Hello! あぶない新署長 #8

 鴨居と仲町が覆面パトカーに乗ろうとすると、裏から石倉が現れて呼びかけた。

「おーい、ちょっと待て」

「何スか?」

 鴨居が反応すると、石倉は拓司の母親を連れて覆面パトカーに近寄った。母親の目は泣き腫らして赤くなっている。

「済まねぇが、お母さんを送ってやってくれねぇか?」

「いいんじゃないですか? ついでにマル害の部屋とか見せてもらいましょうよ」

 仲町の提案に頷き、鴨居は後部座席のドアを開けて母親を促した。

「お世話になります」

 母親は軽く頭を下げると、石倉を振り返って会釈してから車に乗り込んだ。見届けた石倉が、鴨居達に右手を挙げて言った。

「んじゃ、頼むぜ」

「ウィッス」

 請け合った鴨居が運転席に収まり、エンジンをかけた。


 拓司の自宅に到着した鴨居と仲町は、リビングルームで茶を頂き、拓司についていくつか話を聞いてから、拓司の部屋に案内してもらった。六畳程の広さの室内は、いかにも高校生という雰囲気を醸し出していた。

 窓際にはシングルベッドが鎮座ちんざし、頭の方にテレビとゲーム機、足の方には四段組の本棚が置かれていた。蔵書ぞうしょの殆どは漫画の単行本や雑誌、合間に見える薄い本は恐らく同人誌の類だろう。本棚の隣に学習机があり、教科書等はこちらに置いてあった。母親に断りを入れて、ふたりは室内の捜索を始めた。

 クローゼットを開けて衣類をひと通り見た仲町が言う。

「サバゲはやってなかったみたいですね」

「そう。じゃあ坂爪とは漫画の方で親しくなったのかもな」

 本棚の前で遠巻きにクローゼットを見ながら、鴨居が返す。その手には少年誌で人気の漫画の単行本があった。同人誌も、少年漫画の二次創作が主だった。

 机に移って捜索を重ねる鴨居だが、事件に関連していそうな物は見当たらなかった。頭を掻きながら、鴨居がこぼす。

「今の高校生は、日記なんか書かないのかなぁ」

「そりゃあ書かないでしょ。何でもスマホですから」

 呑気そうに答える仲町に苦笑で返すと、鴨居は机の引き出しを開けて中を物色した。


 結局、拓司の部屋からは事件の手掛かりになりそうな物は見つけられなかった。ふたりが母親に礼を述べて荻原邸を出ると、覆面パトカーの無線から呼出音が鳴った。鴨居が素早く運転席のドアを開けて左腕を隙間にねじ込み、有線マイクを取った。

「はい鴨居ッス」

『目黒だ。たった今、鑑識がマル害の遺留品いりゅうひんを発見したそうだ』

 スピーカーから聞こえた目黒の報告に、鴨居と仲町は顔を見合わせた。

「了解。すぐ戻ります」

 ふたりは慌ただしく覆面パトカーに乗り込み、分署へ戻った。


 島津は、署長室で私物の洋書に目を通していた。そこへ、デスクに置いたスマートフォンが振動した。画面に目を移した島津の表情が、少しだけ険しくなった。

 洋書を閉じてデスクの隅に置くと、島津は電話に出た。

「島津です」

『久しぶり。帰国した時に連絡くれなかったじゃない、冷たいね』

 スピーカーから聞こえる男性の嫌味にも眉ひとつ動かさずに、島津は答えた。

「お忙しいと思いまして、控えさせて頂きました」

『ふぅん、まぁいいや。それより、早速椎名君に噛みついたらしいじゃない。相変わらずだね、お前も』

「噛みついたなんて、僕は正論を申し上げただけですよ」

 相手の言葉に、初めて島津が笑顔で返した。相手も電話の向こうで笑い声をこぼす。

『あ、そう。それよりさ、ちょっと出て来ない? どうせ暇でしょ、そこ』

 相手の提案に、島津は数秒間を置いてから答えた。

「署としては暇ではないのですが、まぁ、少しなら」


 鴨居と仲町が刑事課分室に戻ると、目黒のデスクの前に鑑識係の西村泰生にしむらやすお巡査が立っていた。その傍らには、先に戻っていた甲山と草加が居た。鴨居達を認めた目黒が、西村に目配せした。西村は鴨居と仲町に軽く頭を下げてから、デスクの上に置いたいくつかの品物について説明を始めた。

