SUMMER FALL #7

 堀池が証言した吉成のアリバイは完璧だった。甲山と草加は残った名刺の持ち主を当たったが、皆カレンこと田辺美和の死に対して驚くものの、吉成程の反応は見せなかった。またほとんどの人にアリバイがあり、彼女に殺意を抱くまでの動機も無い様だった。

 結果、美和の得意客に容疑者候補は見当たらなかった。一枚の名刺を残して。

 覆面パトカーの車内で、草加が残った名刺を見ながら電話をかけているのを、甲山は煙草を吸いながら横目でながめていた。

「ウ〜ン、やっぱりつながんねぇなぁ」

 難しい顔で電話を切る草加に、甲山が訊いた。

「本人の携帯か?」

「ええ、これで五回目なんスけど」

 答える草加の手から名刺を取り上げた甲山は、裏側に書かれた携帯電話番号を見てから、表に返した。名前は蓑部達範みのべたつのり、所属は『(株)虎杖精工いたどりせいこう』と書かれていた。だが甲山はその会社の住所を見て瞠目どうもくした。

「何だぁ?」

「何スかコーさん?」

 煙草をくわえつつ訊いた草加に、甲山は名刺を見せながら答えた。

「会社の住所見てみろ、高知県だ」

「は?」

 指摘を受けて名刺を見直す草加をよそに、甲山は渋い顔で主流煙を吐き出した。


『(株)ガーネットプロダクション』が入るビル付近に戻った甲山と草加は、覆面パトカーの中で食事をっていた。すでに夜はけ、近辺を行き交う人影もまばらである。

「もう帰っちゃってたりしてないッスよね?」

 運転席でコッペパンをかじりながら言う草加に、おかかのおにぎりを頬張ほおばった甲山が返した。

「社長差し置いて帰る秘書は居ねぇだろ」

 果たして甲山の指摘通り、ビルの正面に黒塗りのBMWが停車した直後に、吉成と堀池が出て来た。

「ほらな」

 微笑する甲山の視線の先で、吉成がBMWの後部座席に潜り込んでいた。甲山はダッシュボードに置いた缶コーヒーの残りを飲み干すと、発進したBMWを見送る堀池を見ながら草加に言った。

「行くぞ」

「オッス」

 草加の返事を待たずに車を降りた甲山は、ビルへ戻ろうとする堀池を呼び止めた。

「秘書さん」

 足を止めて振り向いた堀池は、甲山と草加を見て表情をくもらせた。

「何かご用ですか?」

 甲山は堀池の両脇を草加とふたりしてふさぐと、身体をかがめて小声で告げた。

「どうしてもアンタに訊きたい事がありましてね、社長の前じゃ言い辛そうなんで」

 堀池の眉間に、深いしわが刻まれた。


 三人は近くのカフェに移動し、店の奥の四人掛けのテープルを占拠せんきょした。注文を取りに来たウェイトレスにコーヒーを三つ頼んでから、甲山が堀池にたずねた。

「アンタ、この男知ってるよな?」

 隣で草加が、田辺美和の自宅に侵入した男の顔写真を改めて見せる。堀池は目をらして黙っていたが、ウェイトレスが持って来たコーヒーをひと口飲んで軽く咳払せきばらいすると、気まずそうに口を開いた。

「知ってる訳ではありません、一度会った事があるだけです」

「何処で?」

「隠すとためにならないよ?」

 甲山が更に訊き、草加がダメ押しした。堀池は溜息ためいきいてから答えた。

「半年程前、突然ウチに押しかけて来たんです、妹がどうのとか言ってましたけど」

「妹?」

「さぁ、詳しくは聞いてないので判りません、私はオーディションに落ちた子の関係者か何かで、本人の代わりにクレームをつけに来たのだと判断して、社長には話を通さずに追い返したんです」

「オーディション?」

 草加の問いに、堀池はうなずいて言った。

「ええ、ファッション雑誌との連動で、年に一回行っております。多数の応募に対して合格者はほんのひと握りですから、自分の子供や姉妹の実力を過信してクレームをつけて来る親族の方って、結構居るんですよ。なのでいちいち対応していられません」

 堀池の苛立いらだちをにじませた口調に不審を抱いた甲山が、身を乗り出して質問した。

「だがこの男、そう言うありがちな連中とはひと味違ったんじゃないか?」

 すると堀池は、くちびるを噛んでうつむき、落ち着かなげに視線を彷徨さまよわせた。尚も質問しようとした草加を手で制して、甲山は堀池の反応を待った。

 数十秒の沈黙の後に、堀池は重い口をようやく開いた。

「その、妹が、自殺した、と」

 甲山と草加が、顔を見合わせた。

「こいつの名前は? 妹の方でもいい」

 小声ながらも強い口調で、甲山が訊いた。堀池はかぶりを振ると、上目遣うわめづかいに甲山を見て答えた。

「その方の名前は聞きませんでした。追い返す事に必死だったので、でも妹の名前は、その方がしきりに言っていたので。確か、しょうこ、とか」

「しょうこ、ね。該当者がいとうしゃ、調べられるよな?」

 甲山が念を押すと、堀池は不承不承ふしょうぶしょう頷いた。


《続く》


 

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