Hello! あぶない新署長 #12

 現場を離れた鴨居は、坂爪の行方を探して野上駅周辺を走り回っていた。その道すがら、通行人等から情報を得て、通り沿いに在る『浦辺神社』の境内に足を踏み入れた。足音を殺し、物音に耳を澄ませながら奥へ進んだ鴨居の身体に、何か小さい物体が高速で当たった。敷石に落ちて軽い音を立てたそれを、鴨居はしゃがみ込んで摘んだ。『BB弾』と呼ばれる、エアガンに使用する樹脂製の小さな球体だった。

「坂爪か?」

 BB弾の飛んで来た方向を覗き込む様に身体を屈めながら呼びかけると、再びBB弾が鴨居を襲った。咄嗟に顔を背ける鴨居の耳に、若い男の上擦った怒号が浴びせられた。

「来るな!」

 鴨居は被弾した頬を擦ってから、身分証を取り出して告げた。

「安心しろ、オレは警察だ。君を保護しに来た」

 だが相手は更に発砲しつつ喚く。

「来るなよ! どうせパクるんだろ!」

 三度にわたる発砲のおかげで、鴨居は坂爪の居場所をほぼ特定できていた。わざとらしく両手を挙げながら、坂爪の隠れている方へ歩を進める。

「心配すんな、オレは丸腰だ。それともお前達のサバゲじゃ、武器持ってない相手でも撃っていいのか?」

 このひと言が効いたのか、四度目の発砲は無かった。鴨居は軽く息を吐きながら、手を挙げたまま更に近づいた。

 やがて、本殿の奥の繁みから、薄汚れたスタジアムジャンパーと軍用のズボンを履き、両足をジャングルブーツで固めた若者が、アサルトライフルを携えて出て来た。

「坂爪祐太君、だね?」

 鴨居が改めて訊くと、若者は無言で頷いた。鴨居は両手を下ろして坂爪に駆け寄り、溜息混じりに言った。

「無事で良かった」

 すると坂爪は、それまでの緊張が緩んだのか、涙を流してその場にへたり込んだ。鴨居は微笑しつつスマートフォンを取り出して、仲町に電話をかけた。

「あ、トオル君? 坂爪を見つけたよ。場所は浦辺神社。迎えに来てくれる?」

『了解、室長にも報告しときます』

「頼む」

 電話を切った鴨居は、坂爪の隣に腰を下ろし、泣きじゃくる坂爪の肩に手を回して優しく叩いた。

「何かあったのか、正直に話してみな。悪い様にはしないから」

 鴨居が務めて優しい口調で言うと、坂爪は大きく鼻を啜って顔を上げた。

「あ、あいつ、拓司を埋めたのは、お、俺です」

 坂爪の告白に頷き、鴨居は更に質問した。

「何であんな、すぐバレちまう所に遺体を埋めたんだ? 翌日自分が来なきゃならないのは判ってただろ?」

「あの時は、あ、慌ててたから、あのタコツボしか思いつかなくて、あ、後になってヤバいって気づいて、そしたら朝になって、サツが拓司の死体を見つけたってメッセージが来て」

「誰から?」

「サバゲの仲間の、関谷せきやって奴、あいつも『ビッグウェーブ』に関わってるから、俺、絶対殺されると思って」

 鴨居は納得した様に頷いた。坂爪の失踪と『ビッグウェーブ』の動きの速さの理由が漸く解明された。

「じゃあ、拓司君を殺したのは『ビッグウェーブ』の連中って事か?」

 鴨居の問いに、坂爪は眉間に皺を寄せて答えた。

「た、確かに、拓司はメンバーのリンチの所為で死んじまった、けどやれって言ったのは、福森ふくもりさんです」

「福森? 何者だ?」

「福森さんは、『ビッグウェーブ』のOBで、今は『日本皇義党』とかいう所に居るらしくて、昨日の召集も福森さんかららしくて」

 そこまで聞いて、鴨居はふと新たな疑問を覚えた。

「待てよ、なぁ、拓司君は『ビッグウェーブ』のメンバーなのか?」

 坂爪は即座にかぶりを振った。

「いや、あいつは違う、関係無い」

「じゃあ何で彼のスマホに召集のメッセージがあったんだ?」

「そ、それ、俺の所為なんだ、俺が他のメンバーにメッセを回した時に、ミスってあいつにも送っちまったみたいで、だから、集合場所であいつが見つかった時俺、ミスに気づいてヤベェって思って」

「そうだったのか、まぁとにかく、一緒に署に行こう。全部話して、罪を償うんだ」

 無言で頷く坂爪を助け起こして、鴨居は境内を鳥居に向かって歩き出した。だが、その行く手を数人の若者が阻んだ。

「見つけたぞぉ!」

 先頭のひとりが大声を上げると同時に、他の若者が一斉に鴨居と坂爪に襲いかかった。

「うわぁ!」

 途端に坂爪が悲鳴を上げながらエアガンを持ち上げて乱射した。若者達が怯んだ隙に、鴨居は坂爪を抱える様にして元来た方へ走り出した。しかし、いつの間にか別の若者達が回り込んで来て、忽ちふたりは取り囲まれた。包囲網を狭める彼等に、鴨居が声を上げる。

「お前等『ビッグウェーブ』か? オレは警察だ、公務執行妨害こうむしっこうぼうがいで全員逮捕だぞ!」

 だが数を頼んだ彼等には通じない。再び坂爪がヒステリックな声を上げてエアガンを撃つが、発射音のみが響いて若者達に何も飛んで行かなかった。弾切れだ。

 そこへ、野太い男の声が轟いた。

「チンタラやってんな」

 鴨居達を含めた全員の意識が声の方向に向かった直後、若者達の輪を割って入って来た大柄な人影が鴨居に何かを叩きつけた。

「がっ」

 鈍い音を立てて鴨居の頭部を直撃したそれは、工事現場等でよく見かける鉄パイプだった。鴨居は顔を歪めてその場に崩れ落ちた。その傍らで、坂爪が若者達に連行されて行く。坂爪の口から、震える声で「ゆ、許してください、福森さん」という言葉が漏れた。

 鴨居は朦朧もうろうとしながらも、這いつくばって若者達を追いかけようとした。だが痛みで身体が思う様に動かず、空しく彼等を見送るしか術が無かった。無力感と共に意識を失いかけた所へ、仲町の声が響いた。

「鴨居さん!」

 駆けつけた仲町に抱え起こされて、鴨居は顔をしかめながら口走った。

「坂爪が、拉致、された、福、森、緊急、は、いび」

 心配そうに見つめる仲町の顔が、次第に鴨居の視界から消えた。


《続く》

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