Hello! あぶない新署長 #10

 分署に戻った島津は、刑事課分室に入って目黒に問いかけた。

「室長、その後、進展は?」

 目黒は手にしていた缶コーヒーをデスクに置いて向き直った。

「署長、申し訳ないのですが、未だ手掛かりが掴めません」

「そうですか。ですが、まだ猶予ゆうよはありますから、焦りは禁物ですよ」

 島津がねぎらいの言葉をかけると、目黒は恐縮して頭を下げた。

 島津が二階へ上がろうとすると、甲山と草加が戻って来た。丁度目が合った甲山が島津に軽く会釈してから目黒に呼びかけた。草加も後に続く。

「室長、『ビッグウェーブ』の連中なんですがね、どうも最近バックに右翼が付いたらしいんですわ」

「右翼?」

 訊き返す目黒に頷き、甲山が続けた。

「ええ、あいつ等のOBが所属してる団体らしいんですが、街宣車がいせんしゃの周りを『ビッグウェーブ』のメンバーがバイクで囲んで守ってるのが目撃されてます」

「その右翼団体、名前は何と言うのでしょう?」

 島津が後ろから尋ねると、不意をつかれたのか甲山が驚いて肩をすくめた。

「お、署長」

 甲山をフォローする様に草加が手帳を開いて確認した。

「え〜っと、『日本皇義党にっぽんこうぎとう』ッスね」

 島津は草加の手帳を覗き込んで漢字を確認すると、「ちょっと当たってみます」と言い残して足早に二階へ上がった。目黒達は数秒呆気に取られていたが、慌てて島津の後を追った。

 自分のデスクに取り付いた島津は、素早くノートパソコンを開いて起動し、総務省のデータベースにアクセスした。画面に、国内で活動を確認されている右翼団体の名称が一覧表示された。目黒達も後ろから島津の肩越しに画面を見つめる。

 慎重に画面をスクロールさせて『日本皇義党』を探し、漸く見つけたものの、十二年前に解散していた。

「解散してますねぇ」

 独りごちた島津は尚も一覧を探すが、残念ながらヒットしなかった。

「どういう事だ?」

 目黒が首を捻る。甲山が草加を横目で見て言った。

「聞き間違えたんじゃねぇだろうな」

「そんな! ちゃんと確認しましたよ」

 疑われた草加が口を尖らせて反駁する。一方の島津は傍らの電話機に手を伸ばし、受話器を持ち上げた手で番号をプッシュした。数回のコール音の後に、相手が電話に出た。

「お久しぶりです。島津です」

 しゃべり始めた島津は、相手の質問をあしらって本題に入った。

「所で、『日本皇義党』という団体に心当たりはありませんか?」

 それから、島津は数回相槌あいづちを打ってから「どうもありがとう」と告げて受話器を置いた。

「何か、判りましたか?」

 目黒が訊くと、島津は立ち上がって答えた。

「ええ。以前外事課に居た時の同僚で、現在公安調査庁こうあんちょうさちょうに出向している知人に訊いてみたんですがね、どうも今の『日本皇義党』は似非えせ右翼らしいんですよ」

「似非右翼? 何スかそりゃ」

 草加が素っ頓狂な声を上げた。島津は草加に向かって軽く微笑んでから続けた。

「似非右翼、つまり表面上は右翼思想を掲げて街宣活動等を行ってはいますが、その実体は企業恐喝等を行う為に暴力団が利用する団体です」

「なるほど、ヤクザの資金源のひとつって訳か」

 甲山が眉間に皺を寄せて頷いた。その隣で草加が訊く。

「で、どこの組の傘下なんスか?」

金城組かねしろぐみだそうです」

 組の名前を聞いた甲山が、軽快に口笛を吹いてから言った。

「ほぉ〜、結構な大手じゃねぇか」

 金城組は、東日本有数の広域暴力団こういきぼうりょくだんで、関東を中心に東北・北陸に組織を広げていた。だが暴力団対策法たいさくほうが施行されてからは、ご他聞に漏れず規模の縮小を余儀なくされている。元々のシノギはテキ屋だったが、後に麻薬密輸・密売に手を染め、中国や韓国等の東アジア圏にパイプを構築している。

「ヤクザ絡みなら、組対に知り合いが居るから当たってみるか」

「俺も昔の同僚とかに訊いてみますよ」

 甲山と草加が相次いで言うと、目黒がふと考え込んだ。

「待てよ、『ビッグウェーブ』の上にヤクザが居るって事は」

「何スか?」

 草加が訊くと、目黒は視線をを宙に彷徨わせながら言った。

「例の、坂爪祐太からマル害に送信されていたメッセージの『襲撃』というのは」

「まさか、金城組が?」

 甲山が反応し、草加と顔を見合わせた。

 ノートパソコンを閉じて立ち上がった島津が、目黒達に告げた。

「金城組の誰が『ビッグウェーブ』に関わっているのか、至急調べてください。それと、襲撃の対象の特定も」

「判りました」

 目黒が頷き、甲山と草加は階段を駆け下りた。


 一方、鴨居と仲町は管内で宿泊可能な施設を虱潰しに当たっていた。

 十何件目かのインターネットカフェで、遂に坂爪の目撃情報に辿り着いた。午前八時過ぎから約二時間滞在していたらしい。持っていた荷物が独特だったので、従業員の印象に残った様だ。防犯カメラの映像を確認すると、大きめのリュックを背負い、右肩からライフルケースらしき物を提げた坂爪の姿が映っていた。

「ビンゴだ」

 ネットカフェを出た鴨居が言うと、仲町が「古っ」と呟く。鴨居は気にせず、周囲を見回して言った。

「多分、まだそう遠くには行ってない筈だ」

「ですね。サバゲの装備持ち歩いてたらそんなに早く動けませんし」

 答えながら仲町が覆面パトカーに乗ろうとした瞬間、無線の呼出音が鳴り響いた。

「うぉビックリした!」

 肩をすくませる仲町を横目に、鴨居が運転席のドアを開けてマイクを取った。

「はい、こちら鴨居」

『目黒だ、たった今、野上のがみ駅近くのゲームセンターで、高校生らしい若い男が店内で突然エアガンを乱射したと通報が入った。恐らく坂爪だろう、急行してくれ』

「了解」

 請け合った鴨居は、マイクを戻して運転席に身体を潜り込ませ、覆面パトカーを発進させた。助手席の仲町が旋回灯をルーフへ出し、直後にサイレンを鳴らした。


《続く》



 

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