SUMMER FALL #9

 蓑部を見失った甲山と草加は、『神庭荘』に戻って改めて話を聞いた。どうやら蓑部は、祥子が自殺して葬儀そうぎを済ませた後も供養くようだ何だと理由をつけて部屋を引き払う事を拒否していたらしい。だがさすがに蓑部が妹の部屋に住み着いていたのは管理人も気づかなかった様だ。

「蓑部の奴、上手くやってやがったな」

 管理人の部屋を出た甲山が言うと、草加が頷いて返した。

「人目のつかない時間に出入りしてたんでしょうね。案外、上京してからの宿泊費用が底をついたのかも知れませんけどね」

「ともかく、妹の部屋を調べよう」

 ふたりは白手袋をめて、再び祥子の部屋へ足を踏み入れた。甲山が左手の押入れを開け、草加が奥に設置された化粧台を探る。押入れの上段には祥子の衣類を納めた引き出しボックスがしまわれていて、その上に差し渡された突っ張り棒から、冬物の上着やフォーマルスーツ、色鮮やかなドレス等がぶら下がっていた。下段は布団の類が占拠している。

「独身女性って感じだな」

 独りごちる甲山に、草加が呼びかけた。

「コーさん! これ!」

「何だ?」

 振り返った甲山に、草加が歩み寄って折り目の付いた便箋びんせんを見せた。受け取った甲山の目が、大きく見開かれた。

『兄さんへ 

 先立つ不幸をお許しください

 社長に体を売らされました

 もう生きているのが辛い

 ごめんなさい

 祥子』

 手書きの遺書いしょだった。便箋の所々がふやけているのは、読んだ蓑部が落とした涙の跡か、それともしたためた祥子自身の涙の跡か。

 甲山は草加に便箋を返すと、苦虫を噛み潰した様な顔で言った。

「やっぱり奴の狙いは吉成か」

「妹を自殺に追い込まれた恨み、ってとこッスかね」

 同調した草加が、化粧台に置かれた封筒に便箋を入れた。表に書かれた宛先は高知県内の住所だった。恐らく蓑部兄妹の実家だろう。

 他にめぼしい物も見つけられぬまま、ふたりは祥子の部屋を出て覆面パトカーに戻った。甲山が無線機のマイクを取り、分署を呼び出すと、スピーカーから仲町の声が返って来た。

「おぅ、トオルか。蓑部のつとめ先の方はどうだ?」

『それが、蓑部は半年前に突然会社を辞めてますね』

仲町の返答の後に若干の雑音が入ったかと思うと、無線の向こうの声が鴨居に変わった。

『鴨居です。あちらの会社から、蓑部の顔写真をメールで送ってもらったんですがね、マンションで撮影された男の顔と一致しました』

「決まりだ」

 運転席で呟く草加の横で、甲山が鴨居に告げた。

「判った。実は蓑部が妹の部屋に潜伏せんぷくしてたんだが取り逃がした。お前等こっちに来て蓑部を探してくれ。今住所送る」

『了解』

 鴨居の返答を待ってマイクを置いた甲山が草加に指示し、け合った草加がメールで『神庭荘』の住所を鴨居宛に知らせた。


 ふたりは覆面パトカーを『警視庁東部とうぶ警察署』の前に停めて、祥子の自殺案件を担当した刑事を呼び出してもらった。ふたりの前に現れたのは、笠松かさまつと名乗る四十代後半とおぼしき男性の刑事だった。ふたりが簡単に自己紹介すると、笠松はいぶかしげな表情でふたりを外へ促した。

 先に立って歩く笠松に、甲山が質問した。

「蓑部祥子ですが、どの様な形で自殺を?」

「風呂場で、水を張った浴槽よくそうの中で手首を切っていました。特に疑うべき点はありませんでしたよ?」

 少しけんのある口調で笠松が返すと、草加が笑顔でフォローした。

「あ、いや、そこ疑ってる訳じゃないんで」

「じゃあ何です?」

 足を止めて訊き返す笠松に、甲山が質問で返した。

「蓑部祥子の兄にお会いになりましたか?」

「あ、ええ、会いましたよ。ご遺体の確認に来ましたから。何でも早くに両親を亡くしたとかで、他に身寄りが無いらしかったですよ。そのお兄さんが何か?」

 笠松が必ず質問で終わるのは刑事らしいと思いつつ、甲山は真顔で答えた。

「ある事件の重要参考人として行方を追っています。情報がありましたら是非とも我々にご連絡を」

「重要参考人?」

 瞠目する笠松に慇懃いんぎんに頭を下げると、甲山は踵を返した。草加も「じゃ、よろしく」と言い残して甲山の後に続いた。


《続く》

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