人工太陽

人工太陽についての話。


太陽と言っても、本物のような巨大な炎の塊とはかけ離れている。それは大空を覆うスクリーンに映し出された、精緻な太陽の映像にすぎない。国が傾くほどの資金によって開発された、透明で変幻自在な膜のようなスクリーン。それが人工太陽の正体だ。では、なぜそれを生み出す必要があったのか。


海のはずれに浮かんだこの小さな島国は、太陽を浴びる権利を捨てた。太陽はある日を境に、急速に力を失いつつあった。そんな瀕死の太陽を背景に、渇望された人工太陽の開発。世界はその叡智の結晶の実験を目論んだ。一つの国で実際に稼働させようとしたのである。それによって受ける恩恵と、肥大化した知的好奇心に目がくらんだこの国は、自らモルモットになることを選んだ。当時の大不況もそれを後押しした。たくさんの人間が職を失い、電車のホームから身を投げる者が続出していた時代。それを打開すべく政府は魂を売った。すべてが秘密裏に行われた。


「杉田さんはよく平気でいられますよね。長いこと機関にいて」

「君が正常なんだ。私はとっくに頭の芯まで腐敗して、手の施しようがないのさ」

「僕はあなたをずっとロボットだと思ってましたよ」

「妻にもよく言われる。返す言葉もない」


機関で杉田ほど長く勤めている人間はそう多くない。人工太陽、いや、人造太陽と呼んでもいいかもしれない。人造太陽と付き合っていくのは並大抵のことではない。その太陽は生命とAIの融合体だ。細かいことは僕には説明できない。末端の人間にはそこまで知る権利はない。だが知りたいとは思わない。それは悪魔の発明だからだ。政府はそれを知っていながら、魂を差し出した。


僕がしていた仕事は人工太陽の餌やりだ。大学を卒業しホームレスになるまで、休むことなく管理機関でそれを続けてきた。そして、今はそこから遥か離れた場所に立っている。しかし、そこに杉田がやってきた。彼が僕のもとに来た目的はなんだ。僕はまた、あの機関に戻らなくてはいけないのだろうか。あの歩道橋で彼を一目見た瞬間から、内臓を撫でられているような、気味の悪い予感が渦を巻いていた。


僕はもう、あの太陽の管理などしたくない。


太陽の餌は生きた人間なのだから。

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