゃんの言っていた契約というものなのだろう。そうは思ったが分からない事が多すぎる。あの世界は何なのか? あの化け物は? イデアとは何? 冷静になると様々な疑問が浮かび、私はそれを玲奈ちゃんにぶつけようと思った。


 そんな時、ピシッという何かがひび割れる音が山の中に響き、私の制服のポケットから発せられたようだった。




「あ、手鏡が……」




 ポケットに入っていた物を取り出してみると、それは異世界へ連れて行かれた原因でもあった手鏡で、鏡面には綺麗な亀裂が走ってしまっている。どうしようか? そう考えている間にも亀裂はどんどんと広がり、最後には粉々に砕け散ってしまった。




「あれ?」




 鏡の欠片はぽろぽろと地面に落ちていくので、それを辿って行くと地面に何かが刺さっている事に気がついた。


 何かのカードのようだが異様な存在感を放っていて、私は恐る恐るそれを手に取った。




「それはさっきの化け物よ。色々と役に立つから持っておきなさい」




「え? う、うん……」




 そう言った玲奈ちゃんを横目に私はカードをじっくりと観察する。


 そのカードはまるでトランプのような厚さだが普通の紙で出来ていないようで妙に頑丈そうだ。裏面はぐるぐるに巻かれた鎖が描かれており、表にはあの化け物の姿があった。




「って、そんな事はどうでもいいの! 玲奈ちゃん――」




 疑問を思い出した私は声を荒げて大好きな彼女の名前を呼んだが、それを遮ったのは不幸にもスマホの着信音。それはタイミング的にも、内容的にも確かな不幸を運んできたのだった。

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