Hello! あぶない新署長 #9

 霞が関の官庁街にほど近い所にあるカフェを訪れた島津は、店内で一度立ち止まって周辺を見回してから、テラス席を目指して再び歩を進めた。

 白髪混じりの髪を七三分けに撫でつけ、経済新聞を開く濃紺のスーツ姿の男性が陣取るテーブルの前で立ち止まると、島津は少し身体を屈めて声をかけた。

「よろしいですか?」

 呼びかけられた男性は、新聞から目を上げて答えた。

「遅かったね。どうぞ」

「失礼します」

 島津は軽く頭を下げて男性の対面に腰を下ろした。歩み寄ったウェイトレスにロイヤルミルクティーをオーダーすると、男性に向かって問いかけた。

「で、何か御用ですか? 官房長」

 その言葉に対して、わざとらしく溜息を吐いて新聞を畳んだこの男性が、島津をロンドンから呼び戻した張本人、警察庁長官官房長の保科研蔵ほしなけんぞうである。

「いきなりご挨拶だな、何か用が無いとお前を呼び出しちゃいけない訳? つれないね、お前も」

 責める様な目つきで返す保科に、島津は微笑混じりに言う。

「いえ、そういう事ではないのですが」

 保科はウェイトレスが運んで来たブレンドコーヒーを受け取りながら尚も言う。

「大体、イギリスに飛ばされたお前を呼び戻したのは僕だよ。急拵きゅうごしらえだけど受け皿まで作ってやったんだ、お礼のひとつも言ってもらいたいもんだよ」

「僕は、頼んだ覚えは無いんですがねぇ」

「またそういう事を、いいかい島津、お前をうとましく思ってる人間は警察の中には結構居るんだよ、椎名君や刑事部長だけじゃなくてね。そういう人達の中には、お前が海外に居て目が届きにくい事を不安に思ってるやからも居るんだ。そんな連中のご機嫌を取る意味もあって、僕はあの分署を作らせたんだ。僕の苦労もちょっとは判って欲しいもんだね」

 保科の恩着せがましい発言を聞き流しつつ、島津は運ばれて来たロイヤルミルクティーをひと口啜った。甘味が強過ぎたのか、少し顔をしかめる。保科はもうひとつ溜息を吐くと、ブレンドコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「まぁとにかく、無事に帰国して安心したよ。ここは僕が持つから、細やかなお祝いだ」

 自分のオーダー分の伝票と一緒に、島津の方の伝票を取ろうとした保科を、島津が制した。

「いえ、結構」

「今日ぐらいいいでしょ、格好つけなさんな」

「いえ、本当に結構」

 頑なに拒否する島津を数秒見つめてから、保科は数回頷いた。

「じゃ、またね」

 立ち去る保科の背中に、島津は無言で頭を下げた。テーブルには、先程まで保科が読んでいた新聞が残されていた。


 鴨居達は、ふた手に分かれて捜査を続けた。甲山と草加は『ビッグウェーブ』を追い、鴨居と仲町は坂爪の行方と拓司が殺害されるまでの足取りを追った。その最中、如何いかにもチーマーっぽい風貌の少年二人組に鴨居と仲町が声をかけたが、ふたりは相手が刑事だと知ると途端に態度を硬化させ、質問を無視して立ち去ってしまった。

「何だアイツ等?」

 鴨居が口を尖らせて文句を言うと、仲町が訳知り顔で答えた。

「ああいう連中は、大抵警察嫌いですから」

「そんなもんかねぇ」

 鴨居はボヤきつつ、聞き込みを続けた。だが結局、有益な情報は得られぬまま分署に戻った。

「ご苦労さん、どうだ?」

 出迎えた目黒の問いに、鴨居は渋い顔でかぶりを振る。

「ダメです」

「そうか」

 つられて目黒の表情も曇る。そこへ、甲山と草加が戻って来た。

「どうも妙だな」

 甲山の言葉に、目黒が反応した。

「何が妙なんだ?」

「例の『ビッグウェーブ』のメンバーも、何故か血眼ちまなこになって坂爪を探してるんですよ」

「あいつ等、俺等が話しかけたら逃げやがって、ふん捕まえて吐かせるのひと苦労でしたよ」

 草加の言葉を聞いた仲町が、鴨居に訊いた。

「鴨居さん、あのチーマーみたいな奴等、もしかして」

「ああ。アイツ等も『ビッグウェーブ』のメンバーだったかもな」

 鴨居は眉間に皺を寄せて頷く。

「だが、何の用で坂爪を探してるのかは頑として口を割らなかった。ありゃ箝口令かんこうれいでも敷かれてんのかね?」

 甲山の疑問に、鴨居達は考え込んだ。数秒の沈黙を、目黒が破った。

「捜査の範囲を広げよう。それと、立ち回り先の周辺で、隠れられそうな場所なんかを重点的に当たろう」

「漫喫とか、ネットカフェ辺りか」

「廃ビルとかに不法侵入してるかも」

「よし、じゃあもうひと踏ん張り行くか」

 甲山の号令で、鴨居達は再び分署を出た。


《続く》

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