Hello! あぶない新署長 #7

 鴨居と仲町は、メモを頼りに荻原拓司の自宅へ向かった。カルテを見つけた歯科医院から徒歩十分程の所にある二階建ての一軒家の玄関に『荻原』と掘られた表札が埋め込まれていた。鴨居は仲町と向き合って頷くと、インターホンを鳴らした。

『はい、どちら様ですか?』

 拓司の母親と思しき女性の声が、スピーカーから聞こえた。鴨居はインターホンに顔を近づけて答えた。

「あ、すみません、警察です。荻原拓司君のお宅は、こちらでよろしいでしょうか?」

『え、警察? あ、ちょ、ちょっとお待ちください』

 女性の声色が、明らかに変わった。少々荒く通話が切れた直後に、玄関の扉が開いて四十代くらいの女性が姿を現した。鴨居と仲町は同時に身分証を提示して名乗る。

「どうも。棚川署河川敷分署の鴨居です」

「同じく仲町です」

「あ、拓司の母です。あの、拓司は見つかったんですか?」

「あ、お母さん。捜索願はお出しには?」

「あ、いえ、昨日の今日なので、まだです。それで、拓司は?」

 繰り返しの質問に、鴨居は表情を曇らせた。

「それなんですが、実は拓司君と思われる遺体が発見されまして」

「遺体? ま、まさか」

 動揺する母親に、鴨居は努めて優しい口調で言った。

「御足労ですが、確認しに署の方へお越し頂けますか?」


 分署の裏、鑑識用の別棟の中から、女性の泣き声が響いた。外に立っている鴨居と仲町は、やり切れない表情で俯く。

 数分後、別棟の引き戸が開いて石倉が険しい顔で出て来た。

「いや〜、何度やってもこの瞬間は切ねえもんだな」

「そうッスね」

 鴨居がため息混じりに答える。石倉は上着の胸ポケットから煙草を抜き出して咥えると、ライターで火を点けてから言った。

「ホトケ、解剖に回すから。親御さんの許可は貰ってるから心配すんな。夕方には取りに来るとさ」

「判りました」

 鴨居は石倉に会釈して、仲町と共に刑事課分室へ戻った。


 昼過ぎに甲山と草加が戻って来た所で、刑事課分室の面々は宅配ピザで昼食を済ませてから捜査会議を始めた。目黒のデスクの前にホワイトボードを出し、仲町が書記を担当した。

「えーと、被害者は荻原拓司、十六歳。管内の浦野うらの高校の二年生です」

 ボードに黒のペンで拓司のパーソナルデータを書きつけた後に、仲町が拓司の顔写真をマグネットで貼り付ける。いかにも大人しそうな印象の少年だった。

「第一発見者はサバイバルゲームチーム『プロハンターズ』のリーダー柳田博元やなぎだひろもと、二十一歳。被害者との接点はありません」

 仲町が柳田の名前を書いた所へ、甲山が口を挟んだ。

「で、そのチームのメンバーで現在行方不明なのがこいつ」

 甲山がスイングトップのポケットから写真を一枚取り出し、仲町に渡した。

「坂爪祐太、十七歳。被害者と同じ高校に通う三年生です。坂爪は、被害者と同じ部活に入っています」

 受け取った写真をボードに貼りながら仲町が説明すると、鴨居が挙手して質問した。

「部活って、なに部?」

「漫画研究部。文化祭とかに本作って出してたらしいよ」

仲町の代わりに、草加が答えた。

「へえ」

 納得した鴨居は、先を促す様に仲町を見た。

「坂爪は、今朝サバイバルゲームに行くと家族に告げて自宅を出たきり、全く連絡がつかないそうです。柳田達にも、欠席する等の連絡は入っていない様ですね」

「ああ、あいつ等の通信履歴で裏は取った。電源入ってないみたい」

 草加は一旦言葉を切ると、傍らに置いた缶コーヒーをあおってから続けた。

「友人の何人かに聞いたんだけど、その坂爪って奴は、どうも半グレらしき連中と繋がりがあるみたいよ」

「半グレッスか? 漫画研究部なのに」

 鴨居が言うと、草加がおどけ顔で返した。

「いいんじゃねぇの? 不良が漫画描いても」

「そりゃそうだ」

 同意した甲山が笑い声を上げる。鴨居が口をへの字に曲げて黙った所で、自分の席に居た目黒が立ち上がって四人に言った。

「とにかく、まずは坂爪を見つける事だ。それから、坂爪と繋がりのある半グレらしき連中の割り出し。それと、被害者の死亡推定時刻までの足取りも調べよう」

「はいっ」

 力強く返事して、鴨居達は分署を出た。見送った目黒の視界に、島津が入った。

「署長」

「どうですか、進捗しんちょくは?」

 島津は目黒に尋ねながら、ホワイトボードを眺めた。

「死体遺棄に関わったと思われる少年が行方不明でして、まずはその少年の行方を探します」

 目黒の説明に頷いた島津は、拓司の写真を見つめて言った。

「何故彼は、あんな殺され方だったんでしょうねぇ?」

「は?」

 目黒の怪訝けげんそうな目をよそに、島津は一瞬だけ会った生前の拓司の姿を思い出していた。

 

《続く》

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