Hello! あぶない新署長 #3

 渋い表情で荷物の梱包を解き始めた鴨居が、中身を見て瞠目した。

 出て来たのは、島津が数日前まで生活していたロンドンで作られた、いかにも高級そうな家具、調度品の数々だった。中でも特に目を引くのが、まばゆいばかりに白い陶製のティーポットとカップのセットだ。普段コーヒー党で、この分署に来てからはもっぱら缶コーヒーばかりの鴨居には、理解の及ばない領域だった。

「紅茶、飲まれるんですか?」

 鴨居の質問に、島津は大きな木製の書棚の梱包を解きながら答えた。

「ええ。ロンドンではずっと生の茶葉を使っていたんですが、検疫けんえきの関係で持って来れなくて。今度、店を探すつもりです」

「はぁ、そうッスか」

 門外漢の鴨居が気の抜けた返事をした所で、にわかに階下が騒がしくなった。

「何だ?」

「何でしょう?」

 ふたりがそれぞれ口にした直後、森本が少し焦り気味に見える表情で入って来た。

「あ、分署長、いらしたばっかりですみません」

「どうかしましたか?」

 島津が訊き返すと、森本が息を整えつつ答えた。

「今、中州で子供が撃たれたって通報がありまして」

「撃たれた?」

 鴨居が反応し、荷解きの手を止めて島津に一礼して階段を駆け下りた。森本も続いて降りる。島津も手を止め、窓際に寄って川の方向へ視線を向けた。


 森本の指示で、既に地域課分室からふたりが現場に向かっていた。通報の内容を鑑みて、目黒から甲山と草加にも現場に行く様に指示が飛んだ。

「物騒になったな、この辺も」

「撃つ時は相手に先に撃たせてからね、コーさん」

 軽口を叩きながら出て行くふたりを、鴨居は心配顔で見送った。

 十数分ほど経過して、やっと甲山達が戻って来たが、その表情は総じて呆れ気味に見えた。

「ったく人騒がせもいいとこだぜ」

「全くだ」

 草加と甲山が悪態を吐きながら刑事課分室に戻った所で、鴨居が尋ねた。

「え、結局何だったんスか?」

 ふたりは答える代わりに、揃って出入口を指差した。鴨居が目を転じると、地域課分室のふたりが迷彩服を着た男性を伴って入って来た所だった。

「何だあれ?」

 思わず口走った鴨居に、横から仲町が言った。

「あー、あれ多分サバゲてすよ」

「何て?」

 鴨居が訊き返すと、草加が補足した。

「サバイバルゲーム。簡単に言っちゃうと戦争ごっこよ、玩具の銃使ってさ」

「え? て事は子供が撃たれたのって」

「そう。玩具おもちゃだよ。電動ガン、とか言ってたな」

 そう言うと甲山は、つまらなそうに裏口から外へ出た。草加もついて行く。その内に地域課分室の一角では簡易な取り調べが行われた。仕切りが無いので、迷彩服の男性の話は鴨居達にもよく聞こえた。

「すみません、ちょっとした勘違いで」

「何だよ勘違いって?」

 取り調べを担当した竹田俊次たけだしゅんじ巡査が、語気を強めて訊いた。男性は肩をすくめながら答える。

「タコツボに入って、相手が来るの待ち伏せてたら、そこに人影が見えたもんでつい」

「タコツボ? なんだそりゃ」

 竹田が更に聞くと、男性の代わりに仲町が割り込んで答えた。

「知らないのお前? タコツボってのは敵を待ち伏せる為に地面に掘る穴の事」

「何だお前、急に豆知識披露して? どうせ映画か何かで覚えたんだろ?」

 図星だったのか、仲町は慌てた様に言い返す。

「い、いいだろ別に何でも!」

「はいはい、それで、そのタコツボから撃ったら、全く関係無い子供だった訳だ」

「はい、まさか他人が入って来ると思わなくて」

 悪びれる様子の無い男性に、竹田が身を乗り出して言った。

「あのなぁ、河川敷はお前等の私有地じゃねぇんだよ。赤の他人が入って来たって文句言えないの、それに勝手に穴掘っちゃダメだろ」

「え? ダメなんですか?」

「当たり前だろ!」

 興奮する竹田を抑えたのは森本だった。

「はいはい、とにかく今日の所は厳重注意ってことにするから、今後は赤の他人を巻き込まない事。それに、掘った穴は綺麗に埋め戻してから帰る事。いいわね?」

 森本の言葉に頷いた男性は、竹田に促されて分署を後にした。その直後、いつの間にか降りて来た島津が森本に声をかけた。

「どうでしたか?」

「あ、分署長、お騒がせしました。後で詳しい報告書は上げますが、幸い被害者も大した怪我ではなかった様です」

「そうですか、それは何より」

 微笑しつつ答えた島津は、鴨居を見て告げた。

「じゃあ、鴨居君。続きをお願いします」

「え? あ、ウッス」

 二階での荷解きの途中だった事を思い出し、鴨居は肩を落とした。


《続く》

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