Hello! あぶない新署長 #14

 警察病院のベッドに、頭部を分厚い包帯で包まれた鴨居が仰向けに寝ていた。傍らに、心配そうな表情の森本が佇んでいる。

 鴨居の眉間に、深い皺が刻まれた。瞠目する森本の前で、鴨居が顔を歪ませて身じろぎした。

「鴨居君?」

 森本が呼びかけると、鴨居はゆっくり瞼を開いて眩しそうに天井を見てから、急に両目を見開いて上半身を起こし、直後に強烈な頭痛に見舞われて頭を抱えた。咄嗟とっさに森本が手を貸す。

「あ、駄目よまだ起きちゃ。脳震盪のうしんとう起こしてるらしいんだから」

 森本に寝かされた鴨居が、顔を歪ませたまま言った。

「あ、森本室長、ここは?」

「警察病院よ」

「病院、そうか、オレ、福森とか言う男にやられて」

 一瞬の混乱が収まったのか、鴨居は己に起こった事を反芻はんすうした。

「大事に至らなくて良かったわね。今、本署の協力で管内に非常線を張ってるから、貴方を襲ったグループもそう簡単に逃げられない筈よ」

「非常線? 本署が? どうしてそこまで?」

 驚いた鴨居が訊き返す。本署側の分署に対する対応等を考えたら、今回の捜査に協力してくれるとは、鴨居にはどうしても思えなかった。

「島津署長が、本署にかけ合ってくれたのよ。わざわざ椎名署長に直談判してね」

「署長が」

 森本の返答に、鴨居は目を泳がせた。島津が何故そこまでするのか、理解に苦しんだ。だが数秒後、目と歯に力を込めると、再び身体を起こそうと試みた。気づいた森本が慌てて止める。

「ちょっと! まだ寝てなさいって!」

「いや、皆が必死に捜査してるのにオレだけ寝てる訳には行かないッスよ」

 抗弁する鴨居を真っ直ぐ見つめて、森本が力強く告げた。

「駄目よ! 今の貴方が捜査に戻っても足手まといなだけ。今は大人しくしてなさい」

「しかし――」

「仲間を信じなさい! 大丈夫、必ず解決するから」

 森本に諭され、鴨居は溜息を吐きながら身体を横たえた。


 島津が分署に戻ると、目黒が司令室から会釈した。島津も会釈を返しつつ尋ねる。

「逃走車は、見つかりましたか?」

 目黒は苦い表情でかぶりを振った。

「今の所、当該ナンバーの車両は何処の検問にもかかっていません」

「そうですか」

 そこへ、甲山と草加が戻って来た。目黒が司令室から呼びかける。

「おぉ、どうだ?」

「車は見つかりませんな。それより室長、鴨居が言い残した『福森』ですがね」

 甲山の言葉に、目黒と島津が同時に反応した。

「何者だ?」

「知っているのですか?」

 ふたりからの問いかけに戸惑いつつ、甲山が答えた。

「金城組に、ひとり思い当たる奴が居まして」

「金城組に?」

 目黒が訊き返す。甲山は頷いて更に続けた。

「ええ。俺が代官署に居た時に傷害で挙げた事があるんですがね、名前は福森和博ふくもりかずひろ、金城組の幹部で前科三犯、四年前に出所してます」

 説明する甲山の後ろから、草加が補足した。

「それでちょっと調べたんスけどね、福森は今『日本皇義党』の顧問って事になってるんですわ。まぁ恐らく金城組からの目付って立場なんでしょうけど」

「そうか」

 目黒が渋い顔で頷く。そこへ、無線の呼出音が鳴った。

「はい、こちら司令室」

 目黒が応じると、スピーカーから仲町の声が響いた。

『仲町です。連中の車ですが、付近の目撃情報によると、どうも例の二條ビルの辺りで消えたらしいです』

「なるほど、『ビッグウェーブ』の連中が検問から逃れるには、溜まり場に逃げ込むくらいしか手が無いか」

 甲山が言うと、草加が茶々を入れた。

「灯台下暗しって奴ッスね」

迂闊うかつだったな。金城組やら倉田会やらに気を取られ過ぎた」

 甲山が表情を曇らせて言うと、目黒が甲山を見て指示した。

「よし、甲山、すぐ二條ビルに向かってくれ。トオルは先に行って待機」

『了解』

「了解」

 仲町と甲山が答えた直後に島津が言った。

「僕も行きます」

「え?」

 戸惑う甲山達の横をすり抜けて、島津は分署を出た。

「随分アクティブだなあの署長」

 甲山が呑気に言うと、草加が口を挟んだ。

「コーさん、早く行かないと乗り遅れますよ」

「判ってるよ、行って来ます!」

「頼むぞ!」

 目黒の声に、甲山はサムズアップで答えた。


《続く》


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