Hello! あぶない新署長 #6

 分署を出た鴨居と仲町は、管内の歯科医院をしらみ潰しに当たる事にした。それぞれ石倉から貰った被害者の歯の治療痕のデータを片手に、見つけた歯科医院に聞き込みをかけて行った。だが当然すぐには当たらず、ふたりは五箇所を回った所で一旦休憩を取る事にして、通りがかりに見つけたカフェに入った。

「いや〜さすがにキツい。トオル君、何にする?」

 鴨居がカウンターに取り付きながら訊くと、仲町の頬が緩んだ。

「え? 奢りッスか? 悪いな」

「いいよ、気にしなくて。一応年上だからさ」

 鴨居も頬を緩めつつ返し、店員を振り返ってブレンドコーヒーをオーダーした。直後に仲町がカフェオレをオーダーする。鴨居が会計を済ませると、仲町が誇らしげな顔で告げた。

「俺、持って行きますから、鴨居さん、先に座っててください」

「お、済まんね」

 軽く頭を下げて、鴨居は店の奥のふたり掛けの席に陣取った。すると、カーゴパンツのポケットの中でスマートフォンが振動した。取り出して画面を見ると、甲山からの着信だった。鴨居は周囲を見回してから、頭を壁際に寄せて電話に出た。

「はい、鴨居です」

『おう、俺だ。例の坂爪って奴、行方不明だ』

「えっ?」

 声を上げる鴨居を、コーヒーカップを二客乗せたトレーを運んで来た仲町が訝しげに見る。

「どうしたんスか?」

 仲町の問いを手で制すると、鴨居は甲山に尋ねた。

「家族から、連絡取ったりしたんスか?」

『ああ、何度かスマホにかけたそうだが、繋がらんらしい。心当たりの友人に連絡しても判らないと言われたとさ』

「そうですか、あ、オレ等の方はまだ当たりません」

『判った。坂爪の写真を手に入れたから、俺達は引き続き行方を探す』

「ウッス、了解ッス」

 鴨居が電話を切ろうとすると、急に草加の声が耳に飛び込んだ。

『トオルとカフェでサボったりすんなよ!』

「え? あ、そんな訳ないじゃないスか」

 鴨居が笑顔で抗議する間に、電話は切られた。

「お見通しかよ」

 独りごちた鴨居に、仲町が間抜け面で訊く。

「何がです?」

「何でも無いよ。それより坂爪祐太、行方不明らしい」

「マジッスか?」

 瞠目する仲町に、鴨居は頷いて続けた。

「これはいよいよその坂爪って奴が怪しくなって来たな。姿を消すタイミングが合い過ぎだ」

「ですね。下手すると殺害にも関わってるかも」

 仲町がカフェオレを啜ってから言うと、鴨居もブレンドを口に運んで返す。

「そうだな、まぁとにかくオレ等はマル害の身元だ。あんまりここで油売ってると、あっちのふたりにサボってるのがバレちまう」

「そうッスね。あのふたり、やたら鼻が利くから」

 微笑を交わして、ふたりはカップの中身を空けた。


 島津が署長室で検死結果報告書に目を通していると、デスクの電話機が鳴った。

「はい、河川敷分署」

『久しぶりだな、島津』

 受話器から聞こえた声に、島津はほんの少しだけ眉を動かした。

「お久しぶりです、椎名警視正」

 電話の相手は、椎名だった。

『昨日は私が不在の時にこっちに来たらしいな』

「ええ。タイミングが悪かった様です」

 島津は事もなげに答えると、傍らのティーカップを持ち上げて紅茶を啜った。椎名は鼻を鳴らしてから言った。

『今日は着任の挨拶には来ないのか? どうせ暇だろそのプレハブは』

「いえ、今は暇ではありません。死体遺棄事件が発生しましたので」

『何? こちらに報告は上がってないぞ?』

 電話の向こうで椎名が色めき立つが、島津は至って冷静に返した。

「ええ。してませんから」

『何だと? 貴様等には初動捜査しか認めてない事は伝えてある筈だぞ? 早く報告書をまとめてこっちへ持って来させろ!』

 声を荒らげる椎名に対して、島津は口調を変えずに反駁した。

「お言葉ですが、初動捜査というなら機捜きそうと同様我々にも十日間の捜査権が認められてしかるべきでは?」

『屁理屈を言うな!』

 激昂した椎名の声が島津の耳を襲うが、島津は表情ひとつ変えずに言い放った。

「とにかく、十日間はこちらで捜査を行います。では失礼」

『おい待て島津――』

 椎名が呼び止めるのも聞かず、島津は一方的に電話を切り、紅茶を飲んだ。


 休憩を終えて、鴨居と仲町は再び歯科医院探しを始めた。そして、通算十四箇所目の『長門ながと歯科クリニック』で漸く被害者と一致する治療痕が記載されたカルテを見つけた。

「あったぁ〜」

 異口同音に声を上げ、ふたりはカルテを凝視した。

 名前は荻原拓司おぎわらたくじ、生年月日から現在は高校二年生と判明した。鴨居は荻原の住所と電話番号を手帳に書きつけると、スタッフに礼を述べてクリニックを出た。


《続く》

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