「この鞄が、遺棄現場から五メートルくらい離れた所の低い木の枝に引っ掛かってました。あの辺はあしとかススキとか、背の高い植物が多くて、見落としてました」

 西村が指差した、拓司が通学に使っていたと思われる鞄は、保存用の袋越しにも判るほど、至る所に土が付着していた。

「何でそんな所にあったんですか? 木の枝に引っ掛かってたって、不自然ですよね」

 仲町の疑問に、西村も首を捻りながら答えた。

「あ〜、これは推測だけど、恐らくマル被がマル害の身許を判らなくしようとして、あの穴辺りから川に向かってこいつを投げたんだが、届かなかったって所じゃないか?」

「まぁ、遺体をタコツボに放り込んだのは夜中だったし、よっぽど慌ててたんだろ」

 甲山の意見に、草加が同調する。

「適当にブン投げて逃げたって事スかね」

 言い終わると共に、西村が別の品物を数点取り上げて示した。

「中には、現金五千二百円ほどが入った財布とマル害の学生証、ノートが二冊、そして」

 一旦言葉を切り、最後に残った品物を取って言った。

「このスマホが入っていました」

「おぉ」

 思わず鴨居が声を漏らす。西村は袋の上からスマートフォンを操作し、メッセージアプリを起動しつつ言った。

「この中に、坂爪祐太と思われる相手からのメッセージがありました。これです」

 西村がスマートフォンの画面を目黒に向けると、鴨居達も一斉に覗き込む。

『襲撃 打ち合わせ 二條裏』

 この文面を読んだ鴨居が、眉間に皺を寄せた。

「襲撃はともかく、二條裏にじょううらって何だ?」

 他の四人も暫く黙って考えたが、突如草加が何かを閃いた。

「あ、二條ってあの二條か!」

「あの二條って、どの二條?」

 鴨居が訊くと、草加は誇らしげな顔で答えた。

「あぁ、堤防脇の道を下流の方へ暫く行くとな、テナントが入らなくてオーナーが逃げちまった廃ビルがあんのよ。そこが確か、『二條ビル』とか言う筈」

「あー、あそこか。あの小汚えビル」

 甲山も思い出したらしく、頻りに頷く。「そうそう」と相槌を打ってから、草加が続けた。

「そのビルの裏がさ、車が十台くらい入る駐車場で、よくあの辺のヤンキー連中が溜まってんだよ、って、あ、て事は坂爪が繋がってる半グレって、コーさん!」

「あ、アイツ等か!」

 草加と甲山だけで盛り上がっている所に、目黒が割り込んだ。

「ふたり共、心当たりがあるのか?」

「ええ。あの辺を縄張りにしてる『ビッグウェーブ』って連中ッス。元々は『ウェーブライダース』って暴走族だったんスけど、次第にチーマーみたいになって、最近じゃしょっちゅう喧嘩ばっかしてるらしいッスよ。俺等何度か仲裁に入った事あるんスけど、あいつ等凶暴で」

「へぇ、居るんスねぇそんなの」

 鴨居が感心した様に頷くと、不意に真後ろから島津の声が聞こえた。

「目黒室長」

「うわビックリした」

 島津は鴨居のリアクションをスルーして目黒に告げた。

「済みませんが、ちょっと外出します」

「え、どちらへ?」

「霞が関の方に。何かあったら連絡してください。では」

 目黒の質問に答えると、島津は慇懃に頭を下げて分署を出た。その後ろ姿を見送った甲山が言った。

「何となく、掴み所のねぇ人だな」

「そうスね」

 鴨居も笑顔で同意した。その後ろで溜息を吐いた目黒が、椅子から立ち上がって鴨居達に告げた。

「じゃあ、その『ビッグウェーブ』を調べよう。それと、引き続き坂爪の行方を追う。頼むぞ」

「ウッス」

 鴨居達は、揃って頷いた。


《続く》

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