SUMMER FALL #5

 翌朝、刑事課分室の面々が再びホワイトボードの前に集合した。捜査会議の口火を切ったのは甲山だった。

「マル害は店のナンバーワンで、かなりの上客を掴んでたらしい。その中でも、モデル事務所社長の吉成ってのと半ば交際してたそうだ」

「で、マル害のヤサに侵入した男が、ここ半年くらい足繁あししげく『Red Rose』に来てマル害を指名してたと」

 草加が補足すると、目黒が自分のデスクから言った。

「と言う事は、交際をめぐってマル害とその男が揉めて、橋から突き落とした、のか?」

痴情ちじょうのもつれ、って奴じゃないスか?」

 鴨居が言い、仲町も同調する様に頷く。そこに、草加が反論した。

「だったら、わざわざカードキーをくすねてまで女のヤサ荒らす必要無いんじゃないの? 探し方がド派手だったんだぜ?」

「それは、何か弱みでも握られてたんじゃないスか?」

 鴨居が言い返すと、草加もうなって考え込んだ。この間、ずっと俯いていた甲山に、目黒が問いかけた。

「どうした甲山? 何か引っ掛かってるのか?」

 甲山は口髭をひと撫でしてから答えた。

「その男は、何でマル害をやたら指名してたのか? イマイチ接点が判らんのですわ」

「そりゃ〜、初めてその店に行った時に見かけて気になったからじゃないですか?」

 仲町の意見にも、甲山の表情は渋いままだった。

 刑事達の間を、重苦しい沈黙が支配した。それを破ったのは目黒だった。

「とにかく、例の男を見つけない事には始まらん。聞き込みで何か出なかったのか?」

「それが、現場付近で大分ねばったんスけど、全然目撃者出なくて」

 申し訳無さそうな顔で鴨居が告げると、目黒は頷いて椅子から腰を上げた。

「よし、鴨やんとトオルは引き続き男の捜索。甲山、何かあるか?」

 水を向けられた甲山は、草加と目を合わせてから告げた。

「俺達は、マル害の職場のロッカーで見つけた得意客の名刺の持ち主を当たります。まずは吉成って社長から」

「頼む」

 目黒の返答と同時に、四人は動き出した。


 甲山と草加は、繁華街はんかがいるオフィスビルの正面に覆面パトカーを停めた。運転席の草加が、シートベルトを外しながら言った。

「モデル事務所の社長って、どんなもんスかね?」

「実はスカーフェイスかもよ」

 甲山が微笑して返すと、草加は「お〜こわ」と呟いて肩をすくめた。

 ふたりは正面玄関からビルに入り、エレベーターで五階へ上がった。ワンフロアまるごと、『株式会社 ガーネットプロダクション』がオフィスとして使っている。

 ふたりは出入口脇に設置されたカウンターに座る受付嬢に向かって身分証を示し、受付嬢が狼狽ろうばいした顔で会釈するのを受けて草加が告げた。

「社長に聞きたい事があるんだけど、居る?」

「あ、少々お待ちください」

 受付嬢が内線電話をかけ、出た相手と二言三言やり取りして受話器を置いた。

しばらくお待ちください」

 受付嬢に告げられた数秒後に出入口の扉が開き、中からスーツ姿の若い女性が現れた。ロングヘアにメタルフレームの眼鏡と言う容貌からは、他者を容易に寄せつけない雰囲気が漂っている。

「警察の方が、どの様なご用件でしょうか?」

 女性の質問を無視して、甲山が訊いた。

「貴方、どちらさん?」

 女性は不快そうに咳払いを入れてから答えた。

「私は社長秘書の堀池です」

「あ、そう。あんまりここじゃ言わない方が良いかも知れんよ」

 甲山がオフィス内に首を入れて言うと、堀池は怪訝けげんそうな顔で訊いた。

「どう言う意味ですか?」

 甲山は堀池に顔を近づけて、小声で告げた。

「社長の行きつけのクラブの女のコについて」

 途端に、堀池の顔色が変わった。

「こちらへどうぞ」

 堀池が踵を返して歩き出し、ふたりが後に続く。オフィス内で働く社員達は、仕事をしながらも横目で甲山達をうかがっていた。

 やがてふたりは、ガラス壁で囲まれた『社長室』の前に辿り着いた。全面にブラインドが降りていて、中の様子は見えない。

「鬼が出るか、蛇が出るか」

 草加の呟きをスルーして、堀池が出入口のドアを開けてふたりの来訪を告げた。中から良く通る低音で「お通しして」と聞こえて来た。直後に堀池がドアを大きく開けて「どうぞ」とふたりを促した。甲山が先に立ち、堀池に軽く頭を下げて中に入った。出迎えたのは、グレーのダブルスーツを身にまとった、端正たんせいな顔立ちの男性だった。見た所、三十代後半くらいに見える。甲山の後ろから草加が耳打ちする。

「意外とイケメン」

 甲山は眉毛を動かして答えた。

「社長の吉成です。どうぞ」

 吉成はデスクから立ち上がると、自分の左前に置かれたソファを指し示した。ふたりが並んで座り、対面に吉成が腰を下ろして名刺を差し出した。草加が受け取り、甲山に見せた。『代表取締役 吉成誠治よしなりせいじ』と表記されたそれは、田辺美和のロッカーで見つけた物と同一だった。

「それで、ご用件は?」

 吉成は背を少し反らせながら尋ねた。甲山が、田辺美和の生前の写真を出して言った。

「この女性、ご存知ですよね? 田辺美和さん。ああ、貴方には『カレン』さんと言った方が通りますかな?」

 源氏名を出されて、吉成は眉間みけんしわを寄せつつ頷いた。

「ええ、知ってますよ。彼女が何か?」

 甲山が口を開きかけた所へ、出入口のドアがノックされた。堀池がドアを開けると、受付嬢がコーヒーの入ったカップを三客運んで来て、テーブルに置いた。草加が「どうも〜」と告げてひと口すする。吉成もカップを取り上げた。甲山はカップに触れずに吉成に向かって言った。

「死体で発見されました」

「えっ?」

 吉成の手から、カップがすべり落ちた。


《続く》

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