SUMMER FALL #12

「コーさん! 何があったんスか!?」

 草加の問いに、甲山は忙しなくハンドルを操作しながら答えた。

「吉成は包丁を買ってひとりでタクシーに乗った! 室長に緊配頼んだ!」

「包丁?! まさか、誰か殺そうってんじゃ」

「ひとりもんの男が包丁だけ買うなんてのは、それぐらいしか理由ねぇだろ」

 吐き捨てる様に言った甲山が、アクセルを踏み込んだ。

 数分後、覆面パトカー内の無線が鳴った。草加がマイクを取って応じると、スピーカーから目黒の声が響いた。

『目黒だ。当該タクシーを棚川署管内で発見、現在地域課のパトカーが追跡中』

「了解」

 草加が戻しかけたマイクを、甲山がひったくってがなった。

「室長! 追跡してる奴等に、吉成がタクシーを降りてもばんかけるなって言ってください! 奴の行き先には蓑部が居る筈です!」

『判った』

「ちょっと待った、何で蓑部なんスか?」

 通信を終えた甲山に、草加が訝しげな顔で訊いた。

「吉成は、恐らく蓑部を殺すつもりだ」

 甲山の返答に、草加は納得しかねて更に訊く。

「蓑部を? そりゃ確かに、蓑部があの田辺美和を突き落としたのは確実ッスけど、吉成はそれ知らないでしょ? 知ったとしたらどうやって?」

「そんなもん判るか! 俺の勘だよカ・ン!」

 甲山が強い口調で返すと、草加は口を尖らせて黙った。


 甲山と草加の乗る覆面パトカーが棚川署管内に入った頃に、再び無線が鳴った。相手は地域課分室の竹田巡査だった。

『コーさん、竹田です。吉成社長は駅前でタクシーを降りて、川の方へ向かいました。現在平井さんが尾行中』

「了解。蓑部は見つかったか?」

 受けた甲山が訊き返すと、竹田が申し訳なさそうに答えた。

『いや、それがまだなんですよ。まさかこっちに来てるなんて思いもしませんでしたから』

「判った。慎重につけろって平井に伝えといてくれ」

『了解』

 通信を終えてマイクを置いた甲山が舌打ちした。

「蓑部が吉成を呼び出したとしてだ、何のつもりだ?」

「田辺美和を殺したのは自分だなんて、わざわざ言ったんスかね?」

 草加の質問には答えず、甲山は覆面パトカーを太那川土手沿いの道路に入れた。数十メートル程走り、私鉄の高架橋が見えた辺りで停車し、草加に「土手に上がろう」と告げて運転席を出た。頷いた草加も助手席を降りて、ふたりで下草が生い茂る土手を駆け上がった。橋に向かって進む最中、草加が甲山に問いかけた。

「コーさん、この先って、田辺美和が発見された所じゃ」

「ああ」

 頷いた甲山が、右掌を後ろに見せながら足を止めた。つられて止まった草加が何か言おうとして、すんでの所で声を喉元のどもとで押さえた。

 高架橋の下、コンクリートの堤防が二段階になって川面へ落ち込んでいるその中段に形成された道に、ひとつの人影が見えた。シルエットから、男性である事は間違いなかった。

「蓑部ですかね?」

「だろうな」

 ふたりは小声で会話しつつ、足音を殺しながら土手の斜面を慎重に降り、更にコンクリートの堤防を一段降りて人影がたたずむ道に立った。だがすぐさま、ふたりは堤防にへばりつく羽目におちいった。蓑部とおぼしき男性と甲山達の反対側から、橋の上の照明に照らされた吉成が早足で近づいていた。その右手に握られた包丁が、照明の光を反射していた。

「まずい」

 呟いた甲山が腰に右手を回した直後、吉成の声が橋の下に響いた。

「美和を殺したのはお前か!?」

 対面に立つ男性が返答する前に、吉成が包丁を振りかざして走り出した。甲山はチーフスペシャルを抜くと、前方に向けて構えながら声を張り上げた。

「蓑部! 伏せろ!」

 男性の影が甲山の声に反応して振り返った。微かな明かりに照らされたその顔は、果たして蓑部だった。しけし蓑部は甲山の意に反して、再び吉成に相対した。

「オイ!」

 慌てて草加が蓑部に向かって走り出す。甲山も銃を構えたまま走り、更に声を上げた。

「吉成! 得物えものを捨てろ!」

 甲山の声が聞こえたのか、吉成の後ろに地域課分室の平井巡査が現れて吉成に向かって駆け出した。

「吉成! 止まれ!」

 平井の声も無視して、吉成は蓑部へ突進する。一方の蓑部は全く回避かいひする素振そぶりを見せない。

「蓑部ェ!!」

 草加がわめいたと同時に、吉成が包丁を腰だめにして蓑部に突っ込み、直後に銃声が木霊こだました。


《続く》


 

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