Hello! あぶない新署長 #5
怯え気味の若者から、甲山はこの場に来ていない
「ホシの仲間ッスかね?」
「さぁな、だが少なくとも
答えた甲山は、担架に乗せられた死体に目を転じた。
「許せねぇな」
その死体の側では、石倉の指示でまたしても仲町と鴨居が担架を持ち上げていた。
「何でまた俺等なんスか?」
「まぁまぁ」
ボヤく仲町をなだめつつ鴨居が足を踏み出そうとした途端、島津が呼び止めた。
「あ、ちょっと、待ってください」
「何スか?」
苛立ち混じりに訊く鴨居を半ば無視して、島津は死体の顔をまじまじと見つめて言った。
「僕は、彼に会っています」
「えぇ?」
鴨居だけでなく、仲町と石倉も思わず声を上げた。そこへ甲山が声をかけた。
「どうした?」
「あ、甲山さん。分署長が、マル害に会ったって」
「何だって?」
色めき立つ甲山に、島津が告げた。
「ええ、昨日僕が分署に来た時に」
「何処に居たんスか?」
草加が後ろから尋ねると、島津は視線を草加に移して答えた。
「分署の前です。僕が話しかけたら、何も言わずに立ち去ってしまいました」
「へぇ、じゃあマル害は、何か警察に言いたい事でもあったんスかねぇ」
草加の意見に、甲山が頷く。
「だろうな。だが署長に声をかけられた途端に怖気づいて逃げちまった、ってなとこだろ」
すると、渋い顔で石倉が言った。
「おい、会議は署でやってくれよ。ホラ、早く運んで」
「あ、ウッス」
鴨居が頷き、石倉の後について仲町と共に担架を運んだ。甲山達もその後ろについて現場を離れる。島津はもう一度穴の周囲を見回してから、鑑識に声をかけて現場を後にした。
分署に戻った島津に、目黒が近づいた。
「おはようございます、分署長」
「おはようございます」
挨拶を返した島津に、目黒が神妙な表情で問いかけた。
「ちょっと、よろしいですか?」
「何でしょう?」
訊き返しつつ、島津は目黒を二階へ促した。
先に立って二階に上がって来た島津の後ろから、目黒が尋ねた。
「分署長は、我々に与えられた権限の範囲はご存知でしょうか?」
「ええ。大体は」
鴨居の尽力で整然と設置された食器戸棚からティーポットとカップを二客取り出した島津が頷くと、目黒が難しい顔で続けた。
「そうですか。なら、今回もある程度の捜査と検死をしたら、資料をまとめて本署へ送らなければならないのですが」
「そうですね。それが何か?」
訊き返しながら、島津は戸棚の引き出しを開けて中から紅茶の茶葉が入った瓶を出し、ポットの蓋を開けて茶こしに葉を入れた。
「ただ、鴨居は我々で解決しようと主張すると思われまして」
困り顔の目黒を横目で一瞥してから、島津は反対側の戸棚の上に置いた電気ケトルを取ってポットに熱湯を注いだ。
「それも聞きましたよ、こちらに異動になって早々に慣例を破って勝手に事件を解決したそうですね」
「前回は解決も早くて、何とか本署の署長にも納得して頂けたのですが、さすがに二度目は――」
「いいんじゃないですか」
「え?」
島津が目黒の言葉を遮って意外な返答をした為、目黒は戸惑って島津を見返した。その視線に構わず、島津は充分に葉が開いたポットの中身を二客のカップに注ぎ、ひとつを目黒に差し出しながら言った。
「僕は、この分署に与えられた権限は、
「え、ええ。そうです」
カップを受け取った目黒が認めると、島津は紅茶をひと口啜ってから続けた。
「初動捜査、という言葉を額面通りに受け取るなら、我々は方面本部の
「はい」
頷いた目黒が紅茶をひと口飲み、目を丸くした。
「美味しいですね」
思わず漏らした目黒に微笑みかけてから、島津は言った。
「つまり、我々は事件発生から十日間は、捜査しても良いという事です」
島津の指摘に、目黒は更に目を丸くして訊き返した。
「え? という事は、今回も?」
「構いませんよ。責任は、僕が取ります。但し、今僕が言った様に、十日で解決できなかったら本署に資料を渡してください」
島津の宣告に、目黒は表情を引き締めて頷くと、残りの紅茶を飲み干してカップを応接テーブルに置き、頭を下げた。
「ありがとうございます、失礼します」
目黒から捜査の許可が出た鴨居は、半信半疑で訊き返した。
「本当に、俺達が捜査していいんスか?」
「ああ、署長が認めてくれたよ。但し十日以内にケリがつかなかったら、この案件は本署に権限を移す。いいな」
目黒が厳しい口調で言うと、鴨居も真剣な顔で頷いた。
「ウッス!」
「へっ、やってやろうじゃねぇか」
甲山が煙草の煙を吐き出しながら言った。そこへ、仲町が手帳を片手に入って来た。
「検死の結果出ました。死亡推定時刻は昨夜の九時から零時の間、死因はショック死ですが、頬骨や肋骨等、計七箇所骨折しているそうです」
「七箇所!? 集団リンチかよ」
草加が険しい表情で吐き捨てた。甲山もやり切れない表情で煙草をもみ消す。
「それで、マル害の身元は?」
鴨居の質問に、仲町は再び手帳に目を落とした。
「遺体に、マル害の身元が判る物は見つかりませんでした。これは現場周辺を改めて捜索するそうです。ただ、歯にいくつか治療痕があったそうなので、歯医者から
「よし、じゃあ歯医者は鴨居とトオルで当たってくれ。俺達は例の坂爪って奴に話を聞く」
甲山が方針を決め、他の三人が頷いた。
「よぉし皆、頼むぞ」
目黒の号令で、四人は分署を飛び出した。
《続く》
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