Hello! あぶない新署長 #13

 棚川署の署長室で、島津は再び椎名と対峙していた。

「何の用だ?」

 椅子に腰を下ろしたまま、椎名は目の前に直立する島津を見上げて訊いた。

「こちらの署の人員を、お貸し願えませんでしょうか?」

 島津は姿勢を崩さずに尋ね返す。椎名が目を逸らして鼻を鳴らす。

「俺に対して偉そうに啖呵たんかを切った舌の根も乾かぬ内に泣きを入れに来たのか? 虫が良過ぎはしないか?」

 椎名の鋭い口調に怯む様子も見せずに、島津が尚も言う。

「今回の事件の裏には、金城組が関わっています。我々だけで対応するのは危険かと」

「ならばサッサと捜査権をこちらに渡せ!」

「それはできません」

 椎名の指示を、島津は即座に拒否した。途端に椎名が顔を紅潮させて立ち上がった。

「ふざけるな! 捜査権はやらんが人は貸せだと⁉ 分署の分際で偉そうな事を言うな!」

「繰り返しますが、初動捜査の期限である十日間は、主導権はこちらにある筈です」

「島津! 貴様――」

 椎名の怒声を遮る様に、島津のスマートフォンが鳴った。島津は椎名に掌を向けて「失礼」と断ってから電話に出た。

「島津です」

『署長! 目黒です、実は先ほど鴨居が『ビッグウェーブ』の連中に襲われて負傷しました』

「何ですって? それで、坂爪祐太は見つかりましたか?」

 驚きつつ訊く島津に、電話の向こうで目黒が申し訳無さそうに答えた。

『すみません、奴等に拉致されました。仲町が駆けつけたのですが、間に合わなかったそうです。ただ、仲町が現場から逃走する車のナンバーを控えたので、緊急配備をかけます』

「そうですか、判りました」

 電話を切った島津に、後ろから椎名が問いかけた。

「何かあったのか?」

「鴨居君が、遺体遺棄の容器者を追っていた半グレ集団に襲われて負傷したそうです」

「何だと?」

 さすがの椎名も驚きを隠さなかった。島津は改めて椎名に向き直り、深々と頭を下げた。

「管内の検問に、ご協力お願いします」

「検問? 何の為だ」

 俄に混乱しつつ尋ねる椎名に、島津は頭を上げて答えた。

「半グレ集団が、容疑者を拉致して逃走しました。このままでは、容疑者が危険です」

「待て島津、話が見えん、最初から説明――」

「そんな余裕はありません!」

 椎名の問いを、島津が声を張り上げて遮った。気圧される椎名に、島津が身体を震わせて更に大声を浴びせる。

「容疑者を拉致したのは、相手が刑事でも躊躇ちゅうちょなく襲う様な連中です、最早一刻の猶予もありませんよ!」

 島津の勢いに押されていた椎名が、苦い表情で咳払いをしてから、おもむろにデスクの電話を取った。

「椎名だ。管内全域に非常線を張れ。何? いいから早くしたまえ!」

 鼻息を荒くして電話を切った椎名が、島津を

睨みつけて言った。

「これでいいんだな?」

「ありがとうございます」

 島津は改めて頭を下げ、踵を返して出入口へ向かった。その背中に、椎名の言葉が追いすがった。

「ここまでして容疑者を死なせたりしたら、判ってるんだろうな?」

 島津はドアノブに手をかけた所で動きを止め、椎名を振り返って力強く告げた。

「全ての責任は、僕が取ります」

 署長室を出た島津は、スマートフォンを取り出して素早く操作し、目黒の携帯電話を呼び出した。

『目黒です』

 一度のコールで電話に出た目黒に、島津は早口で指示した。

「本署の方で非常線を張ってもらいました、室長はそこから指令をお願いします。僕も、すぐに戻ります」

『判りました、それと鴨居ですが、救急車で警察病院に搬送しました。森本室長がそちらに行ってくれました』

「そうですか、それはありがたい」

 電話を切った島津は、署内の駐車スペースに停めた自分の車に乗り込んだ。


《続く》



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