SUMMER FALL #11

 仲町が近くのコンビニエンスストアで購入した食事を腹に収めると、甲山達は再び二手に分かれた。鴨居と仲町が覆面パトカーを降り、甲山と草加は『ガーネットプロダクション』が入るオフィスビル周辺に戻って吉成が出て来るのを待った。


 午後八時を過ぎた頃に、ビルの前に黒塗りのメルセデスが停車した。その数分後、吉成と堀池が並んで出て来た。

「来た」

 甲山は鋭く言って身を屈め、ハンドルに突っ伏して微睡まどろんでいた草加の肩を掴んで引っ張った。

「うぉっ」

 突然安眠を妨害された草加の口を塞ぐと、甲山はゆっくり頭を上げて吉成と堀池がメルセデスの後部座席に身体を滑り込ませるのを確認して草加の肩を離した。

「あの車だ」

 甲山が指を差して指示し、寝ぼけつつ「あ、ウッス」と頷いた草加がエンジンをスタートさせた。

 吉成達が乗ったメルセデスは、十数分程走って大通り沿いにるホームセンターの駐車場に入った。草加は店の前を通り過ぎ、五メートル程進んで停車した。

「買い物ッスかね?」

 草加の問いに、甲山は首を捻った。

「さぁな、今時のお忙しい方々は何でもネット注文なんじゃねぇのか?」

 それからふたりはホームセンターを見張り続けたが、吉成達は一向に店から出て来ない。焦れた草加が煙草を咥えつつ呟く。

「下痢してたりして」

「だといいがな」

 甲山が返した直後、店から堀池だけが出て来た。その瞬間、甲山は素早く車を降りて駆け出した。草加も慌てて後を追う。

 戸惑った様な表情でのろのろと駐車場へ向かう堀池を通せんぼし、甲山が尋ねた。

「オイ! 社長は何処行った!?」

 質問されて我に返った堀池が、甲山の顔を見て目を見開いた。

「け、刑事さん?」

 追いついた草加が横から更に訊く。

「どうしたの秘書さん? クビにでもなった?」

 堀池はゆっくりかぶりを振り、か細い声で言った。

「何だか、社長の様子がおかしくて、物凄く強張こわばった顔して、ここに入って暫くしたら急に、ひとりにしてくれ、サッサと帰れって、私、何が何だか」

 甲山は舌打ちして堀池を草加に任せ、店内に駆け込んだ。二階建ての店内はかなり広く、そこそこ来客もあった。甲山は吉成を探して店内を走り回ったが、その姿は見当たらなかった。

「クソッ」

 小さく悪態を吐いた甲山は、一階のレジに立っていた女性店員に身分証を見せながら尋ねた。

「さっき、高そうなスーツ着た四十歳くらいの男が来たろ? 何買って何処行った?」

 店員は甲山の剣幕に面食らいつつ答えた。

「え、えっと、確か包丁を一本お買い上げになりました、で、トイレの場所を尋ねられたのでご案内しました」

「トイレ!? 何処の?!」

「あ、あちらです」

 甲山は店員が指し示した方向へ走り、見つけたトイレへ入りかけて別の方向に目を向けた。そこにはもうひとつの出入口があった。

「こっちか」

 甲山が出入口のガラス扉を押し開けて外へ出ると、丁度一台のタクシーが走り出した所だった。その後部座席に、吉成らしき後頭部が見えた。すぐに後を追う甲山だが、タクシーはスピードを上げてあっと言う間に遠ざかった。甲山は大きく息を吐きつつタクシーのナンバーを記憶すると、スマートフォンを取り出して分署に電話をかけた。

『はい、刑事課分室』

 電話に出た目黒に、甲山がまくし立てた。

「室長! 今から言うナンバーのタクシー手配してください! 吉成が逃げました!」

『お、おい、ちょっと待て甲山、話が見えんぞ』

「とにかく! 地域課に応援頼んで緊配かけてください! 奴は蓑部を殺す気ですよ!」

 甲山は目黒に反論の隙を与えずに喋ると、タクシーのナンバーを告げて一方的に電話を切り、店内を走り抜けて表側へ戻った。気づいた草加が問いかける。

「コーさん! 社長は?」

「タクシーで逃げた、追うぞ!」

「あ、ウッス。じゃ、後で署に来てね」

 草加が堀池に告げる間に、甲山は覆面パトカーの運転席に潜り込んでエンジンをかけた。

「あ、待ってよコーさん!」

 慌てて助手席に飛び乗った草加に構わず、甲山は前輪を激しくスピンさせながら車をスタートさせた。体勢を立て直した草加が助手席の下からパトライトを取り出してルーフに乗せ、同時にサイレンを鳴らす。

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