SUMMER FALL #13

 ヘッドスライディングの要領で前方に飛び込みながら発砲し、地面に腹這はらばいになって顔に砂粒を付着させた甲山が上げた視線の先で、蓑部の身体が膝から崩れ落ち、草加が駆け寄って抱き止めた。その向こう側で、スラックスの右腿をあけに染めた吉成が横倒しになって苦悶くもんしていた。甲山の撃った銃弾が貫通かんつうしたのだ。

「平井! 吉成を確保! それと救急車!」

 甲山は跳ね起きながら大声で平井に指示を飛ばすと、チーフスペシャルをホルスターに納めて蓑部に駆け寄った。

「蓑部! しっかりしろ!」

 草加が声をかけながら支えている蓑部の正面に回った甲山の目が、驚愕きょうがくで大きく見開かれた。

 蓑部の腹部、正中線より左側に吉成が突き出した包丁が半分程刺さっていた。着ているTシャツが鮮血を吸って色を変えていた。

「オイ! 蓑部!」

 甲山が顔を近づけてがなると、蓑部はうつろな目で甲山を見返し、震える手でズボンのポケットからパステルカラーのスマートフォンを取り出した。

「け、刑事、さん、この、中のどっかに、あいつの、ば、売春の、証拠」

 そこまで言って、蓑部は意識を失った。甲山は草加と顔を見合わせてから、蓑部が差し出したスマートフォンを取った。その直後、平井の後ろから鴨居達が走って来て、それを追いかける様に救急車のサイレンが聞こえて来た。


 蓑部は救急車で搬送され、吉成は黒パトで病院に送り、脚の銃創じゅうそうを処置してから分署に連行した。刑事課分室の奥のソファに座らされた吉成の対面に、厳しい表情の甲山が腰を下ろした。

「何で蓑部が田辺美和さんを殺したと判った?」

 甲山が訊いた途端、それまで項垂うなだれていた吉成が急に顔を上げて喚いた。

「あいつが美和のスマホで俺に電話して来たんだ! どんな馬鹿でも判るだろうがそれくらい!」

 甲山は吉成の怒気どきを物ともせず、更に訊く。

「何であそこで蓑部と会った?」

「あいつが指定したんだ! 俺の悪行を暴くとか、妹のかたきがどうとか訳判んねえ事言ってやがったが、そんなのはどうでもいい! 俺は美和を殺したあいつが許せなかったんだ!」

 横合いから、鴨居が口を挟んだ。

「訳判んない事無いだろ? アンタが自分の所に在籍ざいせきしてる若手のモデルや、あんまり売れてないモデル使って、政財界の大物相手に売春してた事、調べはついてんだよ。そうやって身体を売らされたモデルの中に、蓑部の妹さんが居たんだ」

 吉成は横目で鴨居を睨みつけて言い返した。

「表の仕事で使い物にならないのを、違う形で役立てただけだ、それにそいつ等にも手当はやってたんだ、文句ねぇだろ」

「何だとこの――」

 掴みかかりそうになった鴨居を制してから、甲山が吉成の胸倉を掴んで引き寄せた。

「いいか! モデル達はお前の道具じゃねぇ! 立派な人間だ! お前なんかに人をしたがえる資格はねぇ!」

 甲山と吉成が互いに顔を紅潮こうちょうさせて数秒睨み合う。慌てて鴨居が間に入り、それまでデスクで様子をうかがっていた目黒も止めに入って、漸くふたりは分かれた。襟元を直す吉成に、甲山が大きく息を吐いてから尋ねた。

「自分の所のモデルをそんな風に扱ったり、キャバクラのホステスを犯したりする様なお前が、何で田辺美和さんにだけはそんなに真剣なんだ!?」

 すると、それまで興奮して眉間に皺を寄せていた吉成の表情が一変し、たちま蒼白そうはくになった。

「お、俺は、み、美和、美和に」

 消え入りそうな声で呟いたと思うと、吉成は突如宙を見上げて叫んだ。

「俺は初めてひと目惚れしたんだぁ!」

 甲山のみならず、署内に居た全員が瞠目して吉成を見た。

 数秒訪れた沈黙を、目黒のデスクの電話が破った。我に返って受話器を取った目黒が、ふた言三言喋って受話器を置き、甲山に告げた。

「蓑部の手術が終わったそうだ」

 甲山は目黒を見て頷くと、鴨居に「後頼む」と告げて署を出た。


《続く》




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る